魔界に堕ちよう Want to return 12 忍者ブログ
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こっから先はR指定だ!!

最終話まで突っ走るぜ!!
いつも通りグロなので注意で。

Want to return 12

あの後の事は朧気にしか覚えていない。
目覚めたときに、右腕に少し深い切り傷が長く付いていたことから、恐らくダークに剣で切られたのだろう。
当然だが、薬も塗られていないしガーゼも貼られていない、ましてや包帯なんて巻いていない。
床に垂れている血も拭かれずに、そのまま放置されていた。
あと少しカラッドの目覚めが遅れていたら、どうなっていたか解らない。
目覚めて、その傷の存在を視認して、部屋にある薬箱を取り出す間、ダークの気配は感じられなかった。
外に出ているのか、それとも寝ているのか、そのどちらか。
無性に重い身体を起こし、微かに床を軋ませながら立ち上がった。
慎重に部屋から出て、近くにあった水道で傷口を洗う。
かなり大きい水音にも反応がなかった事から、外に居るのだろう。
それに少し安堵し、カラッドはゆっくりと右腕の治療を始めた。
まず手近にあった白い布で血を拭き取ると傷口に薬を塗り、ガーゼを貼ると包帯を巻いていく。
一応母親から、怪我をしたときの処置の仕方はある程度教えて貰っていた。
こんな剣での切り傷に通用するかどうかは解らないが、やらないよりはマシだろう。
これで大丈夫だ、と安堵の溜め息を漏らした瞬間、家の扉が開く音が耳に届いた。
少し遅れてから、外で遊んできて満足した子供のように楽しげなダークの声も。
「カラッド何して──あ、手当て? お疲れさまっ」
語尾に音符でも付きそうな程に軽く笑顔で言ってのけたダークに、カラッドは初めてまともに口を開いた。
「あんた、何でそんな風になったんだよ……前はこんなじゃなかっただろ!?」
彼が母親を殺したあの日から、ずっと心の中で反芻するだけで、口に出さなかった問い。
以前のダークは、普通の人間だったし、普通の兄弟だったし、何度も言うようだが優しい兄だった。
自分が外で遊んでいて迷子になれば、夜になってもずっと探し続けてくれた。
自分が少し怪我をすれば、『大丈夫?』と何度も聞きながら治療をしてくれた。
それなのに、何故、狂気に魅入られてしまったのか。
ダークは一度おかしそうに笑うと、堂々と言った。
「前? 過去と今は違うんだよ、カラッド。人間は誰でも変わるの、解る? 現実から目を背けない事」
確かに、人間は誰でも時の経過によって変わっていくものだろう。
ただ、それをダークに言われても説得力なんて微塵もない。
自分が絞り出した問いをあっさりと受け流され、カラッドは何も言えずに口を噤んだ。
「取り敢えず今は一応何にもしないからさ、そんな警戒しないでくれない?
『お兄さん』としてちょっと傷つくなー?」
こんな状況でも兄を気取るつもりか、と声を上げたい衝動を堪え、目の前で困ったとでも言うように
薄笑いを浮かべている『兄』を睨み付ける。
「まっ、そんな気にしないけどね」
自分のすぐ側を通り、慰めるかのように肩を叩かれたときに気付いた。
ダークの身体から、微かにだが血特有の臭いがした。
それが示すのは、恐らく──

「──まさか……外で無関係の人間を殺してきたんじゃないだろうな……!?」

今のダークならば、やりかねない。
自分の血であそこまで臭いが残るとは思えなかった。
それに、ダークは自分の血など少しも触っていない筈だ。血溜まりに、触った痕跡も見受けられなかった。
彼が外で人を殺してきたのではないか、という憶測は、ほぼ確信になりつつあった。
「……さあね? どっちだろ? 多分カラッドが思ってる通りの答えだよ」
意味深な言葉を残して、ダークは鈴が転がるような笑い声を上げた。
それは肯定とも否定とも取れる──いや、今の状況では、肯定としか思えないものだった。
嘘だろう、と否定したくてもできないカラッドから離れていくダークは、思い出したように呟いた。
「──普通の人だと面白くないし……次はそうだね」
他人が聞けば、何のことなのか全く解らない。
だが、その言葉の意味をカラッドは理解してしまった。
それは『次の遊びの標的はカラッド自身』だという事を、示唆していた。
ダークにとっての遊びは殺し合いであり、それ以上の意味もそれ以下の意味も持たない。
当然、遊びの標的は、殺す人間のことになる。
──次は自分が、殺される。

絶望の淵に叩き落とされ、カラッドはその日から生きる気力さえもなくしてしまった。
ダークはそれが面白くなかったのか、何度もカラッドの身体に傷を刻み続けた。
薄く皮膚が張り、塞がりかけていた右腕の傷も再度真新しい傷に変えさせられた。
それでも生きようとしない、自分が何度刃物を向けようと必死に生へとしがみついていたかつての
カラッドの姿はどこにもない。
「──また生きようとして、僕の目の前で足掻いてくれないんだ?」
ダークの言葉にも、殆ど反応を示さなかった。時々視線を向ける程度で、口を開くことは一切無かった。

それから数年か、それとも数ヶ月かが経過したある日の事。
ダークは唐突に、カラッドの前から姿を消した。
剣も、ナイフも、ダークが好んで着ていた赤いコートも、何もかもがない状態で。
いつも1日に1回は必ず自分の部屋へと来るダークが来ないことを怪訝に思い、久々に自室から出て気付いた事実。
もう自分を虐げる『悪魔』は居ない。
その事に安堵し、歓喜し、久々に笑えた気がした。
だが、視線を下に向けた瞬間、気付いてしまう。
自分の今の状態に。
身体中に刻まれた、夥しい量の傷痕。
今の今まで、彼が自分の身体を傷つけ続けていた、事実を突き付けられた。
カラッドの顔から途端に笑みが消え、その場に崩れ落ちた。
「──何で、何で……もう居ないのに……こんなに……」
いつまでも、その傷痕は呪いとしてカラッドを縛り上げる。

今、こうして、この世界で生きていても。

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