魔界に堕ちよう RELAYS - リレイズ - 忍者ブログ
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遂にここまできたか、と思いました(白目
70話という名の番外編だとでも思って下さい、内容がダグラスさんと部下にしか触れてないw
これを読まずに飛ばしても後々の話しは分かるよ、っていうお話です。




機械都市支配者直々の急襲から数日、機関本部内は修復と事後処理に追われていた。
負傷者も少なく、死者も門番として入り口前に立っていた数人程度。程度と言ってしまえば死んだ人間に対して失礼なのだろうが、少なくともあの三人の襲撃があってもこの被害で澄んだのは幸運だと言える。
安全なプログラム室でひっそりとヘメティ達の手助けまでして見せたアイドも、既にあの時垣間見せた『天才クラッカー』の顔を潜め、ごく普通の研究員として研究室の整理や扉の修理に当たっている。
ホリックはと言えば、傷は確かに深かったが致命傷に至るものではなかったらしく、一命を取り留めていた。
誰にも気付かれないよう、誰にも悟られぬよう。その信念の元、戦闘要員ではない部下達は暗躍していたのだが。
そしてその『部下達』を率いるダグラスはと言えば、全ての作業を丸投げして何やら携帯電話を持って電話先の相手と話しをしているという状態だった。
その緊張感のなさと普段通りの様子にはアイドやホリックもまた流石に顔を顰めては居たが、ダグラスは至極尤もな理由——とも言えないのかも知れないが——で応対していた。

RELAYS - リレイズ - 70 【結局どっちもどっちって言いたいんだろう】

時間は数十分前に遡る。
ダグラスも自分なりにこの問題を解決しよう、と資料と睨めっこするのを数時間ほど続けていたのだが、流石にそう何時間も続けて作業をするというのは辛く三十分ほどという短い休憩を取っていた。
片手で紅茶の入ったカップを傾け、鼻腔を擽る紅茶の香りに思わず笑みが浮かぶ。だがその笑みも疲労を滲ませているそれ。
もう片方の手は綺麗な装飾の施された小さな缶に伸びていて、その缶の中に手が突っ込まれていた。
ごそごそ、と缶の中を漁り、目的のものを指に摘む。
と、そこで自分の事務机に置かれている携帯電話がやけに機械的な着信音を響かせた。
誰からだろうか、と怪訝に思いながらも、携帯電話を開けば耳に当てる。
「——もしもし?」
そう呼びかけてはみたものの、返事はない。だからといってノイズや呼吸音が耳障りなほどに混ざっているわけでもなく、ダグラスは首を傾げた。
「……もしもし? どちら様でしょうか?」
再び、電話に応対するときの定型文で問い掛ける。
それから数秒後に聞こえてきたのは、喉の奥で笑うような、必死で笑いを噛み殺しているような、そんな笑い声。それもまた奇妙で、ダグラスはここでようやっと不信感を抱いた。だが、不必要に電話を切ったり言葉を掛けて相手の神経を逆撫でするような真似はしない。
相手の動向を窺っていた彼の耳に届いた声。その声に、ダグラスは目を瞠った。
『……ハロー、総司令官』
語尾に音譜でも着いていそうなその口調、他人を嘲笑うかのような彼特有の話し方。くくっ、という実に可笑しそうな笑い声もまた、電話の相手が何者であるかを殊更に誇示していた。
「…………ああ、こんにちは。支配者さん」
どう答えればいいものか、ダグラスは少し悩んだものの相手——マーヴィンに同じような言葉で返答する。
それに少し意外だったように、マーヴィンは「へぇ」と声を漏らした。
『面白いね。驚かないんだ?』
「十分驚いてるよ。……何で僕の電話番号が分かったんだい? それに良く敵の司令官に堂々と電話をかけられたものだね」
冷静な話し口調は全く驚いていないだろう、と思わせるものだったが、ダグラスの表情は先程に比べて若干引きつっている。長年彼と共に行動してきた者なら、誰でも『ああ、動揺してるな』と思えるだろう。
ダグラスはその動揺を隠す為か、もしくは収める為か。どのどちらかは分からなかったが、缶に突っ込んだままの手を引いて摘んでいたものを口に含んだ。
『ふぅん……その割には、かなり落ち着いてるね』
「こうでもしてないと、総司令官なんてやっていけないよ」
もぐもぐと口を動かし、先程口に含んだものを租借しながらマーヴィンに苦笑して告げる。
総司令官は常に冷静さを失わず、部下を引っ張っていかなければならない。その自分が、単に敵対する者のトップから電話が来たというだけで取り乱してはいけないのだ。
『……まあ、分からなくもないけどさ。——っていうか何を食べてるんだい?』
ふふっ、とマーヴィンが笑った気配を感じ、ダグラスもその口許をほんの少し緩める。そこで丁度マーヴィンが咀嚼の音と気配に気付いたらしく尋ねた。
「大手製菓会社の紅茶クッキーだよ。これが一番紅茶に合うような気がしてるんだ。美味しいよね?」
『ああ、アレか! アレは僕も好きなんだ、今までで一番の出来だと思ってる! …………って、そんな世間話をしたくて電話をかけたんじゃないっ!!』
上機嫌の様子で、まるで自分が褒められたかのような喜び方をして言葉を紡いでいた彼だったが、数秒ほどの間をおいて今度は怒声と化した声を上げた。
しかし、その直後に今度は悲鳴とも呻き声ともつかない声が電話越しに聞こえる。
「無理はしない方が良いよ。どうせ、まだ傷は癒えちゃいないんだろう? 安静にしておかないと」
おやおや、と肩を竦め、ダグラスはマーヴィンを案じるような言葉を吐いて紅茶クッキーを嚥下し、紅茶を啜る。
それにしても、とダグラスは思う。
こうして世間話をしていれば、相手が極悪人と思えないのだから不思議だ。最初に感じた狼狽も、既に消え失せている。
しかし、忘れてはいけない。彼は自分達がとめるべき人間で、数多の人間を葬り去ってきた人間なのだから。それを考えて話さなければ。
『ッ……随分、嘗められてるみたいだね……確かに、迂闊ではあったけど、さ』
苦しげに電話先の彼に言葉を吐き捨てるマーヴィンは、確かに自室のベッドに横たわって腹部や胸を押さえていた。だが、それをダグラスが知る由もない。
「……………それで、いつになったら答えを貰えるのかな? マーヴィン君。どうやって僕の電話番号を入手したんだい」
数分前にもした問いかけを再びマーヴィンに投げかける。これで答えが返ってこなければ、諦めるつもりだった。
だが、案外呆気なく、あっさりと彼はそれを暴露する。
『えぇ? 僕を誰だと思ってるの? 会社に問い質してふるいにかければ一発で分かるよ。支配者の名前を出せば何だってやってくれるさ』
「……君さ、それ何て言うか知ってる?」
『職権乱用、でしょ? 知ってるよ。……あまり僕を餓鬼扱いしないでくれ。腹が立つ』
へらへらとした声音とほのぼの感溢れる話。それら全てを打ち砕くかのように、途端に冷たさを帯びたマーヴィンの声がダグラスの鼓膜を震わせる。
ああ、やはり彼の本性はこのような人間なのだ。冷徹。冷酷、残忍。様々な単語が浮かんでは消えていく。
ソーマと性格は正反対だが、彼もまた他人の命を省みない冷たさを持つ性格と見ていい筈だ。
「……まあ、ヘメ君ならまだしも君はもう二十歳だし、立派な大人か。その子供に、徹底的に伸されそうになった君も君だけど」
ヘメティの名を出した途端、マーヴィンは口を閉ざす。余りにも分かりやすい挑発は、普段のダグラスが仕掛けるとも思えないそれだったが。
分かりやすいなぁ、なんて事を思いながら、ダグラスは彼の次の言葉を待った。
『…………確かに、今回は油断したよ。まさか前に捨てた役立たずがこうして僕に傷を負わせるなんて、考えてもいなかった』
だろうな、と頭の中で思い、ダグラスはそれにただ苦笑で返す。
「一体どんな訓練でもさせたんだい?」というマーヴィンの問いにも、彼は黙秘を貫いた。何せ自分達は何もしていないのだから。あれは彼ではない。マーヴィンに傷を付けたのはヘメティじゃない。
『それに、そっちに『アイツ』がついてるなんてね』
何かを示唆するような言葉に、ダグラスは少しの間首を捻って考えていたがすぐに思い当たったのか「ああ」と声を上げて携帯電話を持ち直す。
マーヴィンの言う『アイツ』にぴったり当て嵌まる人間が一人、自分の仲間にいる。
「……何だ、気付いてたんだ?」
意識せずとも口許が緩み、余裕めいた笑みが浮かんでしまうのをダグラスは止められなかった。止めようともしなかった。
マーヴィンはちっ、と一度舌打ちしてから、絞り出すように、感情を無理矢理に押し殺したかのように言う。
『気付くに決まってるじゃないか。アレスみたいな精密機械を狂わせられるのなんて、今のウィジロにもこの世界にも一人だけだからね』
悔しさが滲む素っ気ない口調。感情の起伏が案外激しいのは、ヘメティに傷を負わせられて更には逃げ出して、プライドが傷つけられた所為だろうか。どこまでこの男は傲慢でプライドが高いのか、少し気になってしまう。
「……それで?」
「続きはどうした」とも「それがどうした」とも取れる曖昧な返事。それがまた気に障ったのか、彼は今度こそはっきりとした苛立ちを含んだ声で叫んだ。
最早、傷が痛むのも関係ないらしい。
『ッ、だから、君なんだろう!? 拘置所からあの死刑囚を連れ出したのはっ! アイツ以上に危険な奴なんて居ないのに!』
肩で息をしているのがよく解るほどの荒い呼吸音。それを聞きながら、ダグラスは眼を細める。
彼の言っている事も良く解る。確かに、『彼』以上に機械都市であるウィジロにとっての驚異となる人間は居ないだろう。だが、一人の人間に踊らされる程度の都市と支配者もどうなんだか。
「……たかが一人の人間に踊らされてるようじゃ、君もまだまだだね。せめてそこは、彼を味方に付けるくらいの手腕を見せないと」
余裕。今のダグラスを一言で表すならこうだ。自分の敵対する人間に堂々と余裕をひけらかし、挑発する。まるで絶対に負けないとでもいうように。
『……それ以上僕を挑発しないでくれるかな。殺すよ』
今この状態でどうやって殺せるのか、それは少し気掛かりだったが、それよりも先にとめることもできずに口から言葉が吐き出されていく。
「ああ、やってみるといい。その代わり、ウィジロ中——いや、世界中の電子機器が再起不能になっても良いのなら、ね。君が批判されるのは、目に見えて分かるだろう?」
圧倒的な力の差。戦闘能力云々ではない、都市の存続に関わる力だ。それが今ダグラスの手にある。そうなれば、マーヴィンは手も足も出なかった。
元々上に立つ者の性か、こうして良いように言いくるめられて遊ばれるのは気に食わない。
『…………死刑囚№I-10番、アズール=シュトラーフェ……か。なら、容赦なくそうすればいいじゃないか』
自分が面会しに行ったときには積もりたての雪のような白い髪と深緑の瞳を持つ男。その顔を脳裏に浮かべながら、マーヴィンは相手に通じるわけもないというのに苦虫をかみつぶしたかのような表情で口にする。
ダグラスもまた、彼と同じように自分の部下の顔を思い浮かべていた。
「いや、そういう手段は僕も彼も好きじゃないんだ。それに、何の罪もない都市の人達まで巻き込むのは嫌だしね」
『……甘いね、ダグラス総司令官。君の元に居たんだ、ヘメティが更に甘くなるのも分かるよ』
自分を嘲るような、見下すような声にダグラスは苦笑して「甘くて結構」とだけを返す。
甘くてもいい。偽善でもいい。ただ、自分は自分の考えを貫き通すまでだ。それがエゴであろうと、不必要な人間——否。他人を犠牲にするのは嫌だ。誰も死ななくて良いのに、と。
「……まあ、君にもその内分かるんじゃないかな。この砂糖以上の甘さの正体っていうのが」
甘さに慣れていない人間が聞けば、甘すぎて吐き出すくらいの持論。ダグラスはそれを持ち得て、それを他人に伝えて、着いてきてくれる人間を大切にできる力がある。
マーヴィンからは依然としてそのような空気は感じられないが、その内彼も分かるのではないか。ということをダグラスは馬鹿げていると知りながらも思っていた。
「——それで、他に言いたいことは?」
ダグラスはカップも中にほんの少しだけ入っている紅茶を一息に飲み干して、少々気怠そうに問うた。
折角の休憩が、こうして敵との接触で潰れてしまうというのは残念で仕方がない。
ならば問答無用で電源を切ればいいじゃないか、とも思うのだが、流石にそこまでの度胸はない。……いや、実際にはあるし最初に気付いたときに「切っちゃおうかな」とも思ったのだが、機関の人間を危険に晒したくないというのが本音だった。
マーヴィンは「思い出した」と一言呟いてから、大きく息を吐いてダグラスと繋がっているそれを横目で見る。
『僕らを、余り甘く見ない方が良い。今回は運良く撃退できたけど、次はどうだろうね?』
本来彼が持ち得る傲慢さを取り戻したような声音でマーヴィンは言い、ベッドの上で身体を起こす。
「……それなら、僕達も言わせて貰おう。僕達を、ただの反抗組織と見くびられては困るね」
ダグラスの瞳が不穏とも取れる冷たい光を帯び、声もまた淡々とした者へと変わる。
普段の飄々とした様子も、滲んでいた余裕も陰を潜めていた。
驚愕か、それとも言葉を選んでいるのか。ほんの少し間を開けてから、マーヴィンはくすくすと笑いながらダグラスに言った。
『……どっちもどっちだね』
「何だ、今更気付いたかい?」
彼もそれに感化されたように微かに笑い声を漏らし、穏やかな様子で子供のように無邪気とも取れる支配者に再度問う。
こんな戦争も、こんなやり取りも、全てが『どっちもどっち』という喧嘩両成敗のようなものだという事を。彼は知らなかったのか。
『別に。気付いてたよ。……だって、僕らからすれば自分達は正義で君らは悪だけど』
「僕達からすれば君達が悪で自分達が正義だ。……違うかな?」
マーヴィンにしてみれば、世界を征服しているに等しい自分に盾突く自分達または反抗組織が悪でしかない。徹底的に潰すものだ。
だが、一度視点を変えればどうなるか。ダグラス達にしてみれば、性懲りもなく領土を広げて武力制圧を繰り返すマーヴィンの方が決定的な悪になる。
恐らく都市の人間からすれば、自分達に恩恵を与えてくれるマーヴィンは確かに『正義』なのだろう。
どちらも正義、どちらも悪。正義と悪を、勝手な定義で分けることなんてできやしない。
『その通りだよ。……だからさ、結局どっちもどっちなんだろうね、本当に』
妙に悟ったようなことを言い出すな、と疑問に思いながら、ダグラスは空になったカップに片手で器用に紅茶を注げばシュガーポットの蓋を開け、角砂糖を一つ落とす。
それをそのままカップを持ち上げて口を付けるか、と思われたが、それよりも先に大きく欠伸をして彼は携帯電話を持ち直した。
「……じゃあ、こんな馬鹿みたいな戦争も、馬鹿げたやり取りもやめるかい?」
『誰が。……僕の行く先を邪魔する奴等はみんな消すよ、容赦なく、ね。……ただ、そろそろ電話は止めてもいいかな。疲れてきた』
予想していた答えが返ってきたことに、ダグラスは苦笑ともとれる複雑な表情を浮かべた。
「やっぱり、そうか。丁度僕も休憩中だったんだ、そろそろ仕事に戻らせて貰うよ。それじゃあ。……もう電話はしないでくれるかな」
最後にそれだけを言い残し、彼は手早く通話終了のボタンを押す。押す寸前にマーヴィンの『ちょっと待ってよ』という驚きの声が聞こえたような気がしたが、無視だ。
携帯電話をぱたん、と閉じて、ようやくダグラスは大きく息を吐いて紅茶にありつくことが出来た。
ずずっ、と紅茶を啜りながら、クッキーもまた口に入れる。それを数回ほど繰り返した頃に、扉がノックされる音が聞こえた。
「入っていいよ」
できる限り普段通りを装って、扉に向けてそう声をかける。
「失礼します」という挨拶と共に司令室に足を踏み入れたのは、現実離れした水色の髪を持つ研究員。アイドはぼりぼりと頭を掻きながら、堂々とソファに腰掛けた。
「……何か、用でもあるのかい? アイド」
一度手を下ろし、クッキーを摘んでいた手も払えばダグラスは座っていた回転式の椅子を回してアイドに向き直る。
「いや、特にそんな大した用でもないんですけどね。ただ今休憩中だから抜け出してきただけっすよ、司令官」
へらへらとした笑いを浮かべ、今では綺麗に染まってしまった髪を掻き上げるアイドにダグラスは一瞬複雑な表情を見せるがすぐに椅子の背もたれにもたれ掛かって苦笑した。
ぎしり、と椅子が軋む音がやけに大きく聞こえる。
「…………アイド、先日の君の行動は特に咎めないから安心してくれ。逆に、良くやってくれたと褒めたいくらいだ」
あの時、自分だけ逃げたりはせずにこっそりとプログラム室に残ってのクラッキング。その行為は確かに命令違反でもあるのだろうが、あの状況でのアイドの判断は的確だった、とダグラスは思っていた。
いくらヘメティがマーヴィンを他の比ではない殺傷力と戦闘能力で痛めつけたとはいえ、それは恐らく彼の盾として矛として、立ち回っていたアレスの機能が停止したからというのも関係しているのではないか。
アイドは驚いたように瞠目してから、わざとらしく肩を竦める。
「……嫌だな、俺はアイツ等を助けるのと同時に、あの時取り逃した獲物を今度こそ壊したかっただけだっていうのに。それなのに褒めるんですか?」
自虐的な言葉に倒錯的ながらもよく似合う自嘲めいた笑みを浮かべる彼の様子は痛々しく、ダグラスは途方に暮れる。
椅子から立ち上がり、白衣の裾を揺らしながら彼はアイドに歩み寄り、正面に立った。
「……褒めるよ。褒めるに決まってるじゃないか。君は僕達の仲間だし、何より皆を助けてくれたじゃないか」
対照的な微笑を浮かべて頭を振った自分の上司に、彼は今度こそその深緑の瞳を見開いて言葉を失ってしまう。
何か言おうと何度か口を開いているものの、それらは声にはならずに消えていく。動揺の仕方も凄いな、と他人事のように思いながら、ダグラスは腕を組む。
「後で、彼も呼ばないといけないね。ラスター君やイーナ達を助けてくれたのは彼なんだから」
「……そうですね。後で病室に試験管と薬品でも持っていってやれば喜びますよ」
まだ少し本調子ではないようだったが、それでも笑ってくれたアイドにダグラスもほっと胸をなで下ろした。
「流石にそれは少し怖いから、止めておこうか。……その前に」
死刑囚の天才クラッカーににこやかに告げ、ダグラスは机に向かえば常に置いてあるあの銀色のネームプレートを指で摘む。
きらきらと蛍光灯の光を反射して輝くそれには、明らかに誰かの名前と思われるものが彫り込まれている。
それを一瞥してから、ダグラスは白衣のポケットへと落とした。
「その前に……謝ってこないといけないね」
ダグラスがそう寂寥感すら込めて呟いた。

件の『彼』が意識を取り戻すのは、それから更に数日後になる。




テスト期間は全て小説で潰した。

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調子に乗って書いていたら恐ろしく長くなりました。でもこの話が一番書きたかったんだ…!
にしても話数を重ねるごとにどんどん長くなること。
作業用BGM:アンチクロロベンゼン




ほんの少しだけカップに残っていた生ぬるい紅茶を飲み干し、アイドは唇を嘗めてから再びモニターに視線を注ぐ。
先程まではその場に二本足で立ち、主の盾として矛として立ち回っていた白い髪を持つ執事。
彼が実に呆気なくシェイドの銃撃によって吹き飛ばされ、床に這い蹲る様をアイドはそれは楽しそうな眼で鑑賞していた。
「……何て言うか、呆気ないな」
世界の支配者に仕える機械人形であるというのだから、もう少し頑丈かと思っていた。そうなればハウンドもそうなのだが、彼はその行動やだらしなく着崩した燕尾服などの事もあり、マーヴィンに絶対の忠誠を誓っているとは考えづらかった。
考えづらい、というよりも、何となくマーヴィンへの反発心が見受けられる。
それもあり、アイドは真っ先に自分やダグラスの所に近付いてきそうな彼を封じた。今頃は自分の“仲間”によって総攻撃を受けているだろうな、なんて事を考えて、アイドは思わず噴き出してしまう。
笑いを堪えながら空になったカップを置き、モニターを見ていた彼は不意にモニターの端を掠めた『それ』に眉を顰めた。
見間違いかも知れない。そう思い、ごしごし、と目を乱暴に擦る。目を擦っている間に先程の影はモニターから消えていた。
普段ならば「何だったんだろうな」とすぐに視線を逸らすところを、今のアイドは何故かそうしなかった。
あの影を捉えた瞬間に、嫌な予感がした。背筋が凍るような、身体が震えてしまうような。
現実離れしたパステルカラーの水色をした前髪を掻き上げ、アイドは食い入るようにモニターを見つめる。
凝視し始めてから一分も経たず、そのモニターの中心にとある人影が映った。どうやら監視カメラは斜め後ろからその姿を捉えているらしく、その横顔が見て取れる。
「…………嘘だろ……」
焦燥感を含んだ声で呟いたアイドの視線の先にあるモニターの向こうで、『彼』は口角を吊り上げて歪に笑った。

RELAYS - リレイズ - 69 【暴走】

マーヴィンを除いたほぼ全員が疲弊し、負傷し、その場から動けなくなっていた状況で、突如響いた足音と金属音にその場に居た全員が例外なく目を瞠った。
ソーマやシェイドが呆然と目を瞠っているのとは違い、マーヴィンだけはすぐに平常心を取り戻したのか普段通りのにやにやとした笑みを浮かべて楽しげに眼を細めていた。
その視線の先にいるのは、自分とは何もかもが正反対にある筈の、三つ違いなだけの数年前に捨てた兄弟。
力がある癖にそれを使わず、役立たずな癖に戦場に出向き、結果的に何もできずに——それでも無惨に命を散らすこともなく無事に帰ってくる。忌々しささえ覚えるほど、相変わらずの『悪運』の強さを持つ弟。
今回もまた、その悪運の強さにより引き起こされたものだろうか。
黒い軍服と白い手袋を赤く汚しながら床に赤く模様を描く鮮血を流しながら、シェイドもまたヘメティの変化に敏感に気付いていた。
自分に限らず仲間がこうして血を流していれば敵が目の前にいようが武器を捨てて近づき、身を案じてくれる彼が、自分や床に膝を着いてしまったソーマの状態に見向きもせずに刀の柄を握り締めてゆっくりと歩みを進めている。
それだけでも、十分異常だった。
「……本当に君は、良く空気を読んで僕を楽しませてくれるね」
自分のすぐ足下に膝を着いたソーマを軽く蹴り飛ばし、マーヴィンはくすりと笑ってから一歩一歩着実にヘメティに向けて歩みを進めていく。規則正しく響く足音はヘメティのそれと重なり、フロアに響いては掻き消えた。
「ッマー、ヴィン、さ——」
主の身を案じるアレスの声を、甲高い銃声が遮った。それと同時にアレスは短く悲鳴を上げ、無機物で構成された身体をどうすることもできずにほんの少し後方に飛ばされる。
その後も何度も彼の身体は痙攣でも起こしたかのように跳ねて徐々に砂埃が薄く積もった床の上を転がっていく。血は出ていないものの、燕尾服に開いた幾つもの穴が何発もの銃弾が撃ち込まれたという事実を物語っていた。
当然、床に縫いつけられていたシェイドにも流石にそんな芸当は出来ない。そうなれば最早誰がやったのかなど明白な物だ。
アレスに向けた銃口から薄く煙を立ち上らせる黒光りするそれを構え、冷淡にさえ見える佇まいでヘメティは彼を撃ち抜いていた。
幾ら機械人形であろうと、自我のあるもの、生きているものを傷つけることを恐れてばかりだった少年が、今ここで自分の目の前で他人に発砲した。その事実に、どうしようもなくこの場にいる人間は動揺していた。
どうやら全ての銃弾を撃ち終わったのか、もう用済みだと言わんばかりに拳銃を投げ捨てたヘメティは俯いたままだった顔を上げてマーヴィンを見る。
彼の口角は歪に吊り上がり、狂気のような感情を露わにした笑みを形作っている。瞳は今までヘメティが持つとも思えなかった感情で煌々と煌めいていた。
これだけでも混乱と戸惑いは増幅するというのに、更に追い打ちをかけるような事実にも、周囲の人間は気付いてしまう。
紫水晶のように澄んだ紫を宿していた筈のヘメティの左目が、今は血を被ったように赤く染まっていた。
その様は、数メートルほどの間合いを取って対峙するヘメティとマーヴィンが切っても切れない血縁関係にあるのだ、ということをあからさまに誇示しているようにも見える。
暫くは歪みに歪んだ笑みを浮かべたままでその場に立っていたヘメティだったが、一度獰猛そうに唇を一嘗めしてその手に携えた闇の名を冠する刀を構え、地面を蹴った。
それも予想していたかのようにマーヴィンは涼しい顔で受け止めては、ソーマにもしたように弾き返す。
だが、ヘメティは刀を弾き返されても尚、素早い剣劇を繰り返した。
甲高い金属音は短く、連続して辺りに響き渡ってはびりびりと空気を震わせて反響し続ける。
その音に顔を顰めながら、鎌を杖代わりに立ち上がったソーマは額に浮いた汗を拭えばシェイドの元までつかつかと歩み寄る
「……ソーマ」
この状況に似付かわしくない——いや、逆に調和しているのかもしれないが、静かな声でシェイドは彼の名を呟く。しかし、シェイドの瞳はソーマを捉えてはおらず、ただただ目の前でマーヴィンに切り掛かるヘメティのみを映していた。
「何だ」
短く、どこか切羽詰まったような様子でソーマは聞き返す。
「…………今、オレ達の目の前で何が起こっている?」
「見ての通りだ」
ソーマに尋ねた時点で既に答えは知れたようなものだった。「見れば分かる」というような内容の答えを返されることなど分かっていたが、それでも違う答えを期待して問い掛けたのに、とシェイドは歯噛みしてしまう。
その間にも、刀と鉄パイプが触れ合って起こる金属音は止まないままで鼓膜を揺さぶり続ける。
「——ただ、異常であることは確かだがな」
ぽつりと付け加えたソーマにシェイドは頷き、自分から肩を拘束する剣を引き抜こうと柄を掴む。
彼がその行動を取った瞬間、マーヴィンが今までに一度も上げなかった悲鳴を上げて背後の壁へと叩き付けられていた。
今まで延々と片手で刀を扱い続けていたにもかかわらず、何も疲労など感じていないかのようにヘメティはその場に立ち尽す。実際、今の彼に疲労など何のブレーキにもなりはしないのだ。
彼は遠目から辛うじて分かる程度に肩を微かに揺らし震わせ、噛み殺したような笑いを上げ始める。
それを確認し、「今彼は笑っている」とソーマ達が認識した頃には、その狂った笑い声はマーヴィンを彷彿とさせる高く響く哄笑にまで変わっていた。
「……予想通り、か」
空気を震わせる耳障りな笑い声に顔を顰めながら、ソーマはそう意味深な言葉を漏らす。
苦々しく呟いた彼の様子にシェイドは怪訝に思ったのか一瞬身動ぎしたものの、貫かれたままの肩に激痛が走ったことで動きを止めた。
哄笑は徐々に収まり、今ではくすくすと嘲り笑うような笑い声へと変わっている。
「…………どういう事だ?」
状況が全く理解できない、というような表情を崩さないまま、独り言のようにしてシェイドがソーマに問うた。ソーマは彼の薄い黄色の瞳を一瞥し、すぐに視線を逸らしてしまう。
「……俺達『能力者』は、自分の意志で力を抑える事で能力を使役する。俺の場合は大鎌、アイツの場合は刀、という風にな」
突然、それも今自分が問うた内容には全く沿っていないようにすら感じられる内容の話をし出したソーマに虚を突かれたものの、シェイドは黙って彼の言葉を聞き入れる。
その間にもヘメティはその口許に歪んだ笑みを浮かべ、起き上がり自分に向かってきたマーヴィンに応戦していた。
またもフロア中を包み込む金属音に負けないよう、声を張り上げながらソーマは続ける。
「そして当然、アイツも人間だ。アイツには感情がある。脆弱な精神がある。……平たくまとめれば、今回はアイツが精神的に受け止められるものの許容量を超えたんだろう」
敵である筈のマーヴィンから告げられた事実に加え、自分はおろか仲間までもが窮地に陥った今回の状態。その状況に、ただでさえソーマ曰く『脆弱』なヘメティの精神が耐えられるわけもなかったのだ。
「——おかげで、普段力を抑え込んでいる箍が外れたらしいな。俺も味わったことがある。言わば『暴走』だ」
淡々とした声音は普段通りで、危機感も焦燥感も全く感じさせない。相変わらずの無表情でそう締め括って、ソーマはナトゥスを肩に担いだ。
「……要するに、今ヘメティがマーヴィンに刀を向けているのもヘメティ自身の意思ではない、と?」
「そうなる」
やっと状況が呑み込め、理解できたらしいシェイドの呟きにも、彼は特に感情を表に出そうとはしない。
ただその藍色で、マーヴィンの身体に着々と傷を刻み続ける『臆病者』の姿を捉えているだけ。
他人を傷つける事が嫌いで怖くて仕方がない、それとは真逆の様子でマーヴィンに向かっていくヘメティも当然身体中に傷を負ってはいるのだが、その傷の量も血の量も、マーヴィンに比べてみれば遥かに軽い。
マーヴィンに至っては既に片腕を深々と切り裂かれて赤いコートの袖を更に濃い赤で染め上げていた。あの傷では腕を動かすことも困難であることは遠目から見てもよく解る。
結局彼は片手で鉄パイプを操ってヘメティの剣劇を受け止めるしかないのだが、その力は普段のヘメティの比ではない。
圧倒的な力の差とも言えるそれを目の当たりにして、シェイドは勿論のことソーマも少なからず驚愕は感じているらしい。
「……まあ、俺自身アイツにここまでの力があることは予想していなかったがな」
口許に嘲るような、それでいて焦燥感を滲ませた笑みを微かに浮かべ、吐き捨てたソーマの頬に汗が伝う。
だがその直後にはその笑みは消え、逆に戸惑いや訝るような感情が浮かべられた。
悲鳴や呻きを噛み殺し、自分の肩に鈍痛を発していた傷口を作り出し、その傷を塞ぐ長剣の柄を掴んで引き抜こうとするシェイドに、ソーマは今度こそ眉を顰める。
「何をしている」
「見ての、通りだ、……ッ」
確かに見れば彼が何をしようとしているかなんて分かるのだが、そんな事はどうでもいい。
「余計に血を流すつもりか?」
今彼の傷を塞いでいるのはその長剣だ。それを引き抜けば、当然今以上の血が噴き出す事になる。
まるでシェイドの身を案じるかのように口にしたソーマの目の前で、彼の身体を縫いつけていた長剣が床から抜ける。それでも大分楽になったのか、彼は上体を起こせば息を吐いて剣の刃を手で掴んだ。
「……オレの血程度ならば、安いものだ」
答えになっていないだろうが、と嫌味を込めて言ってやりたいのをぐっと堪え、ソーマは口を噤んだまま彼を見守る。否、傍観する。
恐らく特殊な素材で出来ているのであろう白い手袋のおかげか、手が切れる事もなく徐々にではあるが長剣は引き抜かれていく。真紅の血で赤く光る鈍色の刃は不気味でもあった。
シェイドが痛みに耐えている間、ヘメティはただマーヴィンを追い詰め、傷つけて楽しんでいるようにしか見えない行為ばかりを繰り返して刀を振るっている。
肩で息をしているマーヴィンと、呼吸を弾ませることもしないヘメティの差は歴然で、ソーマはシェイドから意識を逸らして彼等の『兄弟喧嘩』という名の殺し合いを見ていた。
ヘメティの刀がマーヴィンの服も皮膚も肉も切り裂き、彼の命を悪戯に生死の境まで追い遣る。それを止めようと声だけでも張り上げるアレスにすら容赦はない。
つい数十分前までは逆だった筈なのに、マーヴィンがその場に膝を着く。それをソーマが認識したとほぼ同時に、耳の端でからん、というやけに軽い音を聞いた。
視線を向けてみれば、そこにあったのは血に濡れた長剣だけ。その場に居た筈のシェイドの姿は既に無い。
その代わりに、とでも言うように聞こえてきた足音と転々と切取線のように続く鮮血のお陰か、彼の動向は知ることができたのだが。
ソーマはその場に縫い止められたかのように動くことも出来ず、傍観者のようにして立ち尽くした。
その間にも、当然の事ながらヘメティの暴走は続いている。
ぼろぼろになった黒い燕尾服を身に纏い、降り積もったばかりの雪のように白かった髪を汚したアレスの頭を片足で踏みつけ、闇霧を携えていないもう片方の手では赤いコートを殊更赤く染めたマーヴィンの胸倉を掴んでいる。
ワインレッドのリボンタイも、今は解けて申し訳程度に首に掛かっている状態だ。白くフリルのついたシャツもまた、深い刀傷の形にじわじわと緩慢ながらも確かに血が滲んでコートと遜色ない色にまで変わっている。
気道を圧迫された苦しみからか、ただでさえ苦痛で歪んでいた顔を更に歪めてマーヴィンは軽く咳き込む。それと同時に微かに血が吐き出され、彼の白い口許を伝いヘメティの手に落ちた。
「……っ、殺したかったら殺したらどうなんだい? そんな薄気味悪い嗤いなんて、浮かべてないでさ」
傲慢な様子は相変わらずだが、ここまでくるとそれが虚勢であることなど誰が見ても明白なものだ。
自分の兄の赤い瞳を薄笑いを浮かべて見下ろし、彼はだらりと下げていた刀をマーヴィンの首へと突き付ける。
あと少し力を込めて刃を動かすだけで、いとも容易くこの戦争の終焉は訪れる。この世界も、恐らく破滅を迎える事になる。何せ支配者である男が居なくなるのだから。
その事をヘメティが考えられたのかは誰にも分からない。
彼は胸倉を掴んで引き寄せた支配者の首を切り落とそうと更に力を込め、微かに引きつったような笑い声を零す。
それに被るようにして足跡が止まり、小さな金属音が嫌なほどに辺りを包んだ。
その音に反応してなのか、それとも頭に感じる感触に対してなのか、ヘメティの動きが止まる。
「やめろ」
どんな状況であっても、よく通る声だった。
荒い呼吸の合間に吐き出された割には掠れてもいない声に、王族二人の血の色の瞳が見開かれる。
血を流す右肩の所為で力の入らない右腕を下げ、唯一無事な左手で拳銃を構えたシェイドは無理矢理に取り繕ったような無表情で、ヘメティを見据えていた。
その拳銃の銃口は、自分の仇であり憎悪を向ける相手であるアレスでも、支配者であるマーヴィンでもない。ヘメティの後頭部に震えることなく押し付けられていた。
「……ヘメティ、もうやめるんだ」
マーヴィンの胸倉を掴む手が震え、白くなるほどに力が込められているのを見て一度は止まった手の動きが再開されたことを悟る。
シェイドは短く息を吐き、ほんの少しだけ身体から力を抜いた。
「それ以上やったら、戻れなくなるぞ」
一度人を殺してしまえば、もう後には戻れない。自分に残るのは『人殺し』という汚名だけ。軍人という職業柄、シェイドはそれを身をもって理解していた。
その言葉がヘメティの耳に届くかどうか、というのは最早賭けで、これでもし彼の暴走とやらが止まらなければ容赦なく手足を撃ち抜いてでも止めてやろう、とシェイドは考えていた。それはソーマも同じで、彼もまたシェイドの背後からではあるがヘメティの首に鎌の刃を押し当てている。
暫くの間、戦闘の行われていたフロアにはマーヴィンの荒い息づかいとアレスの時折挙げる呻き声だけが反響し、尾を引いていた。
その静寂を破るように、マーヴィンは不意に嘲り笑うような声を漏らした。
「……僕らに、情けをかけるつもりかい? 軍人のクセに」
酷く掠れ、ぜぇぜぇという呼吸音に掻き消されそうなものだったが、辛うじて聞き取れた声に彼は態とらしく溜め息を零す。
「別に、貴様等を助けようとは思っていないさ。オレは仲間を助ける、それだけだ」
言葉とは裏腹に、銃口をヘメティの後頭部に押し付ける力は徐々に強まっている。ここで誤って引き金を引いてしまえば当然彼も死ぬことになるというのに。
シェイドが再び、今度は懇願でもするような声音でヘメティの名を呼ぶ。
その硬質の感触、首に当てられる冷たい感触に感化されたのか、それともただの『気紛れ』か——それとも、本当に『仲間』の声が届いたのか。
今までマーヴィンの胸倉を掴んで刀を突き付けているだけだったヘメティが、不意にマーヴィンから手を離した。
だがその動作もまた荒々しいもので、ゴミ袋を無造作に投げ捨てるようにして彼の身体を床に叩きつけるそれ。ろくな受け身も取れずに床に横たわったマーヴィンは身体中に奔った激痛に短く悲鳴を上げた。
その悲鳴を聞き届けたかのように、今度はヘメティがその場に膝を着く。銃をその場に落として彼の身体を間一髪の所で片腕を使い支え、シェイドは安堵に溜め息を漏らした。
かと思えば、今度はヘメティの身体からがっくりと力が抜け、強く掴んでいた筈の闇霧が滑り落ちる。重厚、とも耳障り、とも、何とも言えない音が、悲鳴や笑い声とは違い反響する事泣く掻き消えた。
ヘメティは既に意識を手放してしまっているのか、目を閉じて腕を力なく下げたままだ。薄笑いで情事吊り上がっていた頬も、眠っている時のような表情に変わっている。そのあどけなさすら残る表情は、今までのヘメティと何ら変わりない。
ただその頬にべったりと付着した血飛沫が、全てを物語っていた。
その血痕を何とも言えない表情で見つめていたシェイドだが、何の前触れもなく耳に飛び込んできた吐息のような嗤い声に顔を上げる。
床を這いずるようにして身体を僅かに起こし、血が染み込んで若干汚れてしまった焦げ茶の長髪を床に垂らしながらマーヴィンは嗤っていた。
楽しそうでもあり、悔しそうでもあり、それでいて嘲笑のようで、微笑のようで。優しげな上っ面の中、冷たく激しく渦巻く憎悪を秘めたような、普段のエゴイズム溢れる笑いとは全く別の意味で悪寒がする嗤いだった。
「…………悔しい、ね。うん、……実に悔しいよ。この場で……死にたいくらいに」
荒い呼吸の合間合間に、必死で言葉を紡ぐマーヴィンの頬に血と汗が混じった液体が流れ、床に落ちる。
死にたい、なんて言葉を口にした彼を鼻で笑い、ソーマはシェイドの背後からナトゥスの鎌の刃を向けてやった。
「……今この場で、殺してやることもできるが?」
氷。その一言に尽きる冷たさを秘めた藍色に射抜かれてもマーヴィンは笑う事を止めず、鉄パイプから手を離してコートのポケットから何かを取り出せばきゅっ、と手に握る。
彼の手に包み込まれたそれはかなり小さなものなのか、その正体が何なのか確認することもできない。
「いや、遠慮しておくよ。……もっと楽しみたいんだ、僕は。この世界を、ね……だから、」
そこで一度言葉を句切ったマーヴィンはちらりとヘメティを見てから、口許に微笑を浮かべて手に握った『それ』を指先で摘む。
金属光沢を放つ立方体のそれはパッと見では金属製のサイコロにも見える。だがこの場でそれを取り出したという時点で、小さな小さなサイコロが何らかの『兵器』であることは目に見えて分かることだ。
起爆スイッチを押すことで作動するような超小型の爆弾か、と一瞬身構えたシェイドの目の前で、マーヴィンはふふっ、と嗤って妖美とも取れる笑みを浮かべた。
それと同時にそのサイコロ状の物体を摘む指に力が込められ、カチッというやけに軽い音と共に光が辺りを包み込む。
「……だから、ここは逃げることにしておくよ。……アレスも僕も、……ヘメティもぼろぼろだからさ」
マーヴィンの消え入りそうな掠れ声は聞こえるものの、目映い光の所為で目を開けていることすらままならない。シェイドはヘメティの身体を支えている手とは違う手——丁度傷を負った手で反射的に目を覆っていた。
ソーマも同じように目を眇め、舌打ちして視界を覆う。
その光自体は数分どころか数十秒もせずに収まり、二人はゆっくりと腕を降ろせばお互いに顔を顰めた。
「次元歪曲式の転送装置だったか……くそっ!」
化学による技術に魔力や魔術を加え、作動することにより自分と自分の周囲、もしくは製造過程でインプットしておいた人間を別の空間へと転送させる装置。どんな仕組みなのか詳しくは知らないが、聞いたことはあった。
恐らく、というよりも確定であるのだが、彼等の転送先はマーヴィンの自室かどこかの病院だろう、とも思う。
シェイドは悪態を吐き、アレスもマーヴィンも忽然と居なくなっている空間を見る。
その場に彼等が居たという痕跡といえば、床に滴り落ちている血だけだ。アレスに至ってはそんな痕跡すら殆ど感じられない。
この状態では、恐らくラスター達を追っていたハウンドもまた同じように消えているのだろう。
背後でソーマが溜め息を吐いて能力を解除し、今までその手に握っていた白銀の鎌を青白い粒子として霧散させるのを感じながら、シェイドは悔しさから苦虫をかみつぶしたような表情で床の血溜まりを見つめていた。




[樹海] ┗(^o^ )┓三

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俺はこうしてまたトラウマを一つ抱えて時間に溺れながら辛うじて息をするしかできないんだろうなぁ。
いっそのこと「お前のせいだ」って罵ってくれた方が楽だったんだよ。宣言通りに1ヶ月以上経ちました。それどころか2ヶ月(ry




機関本部の最上階——とはいってもそこまで高い建造物でもない為に四、五階程度だが——に位置する司令室の執務机の前にダグラスは座っていた。
喧しいサイレンも、耳障りな銃声も、ここまでは届かないらしく殆ど聞こえてこない。ただその激しさだけは張り詰めた空気や振動からも伝わってくる。
何故総司令官がまず最初に逃げなかったのか。
別に格好付けでもないし、ここまで辿り着いた彼等を自分の力で討ち取ろうだとか、そういうことを考えているわけではない。当然ここは逃げるべきだと理解している。
ただ自分だけが尻尾を巻いて逃げるというのがどうしてもできなかった。それだけだ。
下の階では本部陥落を防ぐべく、侵入者を撃退すべく戦闘要員である彼等が動いているというのに、その彼等を置いてさっさと自分達だけ安全区域に逃げるなんて事が出来るわけもない。いや、だからこそ批難すべきなのだろうが、ダグラスにはそれが出来ない。
生来の性格が影響しているのかもしれないし、彼のポリシーともいえるそれが関係しているのかもしれない。
ダグラスは椅子に深く腰掛け、そのまま執務机に両肘をついて組んだ手に額を着けていた。
組まれた手には何かが強く握られているようで、親指の隙間からシルバー製のリングのようなそれが覗き蛍光灯の光を反射して鈍く光っていた。
眼鏡の奥に見える筈の瞳は強く閉じられ、その光を差し込ませる事はない。まるで全てを拒絶するように、もしくは何かを強く祈るように、ダグラスは手を組んで目を閉ざしている。
自分は何て無力なのだろうか。ただ指示を出すだけで、高みから見ていることしかできない。戦地に赴いて彼等の助けになることも出来ない『お荷物』。
総司令官という地位には自分から望んでなった。だが、それが余計に苦痛になるなんて。
そこに『彼』が関わればその無力感と葛藤は更に大きくなる。
アイドは彼の事を「そこまで精神が弱いとは思えない」という風に言っていたが、それは楽観的すぎるのではないか。彼はまだ成人もしていないそれこそ子供で、精神も安定しているとは言えない年齢だろう。
その上彼は自分が何者なのかすら理解できていない。『自分』を構成する記憶を殆ど失っていると言って良い。
だからこそ、怖い。恐ろしくて仕方がないのだ。
彼が自分のたがを外してしまい、そのまま自分の力に踊らされてしまう事が。

RELAYS - リレイズ - 68 【踏み外した足の行き先】

何を今更、という感じだが、薄々嫌な予感はしていた。
だがそれから嫌だ嫌だと目を逸らして、そんな事はないんだと自己暗示をかけて、俺は彼にそれを言われるまで自分の中に芽生えたそれと向き合おうとしなかった。
この絶望とやらは、そのツケなのかもしれない。延々と逃げ続けた自分への。
呼吸が荒く、短くなっていくのが自分でも解る、自分の頬を汗が伝い落ちるのが痛いほどによく解る。
それでもどうしても目の前にいる『兄』から眼を外せず、俺はただ何も言えないままで立ち竦んでいた。
「——君は僕を捨てた。そして僕は君を捨てた。その結果がこれさ!」
他人を追い詰めることに至福を感じるらしいマーヴィンは、変わらぬ笑みを浮かべたままで両手を広げて高らかに言葉を紡ぎ続ける。本来ならば聴き取りやすく良く通る筈のその声が、やけに遠く聞こえた。
闇霧の柄を握る手が震えている事に気付き、更に強く握り締めてどうにかその震えを押さえようとしてみるもののそれも上手くいかない。
「……辛い? 苦しい? それとも僕が憎いか? ……もしくは、何も考えたくないくらいに絶望してる?」
呪詛のように自分に投げかけられる言葉を聞きたくない、そう思ってその場にうずくまって耳を塞ぎたくとも、それをする術はない。この手から武器を滑り落とせばその時点で俺の負けだ。だから、黙ってマーヴィンを見据えてきついほどに拳銃と刀を握り締める以外にできなかった。
——口許に弧を描き、手に鉄パイプを携えただけのその姿がやけに恐ろしく思えたのは何故だろうか。
「何だ、君は『この程度』でもう何も答えられないのかい? ……仕方がないから、そこの君に話を聞くことにしよう」
携えていた細身の鉄パイプの先で指し示した先に居るのは、今までの話を普段通り興味なさげに聞き流していたらしいソーマだった。彼に話を聞く、と言っても、彼は何も知らない筈なのに。
ソーマは最初に自分に「口を挟むな」と一滴託せに突然自分に話を振られたこと、そして鉄パイプで示されたことに対しての苛立ちや不快感で顔を顰めながらもマーヴィンの眼を見返した。
「……初対面の俺に、何を訊くつもりだ?」
この状況下でも余裕を失わず、マーヴィンを小馬鹿にするように鼻で笑い飛ばしたソーマの言うことは尤もだと思う。話を聞くなら、無理にでも俺から聞き出した方が早いに決まっている。
ほんの僅かなものだが、冷静なソーマの様子に現実に引き戻されたような感覚を覚えた。当然俺自身はまだ混乱している——いや、混乱なんて言葉では言い表せない程のぐるぐると渦巻く感情。それを抱えている。
それでも幾分かはマシになった頭で、自分の意志でちらりとマーヴィンの隣に佇むアレスを見る。
彼は自分から自発的に何かを言うでもなく、ただただマーヴィンに付き添う影のようにしてすぐ傍に立っているだけ。己の武器である拳を今は下ろしているものの、俺達に対しての殺意は微塵も薄れてはいない。
もしも自分の主であるマーヴィンに手を出したらすぐに殺してやる。アレスの闇夜のように暗い瞳はそう語っていた。
機械人形というのならばその瞳もまた人の手、マーヴィンの手によって造られたものなのだろうが、それでもここまで『念』を感じてしまう。そこらの人間とは比べものにならない殺意。それが主への忠誠心と崇拝の上に成り立っているのだ。
「そうだね、君と僕は初対面だ。だけど訊ける事はある」
苦笑してソーマに同意し、指し示していたままだった鉄パイプを杖のようにして土埃にまみれた床についた彼はにたり、と凶悪な笑みを浮かべた。
「……君、気付いていただろう?」
勿論その言葉が俺に向けられている訳ではないのだが、上手く意味が汲み取れない。
だが尋ねられた当の本人はその意味を十分に理解しているらしく、感情の読み取りづらい藍色の瞳でマーヴィンと視線を絡めれば再び嘲笑めいた笑みを零した。
「気付かないとでも思っていたのか?」
「いーや、君なら感付いてるだろうと思ったよ。観察眼の鋭さが他人と比べものにならないからね。あの戦場でそれは十分解った」
リグスペイアでの邂逅のみで、彼は既にソーマの観察眼やら勘の鋭さを見抜いていた。他人を拒絶し続けて感情を表に出そうともしない彼からそれを見抜けるマーヴィンの方こそ鋭いのではないかとも思う。
マーヴィンはくすくすと笑いながら鉄パイプを持っていない片手で顔を覆う。
「…………元々、あの時点で大体そんな予感はしていた。あくまでも『予感』だ。決定的な証拠もなければ、確定できる何かもない」
淡々と、それでいて聴き取りやすい音程を意識しているのかマーヴィンに説明するような口調でソーマはただ言葉を紡ぎ、彼から視線を外すこともしなかった。
だが自らの武器を構える手には未だに力が込められているし、何か攻撃を受ければすぐに反応できるであろう程の警戒心も露わにしている。それは向こうも同じ事で、そんな一触即発の状態でこんな風に話をしているというのが不思議なくらいだった。
一度言葉を句切ったソーマに、マーヴィンは「それで?」と続きを促して顔を覆っていた手を外す。
「——まあ、これも確定する材料としては不十分なのだろうがな。……貴様が何故あの時にコイツだけを捕らえようとしたのかだ」
ベガジールでの奇襲を受けた際の事。ソーマの言葉が吐き出される度、彼の憶測や予想や確信が吐き出されようとする度、ましになっていた思考力がまたよく解らない感情に覆い尽くされるような、自分がどこかに堕ちていくような錯覚に囚われる。
「……大方、自分の手で捨てた奴を今度は自分の手で始末しようと思ったんだろう? 今後一切邪魔をされない為に」
どうだ? と続けたソーマに、マーヴィンは数秒間ほどきょとんとした様子で言葉を失っていたものの、すぐにその口許に弧を描けば鉄パイプを持ったままで器用に拍手し始めた。ぱちぱち、という軽快で間抜けな音は、この緊迫した状況に不釣り合いすぎるそれ。
似付かわしくないその音は、底まで反響することもなく虚しくフロアに吸い込まれた。
「——素晴らしいね! 大・正・解!! 本当に! 間違いなんて一つもないくらいだ!」
楽しげな響きを持ち、男性のにしては高らかな声。テノールではあるのだろうが、やはり気分が高揚しているということも関係しているのか地の声よりも随分高いように聞こえる。
そんなマーヴィンの声も殆ど鼓膜を震わせてこなかった。実際は聞こえているのだろうが、本能的に彼の声を聞くことを拒否している、といった感じだろうか。
彼はそこで話を終わらせる事をせず、更には今まで黙ってソーマの『推理』や自分の演説を聴いていたシェイド大佐にまでその赤い瞳を向けた。
「どうだい、大佐! 君だって薄々解っていたんじゃないのかい!? 彼が自分が忌むべき憎むべき、こちら側の人間なんだって事をさぁ!」
そう話しかけられた瞬間、包帯に隠された彼の表情が一瞬鋭いものへと変わったような感覚を覚える。シェイド大佐の瞳は先程までとは違う光も宿していて、まるでマーヴィンの言葉が事実だと肯定するようなものでもあった。
彼は暫く思考を巡らせるような様子で口を閉ざしたままだったが、不意にマーヴィン達に銃口を向けたままで口を開いた。
「ああ、その通りだ。薄々気付いていたさ。……当然、そこまで深く疑ったりはしなかったが」
最初こそは彼の声に絶望に良く似たそれを抱いたものの、すぐに打ち消すようにして救いの言葉ともとれるそれが俺の耳に届く。
当然それはマーヴィンにも届いていて、満足そうな笑みは少しむっとした表情に変わっていた。
「……どうしてだい? 僕らに仲間を殺された君なら、すぐに行動に移すと思ってたのに」
残念だなぁ、なんて間延びした声でのんびりとのたまうマーヴィンはシェイド大佐の答えに御立腹のようで、人の良い笑顔——いや、この状況ではただ恐ろしいだけだが、それも穏やかで緩やかで、それでいて傲慢な雰囲気も失われてしまっている。
「ならばオレからも質問させて貰おう。何故そう考える必要がある?」
逆に質問で返されたことにも不快感を抱いたらしく、マーヴィンはぴくりとこめかみをひくつかせる。彼の表情や心境の変化を察しておきながら、シェイド大佐は言葉を続けた。
「生憎だが、仲間を売る程、オレは冷酷になりきれないからな」
仲間。その短い単語の響きがまるで俺の胸に満ちる絶望や戸惑い、様々な負の情念を浄化していくようにゆっくりと染み渡る。
くすりと苦笑めいた笑みを浮かべてはっきりと言い放った彼に、マーヴィンは今度こそ顔を歪めて舌打ちすれば一度は鞘に収めていた剣を再度鉄パイプを持っていない手に持った。
「……つまらない、つまらない、つまらない! 全く面白くないんだよ、偽善的でさ!!」
声を張り上げて怒鳴るように吐き捨て、マーヴィンは鉄パイプと細身の長剣をしっかりと持ち直せば、つい数分前まではちらつくことさえなかった殺意をその瞳に宿らせて此方を睨み付けてくる。
その姿は威圧感や気迫、というよりも純粋な殺意と嫌悪を内包しているかに見えた。流石に以前出会った死神ほどの殺気や愉悦はないにしろ、やはり本能的にか恐ろしいと感じてしまう。
怖気が立つかのようなそれを肌で感じ取るのとほぼ同時に、今まで口を閉ざしたまま主の言動を見守っていたアレスが腰を沈め、軽く地を蹴る。
その動きには前触れも殆ど無く、不意を突かれたという表現が正しいとも思う。
シェイド大佐はアレスを狙うべく両手の拳銃の銃口を向け、彼と同じくソーマもまた応戦すべく鎌の柄を持ち直せば自分から足を踏み出しているというのに、俺は腕を上げる事が出来ずに居た。
せめて攻撃を受け止めたり防いだりすることはしなければならないのに、それができない。
シェイド大佐やソーマとは分が悪いと感じたのか自分に向かってくるアレスの手、掌打が俺に届くのが先か、二人の攻撃がアレスを襲うが先か。
そのぎりぎりの状況に耐えられず反射的に目を閉じるも、いつまで経ってもその衝撃も銃声も聞こえてこない。
それに恐る恐る目を開いてみれば、アレスの白い手袋が嵌められた手は眼前にあり、あと数センチで俺を吹き飛ばすという所まで迫ってきていた。だがその手は動いておらず、それどころか彼の身体の動き自体が止まっている。
この現象に対して一番驚いているのは他でもないアレス本人で、彼は驚愕にその黒い瞳を見開いていた。
「……どうしたんだい、アレス」
訝りに満ちた、それでいて苛立ちを含んだ声音でマーヴィンは自らの従者に尋ねるも、その問いを何発もの甲高い銃声が掻き消した。
短い悲鳴を上げて吹き飛ばされ、受け身を取ることも出来ずにその場に崩れ落ちたアレスに特に大丈夫かと声を掛けることもなく、マーヴィンは彼に視線を向ける。
「——まさか、ここで『身体が動きません』なんて事はないよね?」
見ていれば一目瞭然だが、主の言葉が図星だったらしくアレスは頷くことも出来ずに視線を地に落として口を噤んでしまう。その様子は明らかに肯定だったし、彼自身が戸惑っているということも誇示していた。
「…………何が起こったのかは知らないが、好都合だ」
「全く、面倒臭いなぁ。……仕方がないから、僕が彼の代わりに相手をしてあげるよ」
再度拳銃を持ち替えて構えたシェイド大佐の呟きの声に被さるようにして、マーヴィンは困ったように目尻を下げて口角を吊り上げる。
マーヴィンはそれからすぐに表情を変えて俺に眼を向ければ、意地の悪そうな凶悪な笑みで口許を形作った。
「大丈夫だ、君はあとでゆっくりと遊んであげるからさ。少し待っているといいよ、ヘメティ」
彼が自分の名を口にする度、言葉では言い表せないような感覚が身体を駆け巡る。恐怖とは少し違うこれは、嫌悪に良く似ていた。
片方の拳銃でアレスを狙いながらもう片方の銃でマーヴィンを狙い、シェイド大佐は彼に向けて躊躇うことなく引き金を引いた。
だが放たれた銃弾をマーヴィンは難なく長剣で弾き落とし、緩やかな足取りで彼は一歩だけ前に出る。
銃弾でも弾き返されるのならば当然ソーマの扱う魔術も全てが意味を成さない物で、彼もまたそれを理解しているのかすぐに地面を蹴れば跳躍してマーヴィンへと鎌の刃を振り下ろした。
「……甘いよ」
短い言葉を紡ぎ終わるのが早いか、すぐに彼は剣でナトゥスの刃を防ぎ今度は鉄パイプでソーマを狙ってその腕を振りかぶる。
自分に向けられて振り下ろされるそれを間一髪で避けたものの、マーヴィンはそれも予想していたのかソーマの腹部へと蹴りを繰り出せば力の限り彼の身体を蹴り飛ばした。
十八歳という歳やその長躯にしては細いソーマの身体が宙を舞い、俺の横を掠めて背後の壁へと叩き付けられる。その音とソーマの呻き声がやけに耳に響いて、一瞬耳を塞いでしまいたい衝動に駆られた。
シェイド大佐もそれらの声と音に顔を顰め、今までアレスに向けていた拳銃も使いマーヴィンを睨み付けて立て続けに銃の引き金を引いていくも、その銃弾は一発も当たるどころか掠る事なく彼の防御の前に弾かれる。
彼の銃が一体何丁あるのか正確な数は解らないが、このままでは弾を浪費するだけで意味を成さない。
それを告げようと口を開いた瞬間、背後からも全く同じ鋭い声が聞こえてきた。
「……シェイド、弾を浪費するな! 貴様では分が悪すぎる事程度解るだろうが!」
荒い息の合間に紡がれた怒声に、二丁拳銃を構える彼の身体が固まる。
「…………どちらでも同じだよ。どうせ君達は負けるんだ」
全てを見透かしたようにマーヴィンは言う。こちらがそんな言葉を受け入れるとでも思っているのか、ただ茶化しているだけなのか。
未だに銃口も向けられず、刀の切っ先すら向けられずに居る俺の横をまたソーマが通り過ぎ、マーヴィンに飛び掛かっていく。シェイド大佐はただ黙って拳銃を握り締めているだけで、彼の邪魔をしてしまわないようにと必死で抑えているようにも見えた。
マーヴィンはまたも難なくソーマの一撃を鉄パイプで受け止めれば、今度は持っていた長剣をまるで槍投げの要領で軽々と投げる。
俺に向けられた物だろう、と勝手に解釈していたそれを避けるべく足を一歩後ろに踏み出した途端、今度は押し殺したような悲鳴が斜め前方から耳に飛び込んできた。
「大佐、ッ!?」
先程マーヴィンが放った長剣はシェイド大佐の左肩を射抜き、そのまま深々と彼の身体と床を縫いつけていた。どれだけの力で放ったのかは解らないが、恐らく余程の力で彼は剣を手放したのだろう。
シェイド大佐は痛みに苦悶し、顔を歪めて傷口を押さえている。立ち上がれずに居る彼の指の隙間から血が垂れ、白い手袋を徐々に赤く染め上げていった。
ここまで来ても恐怖を拭えない、それどころか足が地面に縫いつけられたかのように動かない。そんなに自分の手を汚したくないのか、と俺は自分のことなのにもかかわらず他人事のように、どこか頭の片隅で思っていた。
ソーマは諦めることなくマーヴィンに向かっているが、傷は付けられていないらしい。逆に軽くあしらわれ、ただ疲労が溜まっているだけにも見える。
ここで俺が出向けば状況は変わるのか、それとも彼の足を引っ張るだけなのか。
アレスがほぼ戦闘不能に等しい状態の今、一対三という状況の筈が逆に此方が押されている。——否、俺は参加できていないのだから一対二だろうか。
このままではマーヴィンの言葉通りに負けるのが目に見えている。そうすればソーマもシェイド大佐も、勿論俺も彼の手で殺されるのは確実だ。
そう考えれば俺のするべき事なんてものは決まっているのに、何故か身体が動いてくれない。
足は前に出ることすら拒み、いつの間にやら気を抜いてしまえば崩れ落ちてしまいそうな程に震えている。呼吸も無意識の内に弾んでいて、頭が重くなるような、くらくらする感覚を覚えた。
どうして俺は今までも、今でもこうなのか。「ゆっくり克服できればそれでいい」なんて悠長な事は言ってられなかったのに。
何で、どうして、そんな意味もない自問ばかりが繰り返されても答えはなく、状況が悪化していくのが否応なしに目に飛び込んでくる。
暫くマーヴィンと鍔迫り合いのような状態になっていたソーマが再び弾かれ、それでも尚自分の武器を手放すこともなくただ向かっていく状況に対しての「どうして自分は何もできないのか」という自己嫌悪が湧き起こってくるも、どうしようもない。
力がないんじゃない、それを使おうとしていないだけ。
目の前で繰り広げられる光景と鳴り響く高く澄んだ金属音。その中でソーマが耐えきれずに膝を着いたのを視認したとほぼ同時に、ゆっくりと眠りにつくような緩やかさで、どこか心地良さすら持って俺の意識が強制的に切断された。




眠気を堪えてると何をしてるか解らない罠。

拍手[1回]

まじで長かったよ、ここまで…っ!(´;ω;`)ブワッ
作業用BGM:君は僕に似ている




軽快にキーボードを叩きながら、最早研究員としての面影など消え失せているアイドは口許にゆっくりと弧を描いた。
その笑みはどこか不気味で、見た者の背筋を凍らせるようなものでもある。彼を知る人間が見たら「何があったのか」と問い質してしまうかも知れない。
余りにも、今のアイドは『研究班班長であるアイド』からかけ離れていた。
「一人はこれでよし、と。……精密すぎるってのも考え物だな」
ぽつりと呟き、彼は紅茶の入ったカップを傾ける。カップはそこらの棚から拝借し、紅茶は丁度事務机に置いてあったポットから勝手に注いだ物だ。恐らく避難する直前に入れたものだったのか、まだ温かく湯気を立ち上らせている。
そしてこれまた勝手に貰った角砂糖を入れた紅茶を堂々と啜りながら、アイドは一つの画面を見た。
まるで監視カメラの映像のようなものが映し出されている画面には、地面に倒れ伏している一人の男。それが『彼』から言われた機械人形という存在である事は明白だった。
「全く、俺の存在を忘れて貰っちゃ困るぜ支配者殿。ちゃんと部下にも教えておかなきゃ駄目だろ?」
苦笑めいた笑みを漏らし、彼は肩が凝ったとでも言いたげに肩に手を当てて軽く首を回す。
仕方がないな、というような口調とは裏腹に、アイドの心は高揚していた。資料や薬品に囲まれての研究院生活では味わえなかった興奮に高揚感。
数年程昔には毎日のように味わっていた感覚が懐かしかった。
「大量の電子機器を壊して使い物にならなくして、中枢部まで狂わそうとしたクラッカーの話を、な」
ああ、こんなに気分が高ぶったのはいつぶりだろうか。血が騒いで騒いで仕方がない。
アイドはそこで紅茶のカップを置き、再びキーボードと画面に向き直る。
もっと狂わせてやりたかった。精密なプログラミングで自我を得たあの二人を。
「さて、後はもう一人だけだな。二人居なくなるだけで結構な戦力を削げると思うんだけどな……上手くやってくれよ、戦闘要員」


RELAYS - リレイズ - 67 【絶望の光】

思えばマーヴィンは初めて出会ったときにも俺を知っているような意味深な言葉を吐き捨てていた。「生きていたのか」というような問いを。
あの時の頭痛の事もあり、彼が俺のことを知っているのは最早明白だった。
思い出したくても思い出せなかった過去の記憶。それを彼が知っているかも知れない。そう考えれば、今すぐにでもマーヴィンに詰め寄りたかった。だがそれが自殺行為である事は痛い程によく分かる。
何度か深呼吸を繰り返し、動転しているにも等しい心を落ち着かせていく。焦っても良いこと等何もない。
「……アンタは俺を知ってるみたいな言い方ばっかりだ。リグスペイアでの時も、今も」
落ち着いてゆっくりと言葉を発し、剣を肩に担ぐマーヴィンに話しかける。その立ち姿からも余裕が滲み出ていた。アレスはといえば既にマーヴィンの隣に移動している。
彼はただ黙って俺を見据えているだけで、それを肯定することもなければ否定することもない。
シェイド大佐やソーマも黙ったまま、俺を止めるでもなくマーヴィンに話をさせてくれた。
本来ならばここはそうはっきりと本題に入ってはいけないのだろう。ちゃんと順序を踏まえて話を進めるべきだ、と頭では理解していてもそれを行動に移すとなるとどうしても無理だった。
「悪いが単刀直入に言わせて貰う。……アンタは俺を知ってるのか? 知ってるなら、俺の過去も分かるのか?」
言い間違えないように慎重に、普段話す時よりも声を若干張り上げて、自分を知っているであろう人間に問い掛ける。
この問いにも表情を変えず、マーヴィンは特にこれといった感情の籠もっていない目で俺に視線を注ぎ続ける。血に濡れたような鮮やかな赤い瞳に見つめられ、威圧感など発されていない筈なのにもかかわらず身震いしてしまいそうになった。
彼はふぅ、と溜め息のように息を吐けば、肩から長剣を下ろし振り上げる素振りもなくその切っ先を床に向ける。
「……じゃあ僕からも質問だ。それを知ってどうする? 自分の過去を知ってどうするんだい?」
予想していなかった切り返しに、思わず呆気に取られる。確かにただで教えてくれるとは思っていなかったが、まさかこう聞き返されるとは思ってもいなかったのだ。
「俺には十五歳までの記憶がない。自分の欠けている部分を知りたいと思うのは普通だろ」
記憶を失う、自分がどのような人間であったかも忘れるというのは余りにも重く苦しい。自分が何者だったか、何処の生まれか、家族が居たのか、自分の人間関係や想い出すら残っていない。
空っぽだった。十五年という年月を忘れてしまった俺はただ自分が何故ここにいるのかすらも理解できていなかったのだから。
実を言えば、名前すら正確に覚えていなかった。自分の名前は分かるものの、姓だけが分からない。それだけでも分かれば、記憶の手がかりにはなっただろうに。
「成る程、大体分かったよ。確かに僕は君を知っている」
「それなら——」
それなら教えろ、と言い切る前に、丁度自分の右側から不穏な空気を感じ取る。それとほぼ同時に聞こえてきた盛大な溜め息に、俺はそちらに視線を向けた。
ナトゥスを肩に担ぎ、俺に侮蔑のような感情の籠もった瞳を向けてくるソーマに身が竦みそうになるのを住んでで堪え、敢えてその侮蔑の視線と自分の視線を絡ませる。
「……貴様は疑うという事を知らないらしいな。アイツが真実を言っているという証拠はどこにある?」
確かにソーマの言うとおりだ、マーヴィンが記憶の事で戸惑う俺に嘘やデタラメを言っている可能性もある。それでも俺は彼のように人をとことん疑えるわけでもない。
「心外だね、僕が嘘を吐いているとでも?」
「信じられると思うか?」
ソーマの言葉に気を悪くした様子もなく、マーヴィンは肩を竦めて困ったような表情を見せる。それに更に追い打ちを掛けるようにしてソーマは吐き捨てるように口にした。
断固として自分を信じようとしないソーマに彼はほんの少し不服そうに顔を顰めるも、すぐに今まで通りの表情へと戻る。
「まあいいか。どうせ君に言うことは何もないんだからね。今の君にこれは必要ない」
これ、と代名詞で言われたそれが俺の欠けた記憶である事は十分に理解できる。だからこそ、余計にマーヴィンに対しての憤りが激しさを増した。
「必要ないなんて、アンタに決められる事じゃない!」
「いや、要らないのさ。だからこそ君は忘れたままなんだろう?」
忘れているのなら必要のない記憶だ、とマーヴィンは淡々と続け、おもむろに長剣を腰に差してある鞘へと戻す。明らかに戦闘中にする行為ではない。
ならば最早戦う意志がないのか。それとも、武器が無くても俺達三人程度ならばあしらえるという余裕の表れか。彼の性格からすれば後者だろうが、もし前者なのだとしたらどうなるのか。このまま彼等は撤退するのか?
「……何のつもりだ」
先程全て弾丸を撃ち終わったらしい拳銃を足下に落とし、シェイド大佐はまた別の拳銃を構えてマーヴィンに低く問い掛ける。
銃口は依然としてマーヴィンの頭部を狙っていて、いつでも引き金が引けるような状態だ。それに加えて後ろ手に全く同じ型の拳銃も取り出し、それではアレスを狙っている。
「いや別に? 特に意味はないよ。ただ君達になら『これ』を使っても大丈夫そうだ」
再度代名詞で示したマーヴィンはその場にしゃがみ込み、足下に落ちていたそれを拾い上げた。
辛うじて流れ弾で破壊されていない証明の光を反射して鈍色に輝く金属。柄も刃も存在していないそれはただの少し細身の鉄パイプで、到底武器になりそうにない。いや、確かに柄の悪い男達は使用するのだろうが、どう考えても彼のような身分の人間が使うものではない。
「……貴様、ふざけているのか?」
明らかに苛立ちを含んだソーマの声に言葉は至極尤もで、俺やシェイド大佐の心境を代弁したものだろうとすら思う。これはふざけているとしか思えない。
「ふざけてなんていないさ、元々僕は剣よりもこっちの方が扱いやすいんだ」
ソーマの声に気分を害した様子は全くなく、マーヴィンは数回ほど鉄パイプをバトンのように回したり軽く振り回したりと具合を確かめていた。彼の本来の『武器』であるらしいそれが手で踊る度、ひゅん、と澄んだ風切り音がこちらまで届いてくる。
「…………ああ、そうだった。話の続きをしようか、何となくそれも面白そうだ」
面白そう、と称されているのは俺にとって重要すぎる程に重要な事だ。しかしそれはマーヴィンの中で「何だか面白そうだから少し話をしてみようか」という程度の認識のようだった。
本当に彼は気紛れだ。どう話が転ぶか解らないから余計に話すのも難しいし応対しづらい。
「……マーヴィン様、宜しいのですか?」
「ああ。絶望に染まった顔を見るのも面白そうだからね」
途方もなく身勝手な話。薄々予想はしていたし分かってはいたが、どうやらマーヴィンは他人の苦しむ様を見るのが好きな人種らしい。サディスティックとも取れてしまいそうだ。
絶望なんてするわけがない。不安がないと言えば嘘になるだろうが、自分の記憶が戻ってくるかも知れない、自分の分からなかった正体が解るかも知れない。それに対しての期待や希望はあれど、絶望なんてあるわけがなかった。
「さて、そこの大佐に銀髪の『子』。今から僕は彼と話をする。下らない魔術や陳腐な銃弾なんかで話の邪魔をしないでくれるかな?」
意図的に人の神経を逆撫でする言葉を選んでいるようなマーヴィンに、ソーマとシェイド大佐がほぼ同時に顔を顰めたのが俺でも解る。それにソーマが子供扱いされるのを嫌っている事を知っていて言っているかのように、マーヴィンの表情は楽しげだった。
「……ソーマ、落ち着け。奴の言葉に耳を傾けるんじゃない」
「……貴様が言えた事か?」
必死で怒りを押し留めているのは分かるが、二人の声は震えてしまっている。下手をすればドス黒いオーラすら見えてきそうだ。軽いようなコメディのような比喩だが、そう表すのが的確だった。
勿論この怒りや激情すらもマーヴィンに取っては『面白いもの』なのだということは今までの言動や話、様子で分かっている。
「——そろそろ良いかな? 話しても」
俺は大丈夫だ、だが二人はどうだろうか。ちらりと視線を向けてみれば、シェイド大佐はただ小さく頷いただけで肯定を示すもソーマは何も言おうともしない。
不意にソーマが此方に視線を向けてきたと思えば、彼は普段通りの無表情に淡々とした声で言った。
「……別に構わないが、一つ言っておく。単純な貴様の事だ、また何でも信じるだろうがな。……鵜呑みにしないことだ」
まるで俺を案じるような言葉が彼の口から飛び出した事が意外で、思わず目を瞠ってしまう。ソーマはといえば既に俺から視線を外していて、さっさと話を進めろと彼が身に纏う雰囲気が語っている。
それを確認してからマーヴィンに向き直り、彼にも分かるようにしっかりと頷いた。
「よし、それじゃあ話をしよう。そう簡単に真実を教えちゃあ面白くない、少し謎掛けじみた事を言ってみようか」
自分が楽しむのを優先する前にまずさっさと本題に入れ、と言いたいのを必死で押し留め、どう話に入っていくのかを黙って見守る。自分の手がかりは彼しか知らない、ならば俺に出来ることは黙ってマーヴィンの『演説』を聞くくらいの事だった。
「君は自分のことを知らない。僕は君のことを知っている。君は自分のことを知りたい……言わば記憶を取り戻したい、っていう事だ。ただ僕が知っているのは君の『正体』だけで、記憶は君自身が持っている」
人の記憶を奪って自分の手元に置いておくことなんて不可能なんだから、とマーヴィンは普通に世間話をするような口調で話を続けていく。
当然彼の言うとおりだ、とここだけは納得できる。他人の記憶を奪い去って、それを何らかの形で手元に置いたままに出来る人間が居るのだろうか。居るとすればほんの一握りの魔術師程度だろうとも思う。
「だから僕は君の『手助け』しかできないのさ。だけど、最初から真実を提示しても無意味だろうから、君に考えて貰うとしよう」
手助け、という言葉がここまで似合わない人間が居るのか。マーヴィンは他人を無償で助けるような人間ではないだろう、それに助けを借りるような人間だとも思えない。どちらかといえば「自分の事は自分で後始末をしろ」「自分の身は自分で守れ」というような。
それでいてアレスという戦闘にも特化した機械人形を執事、自分の側近として置いておく理由がよく解らないが、アレスに対してもそれは変わらないのだろうとも思う。ただ自分の生存の為の保険、もしくは建前か、はたまた全く別の理由か。
「……そういえば君、世襲制って知ってるかい?」
そういえば、と思い出したようにマーヴィンは口を開き、少し首傾げに言ってきた。
「……親から子供へと地位が受け継がれる制度、だろ?」
俺は何故マーヴィンが突然そう切り出してきたのかが分からず、怪訝に思いながらもそれだけを返す。一応それくらいの知識ならば持っている。
「そうそう。それなんだけどね、長年ウィジロはそうだったのさ。親から子へ、子から孫へ、ってね。勿論僕もそのおかげでこの地位にいる」
持っていた鉄パイプを肩に担ぎ、マーヴィンは聴き取りやすい音程と速さで言葉を紡いでいく。やはり話慣れているからか、言葉を詰まらせるような様子は全くない。この部分だけを聞いていれば、普通の世間話にも聞こえてしまいそうだ。
彼の口許は緩やかに吊り上がっていて微笑を湛えている。その笑みの意図も何も分からない上に感情も汲み取れない、何を考えているのか分からないと表すのが的確な微笑み。
「それじゃあ、もし世襲制だっていうのに双子や兄弟が生まれたらどうする? 実際はタブーなのかもしれないけどね。そこまで僕も詳しい訳じゃあない」
問いかけの次にわざとらしく肩を竦めながらマーヴィンは自虐的とも取れる発言をする。本当に扱い方が分からない男だ。
それでも彼の質問に対しての答えを考えようと俺は頭を働かせる。もしそうなったら、と考えると何故だか知らないが物騒なものしか出てこない事、自分の頭の回転がこういうときに限って鈍いことに少し落ち込んだ。
「ここからは例えば、の話も混ざってくる。お互いで話し合って支配者と側近を決める。もしかすれば、兄弟同士で殺し合って決める場合もあるのかもしれない。何なら、一人が身代わりとして生きてもいい。色々と手段はあるんだから」
まるで何かの小説や童話、お伽噺のような『例えば』だった。しかしその内どれもが先程自分が考えた物で、やはりそのような結果になってしまうのかとも考える。そのような事が実際にあるのかどうかまでは分からない。
何も言わずに黙っている俺にマーヴィンはほんの少し笑い声を漏らし、鉄パイプを持ち肩に担いでいない左手を挙げれば人差し指を立てる。
「当然これは例えだ。他にも、それこそ全然全く違う末路だって存在する。僕はそれを実際に体験したことがある」
つい数分前の世間話のような口調とは違い、勉強の分からない子供に優しく分かりやすいように解説する教師のような声音で彼は俺を真っ直ぐに見据えて言った。
マーヴィン曰くこれは『そう簡単に真実を教えても面白くない、だから少し謎掛けじみた事』だ。その宣言通り、ずっと話は抽象的なものも混ざって続いている。
しかし残念なことに、話を聞きながらこんな短時間で伏線を引っ張り出して答えを導ける程俺の頭は上手く作られている訳でもないらしく、やはり核心は導き出せないままだ。
「何だ、ここまで話しても分からないのかい?」
ちょくちょく響きを変えるマーヴィンの声は笑いも混じっており小馬鹿にしたようなものになっていて、息を潜めていた憤りがまた溢れ出しそうになる錯覚に陥る。
それでも彼の言うことは事実で、俺は何も言い返せないまま話を聞き、服の裾を掴み強く握り締める事しかできなかった。
「……これ以上君にこのレベルの謎掛けをしても無駄みたいだ、もう少し核心に迫ってみようか」
鉄パイプを持った手と人差し指を立てていた手を合わせ、良いことを思いついたとでも言わんばかりの笑顔でマーヴィンはのたまい、鮮血に濡れたように赤い瞳を細める。
「これから僕が言う全く違う末路。もうそれが答えだ」
笑いを抑えようともせずに続けた彼の噛み殺したような笑い声は禍々しくもあり、聞いた者の背筋を凍らせるかのような響きを持っていた。それでいて凄く楽しげで、それが余計に恐怖を倍増しにしている。
マーヴィンの隣でこの笑い声を聞いているアレスは当たり前のように涼しい顔をして立っているが、シェイド大佐やソーマが心底嫌そうに顔を顰めたのが見なくても気配で分かった。
この笑い声を何とか止められないものだろうか、と考えたのかソーマが身動ぐ気配もしたがシェイド大佐に制されたのかすぐにその動きも止まり、彼は舌打ちすればマーヴィンを睨み付けているらしい。
「実に面白い末路だよ。——『最初は二人で仲良く支え合っていた、それでも途中でお互いが邪魔になってお互いを殺し合う』なんてね!」
本当に、心の底から楽しみや面白さを感じている。それが分かる高く澄んだ声でマーヴィンは叫び、何らかの感情で爛々と輝く瞳で俺を射抜く。
口許に今までで一番深く弧を描き、鋭い刃にも似た鋭い光を宿した眼で鉄パイプを携えて此方を見る様は、好青年にも見えなければ『支配者』にも見えない。面白い玩具を見付けて嬉しがっている子供のようだった。
「……さあ、全ての疑問は解けた筈だ! 答えを導き出してみなよ、『ヘメティ』!」
マーヴィンが俺の名を今までも何度もそうしていたかのような滑らかさで口にした途端、今まで正常に脈を刻んでいた筈の心臓が大きく跳ね上がる。それに呼応するようにして呼吸すらも出来なくなるような、そんな感覚も覚えた。
彼は何故自分を知っていたのか。彼は何故こんな事を言い出したのか。彼は何故俺の名をこんなにも滑らかに言えるのか。
マーヴィンは何を言いたかったのか。
俺の頭の中に浮かぶ一つの答え、それを口に出そうとしても身体が拒否しているように口が動いてくれない。
何度か口を開いたり意味もなく息を吐き出したり、を繰り返した後に辛うじて絞り出せた声は自分でも嫌になるくらいに弱々しく掠れ、震えていた。
「まさ、か」
呟きよりも小さなその声が彼に届いたかどうかは分からない。それを理解する程の冷静さすら、俺はこの時点でほぼ失っていたに等しかった。
マーヴィンは禍々しい笑い声を止め、人懐っこいとも取れるにっこりとした笑みを浮かべ、こちらにゆっくりと手を差し伸べてきた。
「君と会うのは二年ぶりだ。……久しぶりだね、ヘメティ。お兄さんだよ」

望んだ希望は望まなかった絶望。




[樹海] ┗(^o^ )┓三

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作業用BGM:雨降る街にて風船は悪魔と踊る、黒い羽根の天使、神騙りの愚者への断罪と懲罰




RELAYS - リレイズ - 66 【絶望と希望まで後一歩】

普段は研究員や魔術師、戦闘要員達の足音と話し声で溢れ返っている廊下は、本来の喧噪が嘘のように静寂に包まれていた。
反響する足音がやけに大きく聞こえ、長剣の切っ先を地に向けたまま軽やかに走るラスターは一度舌打ちした。
ただでさえ緊張感に張り詰めた自分達には堪えるというのに、更には背後から全く違う人間——と言っていいのかは分からないが、一人の男が近付いてきていることを知らせる足音が聞こえてきていた。
本来ならば軽いような、それでいて革靴の底が床を叩く音が響く筈が、何故かその音は重苦しい。
まるで金属だ、と負傷したホリックを抱えできる限り彼に負担がかからないように走るサイラスは思う。
その考えはあながち間違いではない、ということも合わせて悟り、サイラスは肩越しに後ろを振り返った。
黒に近い焦げ茶の髪を揺らしながら気怠そうに走ってくる燕尾服を纏った男。ハウンドの鋭い瞳は彼等を捉えて離そうとしなかった。
ハウンド——猟犬、という名の通りだ。その瞳は獲物を狩る獣の光を宿していた。
「……二人でもアイツ等に応戦できるってか……? ふざけるなよ、オイ」
絶対的支配者であるマーヴィンとその執事であるアレスの元に残してきた三人は、自分達のなあkで喪戦闘能力の高い者達だ。ヘメティ自身が戦おうとせずとも、彼の持つ力が高いことは分かる。
あの三人にかかられれば流石のマーヴィンでも無傷ではいられないだろう、とは思うのだが、これも楽観的すぎるか。
そんな考えすら頭を過ぎり、サイラスは緩く頭を振ってその考えを打ち消した。
「……大丈夫だ、兄サン達なら。オレ達にできるのはコイツを守ることとあの機械人形を倒すことだ」
徐々に、しかし確実に距離を縮めてくるハウンドにラスターは頬に汗を伝わせながら彼に耳打ちする。
ホリックの出血は多少は収まっているようだったが依然として止まって折らず、床に点線のような模様を描いていた。
ラスターの言うとおりだ、とサイラスが思い直したとき、すぐ後ろから誰かが転んだような鈍い音が耳に届く。
この状態から考えてイーナかファンデヴのどちらかが転んでしまったのだろうかとラスターとサイラスが弾かれるように振り返るも、二人は変わった様子もなく走っている。
「な、何!? どうしたの!?」
「い、いや……何でもない。じゃあさっきの音は何だって……」
息継ぎの間に問うてくるイーナはどうやら走るのに必死で先程の音にも気付かなかったらしい。そんな彼女にラスターはしどろもどろになりながらも答え、音の正体について考察を巡らせる。
それとほぼ同時に、その正体とも呼べる『もの』が目に飛び込んできた。
その場に突っ伏して呻いているのは自分達でも当然ホリックでもなく、あのつい数秒前まで自分達を捕らえ殺そうとしていたハウンドで、一同は思わず足を止めてしまう。
当の本人は自分に何が起こったのかすら理解できていないようで、信じられないとでも言いたげな表情で居る。
「……一体どうしたってんだ?」
サイラスが疑問に思うのも当然で、彼の言葉はこの場に居合わせたハウンド以外の全員の心境を代弁した物でもあった。
「ッ、知るか! お前等がやったんだろうが、あ゛ぁッ!?」
ドスの利いた声で喚くハウンドは、どうやら起き上がろうとしても身体が言うことを聞かないようで、声を絞り出すのがやっとのようだった。以前行った廃館で出会した死神に施した呪縛魔術、それが皆の頭に思い起こされていた。
そんな彼の不調はラスター達にとってみれば好都合で、彼等は互いに顔を見合わせ視線で意志を伝える。
当然ハウンドをその場に放置して背を向け走り出そうと足を踏み出した瞬間、今度は何やら電流が走るような音が響いた。
「今度は何だって——」
言うんだ、とサイラスが言葉にするよりも先に、ハウンドの身体を稲妻のような青白い光が包み込む。それだけでなく、彼の身体の下には同じ色の魔法陣まで浮かび上がっていた。
苦悶し声を上げるハウンドを襲ったそれは明らかに誰かが恋にやった物で、その『誰か』が特定できないラスター達はハウンドと同等、もしくはそれ以上に困惑していた。
「がっ……あ゛……オイ、何のつもりだ!」
「こっちが訊きたい。……これは何?」
ハウンドとは違い落ち着いた声のファンデヴはサーベルを両手に抱えたままでハウンドを見る。
この場に攻撃魔法を使える人間は居ない。ソーマがいれば違ったかも知れないが、彼は雷属性の魔法を使うような人間ではない。冷酷な性格を表すような、氷だ。
ならば誰か。誰がやったのか。
それを知りたくとも、今はそれを考えている時間はない。
今ここでハウンドの機能をある程度壊してしまうか、それともさっさと逃げてしまうか。それを考えつつ、彼等は各々の持つ武器を構えた。

広々とした機関本部のロビーとも言える空間に、甲高く耳障りな金属音と銃声が反響する。
「——ほらほら、どうしたんだい? 反撃して御覧よ、面白く無いじゃないか!」
マーヴィンの高らかなに透き通った声が金属音と共に耳に飛び込んでくる。それに言葉を返せる余裕があるのかと問われれば、当然Noだ。
彼は細身の長剣を軽々と扱い、正に目に見えない程の速さで切り掛かってくる。それを弾き返すのがやっとで、とても反撃どころではない。
軽く後方に跳んで間合いを取り、左手に持った拳銃の銃口をマーヴィンに向けて発砲する。入っているのは対機械人形用の銃弾だが、制作者であるアイドの話では当然普通の弾丸としても使える筈だ。
「遅い!」
吠え、臆することもなく長剣で銃弾を弾き落としたマーヴィンはそのまま此方に瞬時に接近してくれば、赤いロングコートを翻しながら突きを繰り出してきた。
それを前髪が数本散る程度、それこそ間一髪の所で避けたものの、即座に容赦のない蹴りを喰らわせられ、俺は大した受け身を取ることも出来ずに吹き飛ばされてしまう。
「っ、ヘメティ!」
銃声の合間にシェイド大佐の声が微かに聞こえてくるが、それもすぐに金属音ややけに重厚な音に掻き消されていった。
すぐに立ち上がれば、マーヴィンからの神速と言っても良い程の剣劇で切ってしまったらしい頬の傷から伝う地を手の甲で拭う。避けた筈なのだが完全には避けれていないらしく、腕にも所々血を滲ませる傷があった。
だがそれを気にする暇は勿論ない。
闇霧を構えたままでシェイド大佐とソーマが応戦している場へと急げば、シェイド大佐は両手に拳銃を携えた二丁拳銃のスタイルでアレスと抗戦していた。ソーマは今まで通り、彼自身の癖とも言える戦い方——魔法での牽制から鎌での接近戦という戦法でアレスとマーヴィン二人ともに殺意に満ちた一撃を繰り出していた。
シェイド大佐の撃つ銃弾など恐るるに足らない、とでも言いたげな程にアレスはそれを防ぐこともなく彼に飛び掛かり掌打を喰らわせており、彼の燕尾服は様々なところが切れ、ぼろぼろになってしまっている。
しかし当然のこと、血は出ていない。
「……巻き込まれたくなければさっさと退けろ」
この状況でも良く通るソーマの声が聞こえ、視線を向けてみれば彼は今までに見たこともない大量の氷柱を生成していた。ソーマの周りだけ空気が真冬のように冷たく、吐く息も白くなっている。
本来ならば魔法での攻撃や鎌を振り回す際に周囲の人間にこんな事を告げる事もないソーマがこうして俺に言ってくるということは、恐らくかなりの範囲を攻撃する魔法なのだろう。
言われたとおりに彼からある程度の距離を取り、闇霧を構えたままで動向を見守る。
「——死に晒せ」
淡々とした声音で吐き捨てると同時に、何十何百という氷柱がマーヴィンとアレスに向けて射出された。
氷柱が標的に向かっていく様は見慣れたものだが、これほどまでに大量のそれが標的を射殺さんばかりに向かっていくというのは見たことがない。
アレスは流石にこれは防がざるを得なかったのか、小さく呻き声を漏らせば腕で視界を覆い、襲いかかる氷柱を防ぎ始める。
やはり魔力で造られた物とはいえ氷だ。金属よりも硬度はなく、アレスに当たる度に砕け、青白い光のようなものとなって霧散していった。
そんな彼に視線を向けることも、言葉を掛けることもなく、マーヴィンはその場から一歩も動くことなく長剣で氷柱を弾き、真っ二つに切り分けては霧へと還していく。
アレスが防御に入るのは予想していたらしく表情を変えなかったソーマだったが、流石にマーヴィンが自分の攻撃を全て防ぎきったのは意外だったらしく僅かに目を見開いた。
俺だって予想していなかった。幾らマーヴィンが非情に剣術に長けているからといって、まさか全てを防ぐなんて考えつくわけがない。
最後の一本である氷柱を砕き、彼は血払いでもするかのように剣を一降りする。
「遅いって言ってるじゃないか……もっと本気でかかってきたらどうなんだい?」
呆れた、とでも言いたげに肩を竦めて挑発してくるも、その挑発に乗る人間は誰一人としていない。
ソーマはそもそも安っぽい挑発に乗る人間ではないし、シェイド大佐はアレス以外狙っていない。彼の場合これも問題だろうが、何の柵もなくマーヴィンに飛び掛かるよりずっといい筈だ。
そして俺も彼等と同じだ。確かにマーヴィンの物言いはいちいち癪に障る。それでも、自分の命を省みずかかっていく真似はしない。
ただ妙なのは、その癪に障るという感覚だろうか。上から目線で如何にも支配者、といった他人を見下す物言いに苛立つだけではなく、もっと他のものを感じる。どう言い表せばいいのか分からない感情が渦巻いている感覚だった。
「……マーヴィン様、御怪我はありませんか?」
「大丈夫さ。そういう君こそ、そんなに銃弾や氷柱を受けて立っていられるのかい?」
自分を心配してくれる従者に対してまでもの上から目線、もしかすれば支配者や絶対的権力者という人間は皆こうなのかもしれないが、見ていて気分の良い物ではない。
アレスは気にしていない、というよりも気にならない、といった風だろうか。主さえ無事ならばそれでいい、という考えがその立ち姿から滲み出ているようだった。
彼の燕尾服は既に殆ど燕尾服としての原形を留めていない。下に着ていたシャツやベストは辛うじて分かるが、上着はどう繕っても再び着用する事は叶わないだろう。
「貴方さえ無事であれば、私は——」
その後に続く筈だった言葉を遮り、アレスの胸の中心辺りに銃弾が被弾する。
「……無駄話をする程余裕があるのか。……腹立たしい」
必死に抑えてはいるものの、シェイド大佐の声は僅かに震えている。彼の背後に立つ俺でも解るくらいに、強く握られた手も声と同じく震えていた。
彼は今にも溢れ出しそうな憎悪に激情を必死に理性で押し留めている。
「それは君の価値観だよ、大佐。君達に余裕がないだけの話だ。違うかい?」
冷静に、変わらない声音でマーヴィンの口からそう発せられた途端、シェイド大佐の抑えていた『何か』が溢れ出してしまったらしい。
彼は何の言葉も吐かず、表情を変えることもなく、ただ瞳に憎悪と侮蔑、様々な感情を込めてマーヴィンとアレスを睨み付けて銃の引き金を立て続けに引いた。
勿論それをマーヴィンが易々と受けるわけもない。アレスが易々と自分の主を襲わせる訳がない。
既に自分も傷ついているというのに、彼はマーヴィンの盾として前へ出ればシェイド大佐の放った銃弾をその身に受ける。
マーヴィンはそれも分かっていた行動らしく、驚くことも何もせずに腰に手を回せば投擲用と思われるナイフを取り出せばそれを躊躇うことなくシェイド大佐へ向けて飛ばした。
本来ならばこの程度の攻撃は避けられただろうと思う。しかし今の彼は防御の態勢も取っていないどころか、まずそのナイフの存在にすら気付いていない。
「シェイド大佐ッ!」
俺が叫んだところで漸く我に返ったようだったが、もう遅かった。
シェイド大佐の右肩にナイフが深々と突き刺さり、彼はその痛みに手から拳銃を滑り落とす。
すぐにそれを左手で引き抜き適当に投げ捨て、じわじわと鮮血で黒い軍服を汚す傷を白い手袋の嵌められた手で押さえた。
「……君達はやる気があるの? 生きるか死ぬか、その瀬戸際で、相手を殺す気はあるの? 全然感じられないね」
まるで俺達を意気地無しとでも言っているような言葉だった。マーヴィンの瞳には俺達三人に対しての明らかな侮蔑が浮かんでいたし、そう考えていいだろう。
ただ、どうしても彼に対して反論したくて仕方がなかった。
「……相手を殺す事が最善とは思わない」
気付けば俺はそう口走っていて、リグスペイアで初めて邂逅したときに激しい頭痛を感じた元凶であるだろうマーヴィンを見据えていた。
彼は暫くの間呆然と、それこそ『きょとん』という擬音が似合うような表情を浮かべていたが、すぐにその血に濡れたような赤い瞳を細め、口許を実に楽しそうに吊り上げる。
それから噛み殺したような笑いが辺りを包み、十秒と経たずにその笑いが辺りに響く程の高笑いへと変化した。
本当に面白そうな笑い声はこの状況に酷く不釣り合いで、思わず俺は顔を顰めてしまう。
恐らく本人にとっては不快だっただろうが、それにすら反応する事なくマーヴィンは俺に視線を向けてくる。
「……本当に君は変わってないね、その偽善的思考。昔と同じだ」
まるでずっと昔から俺を知っているかのような口ぶりで言い、彼は嘲笑のような自嘲のような曖昧な笑みを浮かべた。




ずっとコイツ等のターン。
最近更新頻度が落ちてるなー(´・ω・`)

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今回で暴露される予定だったヘメティの正体が先送りだよ\(^o^)/
作業用BGM:「Living Universe(五月上旬)」「え?あぁ、そう。(五月中旬)」「裏表ラバース(百分耐久(五月下旬)」「Living Universe(今)」
原点回帰しとる\(^o^)/




「——あーあ、ったく、皆血の気が多いな」
全研究員を避難させ終わり、アイドは誰も居ないがらんとした研究室の机の上に座っていた。その手にはこんな状況だというのにコーヒーカップが握られており、明らかに現状から浮いていた。
彼は大きく欠伸をすると、カップの中に入っている珈琲を全て飲み干す。空になったカップを机に置けば、アイドは白衣を揺らして床へと降りる。そのまま伸びをすれば、水色の髪を掻き上げるようにして頭を掻く。
「……敵は数人……ねぇ。それを人間のそれで考えるなら話は別だけど、人外が入ってたらどうなるんだか」
意味深な言葉を吐き、アイドは白衣のポケットから取り出した小さいにも程がある、と言いたくなる程に超小型の無線機を取り出すとスイッチを押した。
「……——大丈夫か? まあ大丈夫か。お前だしな。……で、誰と誰が居る? できれば種族も。——機械人形が二体に生身の人間が一人。成る程、よしオッケー。切るぞ」
相手が聞き取れる程度のさじ加減を見定めながら、できる限り早口で言うと彼は無線機のスイッチを切った。
そのまま無線機を再び白衣のポケットにしまい、アイドは大きく欠伸をすると机の上から降りる。
目に浮かんだ生理的な涙をごしごしと指の背で乱暴に拭い、寝起きのように大きく伸びをした。
全く緊張感のないその姿は、何度も言うように現状から浮いている。こんな時でも緊張感を持たないというのがアイド=サーベラスという一人の人間であり研究班班長であるのだが。
「……さーて、俺もそろそろ行くか。アイツ等だけ身体張らせる訳にもいかないし、いいとこ持っていかれるのも嫌だしな」
苦笑のような笑みを浮かべ、アイドはまるで凝りを解すかのように首に手を当てれば軽く回す。
非戦闘要員とはいえ、ずっと裏方でちくちくと地道な作業をしていくのは嫌だった。勿論自分は望んでこの地位に居るのだが、
だからといって、戦闘の出来る人間——例えばヘメティやソーマばかり目立たせるのも、それは自分のちっぽけなプライドが許さない。全く、自分はなんて面倒臭い奴なんだろうか。
そんな事をまるで他人事のように考えながら、アイドは研究室を出る為に少し開いたままちゃんと閉まっていない出入り口のドアへと向かう。
「——まっ、ちょっと現役離れてたしどうなるかどうか解らないんだけどな」
意味深な言葉を研究室に吐き出してから、彼は最早失われてしまった深林のような緑の瞳を細めれば後ろ手にドアを閉め、とある場所へ向かう為に軽々とした足取りで歩き出した。

RELAYS - リレイズ - 65 【開幕】

何度もこの耳で聞いた呪文をソーマが詠唱した瞬間、空中に何本もの氷柱が出現する。詠唱呪文と同じで、最早見慣れた光景だった。
彼が落下する速度よりも速く、それがマーヴィン達に向けて射出される。
彼等はソーマが自分達の頭上から奇襲を仕掛けてくるとは予想もしていなかったのか、明らかに狼狽や驚愕といった表情を浮かべたまま固まっていた。
そんな中、真っ先に動いたのはマーヴィンでもハウンドでもなく、正に主に忠誠を誓うアレスだった。
彼はマーヴィンを数歩ほど後ろに後退させればその前に立ち、ソーマの放った氷柱を堂々とその身体で受け止める。その様は、本当に主を守ろうと自分の身を盾にする従者そのものだった。
ソーマはといえばそんなアレスの行動も予測できていたらしく、今までマーヴィンだった標的を瞬時にアレスに変えればナトゥスを振り翳した。
それを視認したと同時にマーヴィンは後ろに軽く跳んで下がり、その気配を察知したアレスは彼の傍に近付くようにして少しずれた位置へと同じように回避する。ハウンドはといえば、さっさとホリックさんやマーヴィン達から離れて平然と欠伸をしている。
ハウンドの事は置いておいて、アレスとマーヴィンの息はぴったりと合っていた。当然のことだが、そのシンクロの高さに驚きを隠す事も出来ない。
攻撃を外した事に苛立ちを隠せないらしく、ソーマは舌打ちすれば床に突き刺さる鎌の刃を引き抜く。
それから何をするのかと思えば、彼は不意にその場にしゃがみ込めば腹部の傷から血を流すホリックさんの襟首を掴むと無理矢理に上体を起き上がらせた。その手つきは、毎度の如く怪我人を扱う手つきではない。
「……まだ息はある、さっさと連れて行け」
ソーマの放った氷柱の欠片は白衣に散っていたものの、やはりというか何というか、攻撃は一つも当たっていないらしい。偶然といえば偶然かもしれないが、これはソーマの腕の問題だろうと俺は考えている。
自分の狙う獲物以外は傷つけない。彼はそんな人間なのではないかと思いもするが、それを言ったところで本人が認めるとも思えない。
彼の言葉通りまだ息をしているようで、ホリックさんの胸板が僅かながらに上下しているのがこちらからでも確認できた。
だからといって、俺達に彼を突き出されても。……何と言えばいいのだろうか、言い方が悪いかも知れないが困る。俺一人で大の大人を抱えて安全なところに運ぶわけにもいかないし、シェイド大佐と二人で行けば今度はソーマ一人をこの場に置いていくことになる。
まさかソーマが死ぬ——もとい負けたり苦戦するということはないだろうが、彼をこの場に一人置いて行くのも嫌だった。仲間を置いていきたくない。
それを口にすれば、また『甘い』と言われてしまうのだろうか。
どうすればいいのか、再びその疑問のみで思考も胸の内も埋まりそうになった瞬間背後から数人の足音が聞こえてきた。
弾かれるようにそちらを振り向き、振り向きざまに今まで構える事もせずにただ持っていただけの闇霧の切っ先を向ける。
だがその足音の正体がイーナやラスターさん、サイラスにファンデヴという見知った仲間達の物だと気付き、疑問や焦燥感で満たされていた胸に安堵が広がっていくのが解った。
細身の長剣を持ったまま、ラスターさんは俺達に駆け寄ってくる速さを速める。ソーマに襟首を掴まれているホリックさんが目に入ったのか今度はゆっくりと速度を落とし、最終的には俺達から2メートルと離れていない所で立ち止まった。
「……やっぱり、か。まあ予想はしてたんだけどな」
意味深なその言葉が、『ホリックさんが負傷している』ということに対してのものなのか『マーヴィン達の襲撃だった』ということに対してなのかは解らない。恐らく、どちらの意味も持ち合わせているのだと思う。
後から追いついてきた三人も、同じように皆一様に自分の武器を携えていた。
それを見たソーマは背後にいるマーヴィンやアレスなど気にも留めていないかのように此方に身体を向け、無理に上体を起こさせているホリックさんの身体をほんの少し引き摺ればラスターさんと向かい合う形になる。
「此処はいい、貴様等が連れて行け」
淡々とした声音で言い、彼はゆっくりとホリックさんの襟首から手を離す。勿論重力に従って床に横たわる形になるが、それをすんでの所でラスターさんが受け止めた。
それを見届けてから、シェイド大佐も一度頷けば彼に視線を向ける。
「……ラスター、行け。ここはオレ達でやる」
「何言って……三人だけで太刀打ちできるような相手かよ!?」
信じられない、とでも言いたげな声音と表情でラスターさんは言い、俺達の目の前に居る明らかに実力差があるであろう三人を見る。
一人は世界の支配者といっても過言ではないほどの地位にいる人間、そして後の二人は彼に忠誠を誓う——ハウンドはどうか分からないが、少なくともアレスはそうだ。そして人間ではない機械人形。
俺とソーマにシェイド大佐だけでは分が悪い、というのは俺自身理解しているし、もしかすればこの場にいる全員が理解しているのかも知れない。
だからといってホリックさんを見殺しにする事なんてできるわけもないし、逃げる訳にもいかない。
そうなれば、マーヴィン達と戦う組とホリックさんを医療班の所まで運ぶ組、その援護と分かれてしまうのは避けられないことだ。
それを分かっているのか、ラスターさんも一度はそう言ったもののすぐに口を噤み、自分の身につけている水色のエプロンの裾を強く握り締める。
「……サイラス、ファンデヴ、イーナ。それにラスター。……良いな?」
シェイド大佐は銃口をマーヴィン達に向けたままで肩越しに振り返り、ラスターさんの後ろに着いてきていた三人に声をかける。彼等は一瞬躊躇したようだがすぐに頷き、サイラスがホリックさんの身体を抱えた。
血の所為で所々赤くなってしまっている灰色の長髪がさらりと流れ、白を基調として造られた床に落ちる。
それも気にせずにサイラスは軽々と立ち上がり、俺達を肩越しに振り返った。そのまま何か言おうと口を開くも、彼が言葉を発するよりも先にラスターさんがサイラスを手で制す。
「……アンタが負けるとも思ってねぇし、ヘメティとかソーマが死ぬとも思ってねぇ。……それでも、死んでくれるなよ」
絞り出すような、震えそうなのを無理矢理に押し殺しているような声で彼は言い、先に走り出したサイラスやイーナ達の後を追おうと踵を返した。
その背中を数秒ほど見送ってから、俺は目の前にいる敵に視線を合わせる。
「…………何で、今攻撃しなかったんだ」
ラスターさん達と言葉を交わしているときも、攻撃しようと思えば幾らでもできた筈だ。それなのに何故それをしなかったのか、何故こちらに気を遣うような真似をしたのか。
特にこれと言って理由がないのかもしれないし、攻撃されない方が良いに決まっている。
それでも、それに対しての『何故』という疑問が消えない。気になって仕方がなかった。
「別に? ただの気紛れさ。理由なんてない。……まあ、君達がどんな結論を出すのかが楽しみだったのもあるけどね」
思っていたとおりというか、彼は飄々とした態度を崩さないままで微笑まで湛えて言ってのける。
気紛れということは、もしその『気紛れ』がなければあの時点で攻撃を受けて殺されかけていた可能性もあるということで、このときばかりはマーヴィンの気紛れとやらに感謝したくもなった。
「——いい加減に雑談は止めろ」
今まで口を閉ざしていたソーマが不意に口を開き、普段と何ら変わらない淡々とした口調で言葉を紡いでいく。
彼は切っ先を床に向けていたナトゥスをマーヴィン達に向ければ、それこそ氷のように冷たい光を宿した藍色の瞳で彼等を見据えた。
「そうだね、そうしよう。雑談はここまでだ、反抗機関の戦闘要員。この僕がこの手で排除してあげるよ」
ソーマに一度頷いてから賛同したマーヴィンは言い、ホリックさんを傷つけた細身の長剣の切っ先を俺達に向けてくる。
それからこちらに攻撃を仕掛けてくるか、と思ったところで、彼はちらりと自分の横にいるハウンドに眼を向けた。
「ハウンド、追うんだ」
「めんどくせぇな……分かったよ」
短い命令に悪態をついたものの、彼は大人しく命令に従えば気怠そうに欠伸をする。その様はどう考えてもこの状況にあっていない。
ハウンドは頭を掻いた後に高く跳躍すれば俺達の頭上を跳び越え、つい先程この場を出て行ったラスターさん達の後を追い始めた。
それに気を取られ、彼を振り返った瞬間に前方で行動を開始した気配があり、その気配を感じるか感じないという所で短い銃声が鼓膜を震わせる。
「余所見をしてる暇なんて無いよ? ……さあ、かかってきたらどうだい?」
シェイド大佐の銃弾を難なく長剣で弾き落としたマーヴィンは、他人を見下すような笑みを浮かべて挑発とも取れる——実際そうなのだろうが、そんな言葉を吐き捨てた。

機械の稼働音や電子機器の発する電子音などの中、アイドは一人で多数のモニターやキーボードと対峙していた。
コンピュータのキーボードのようなそれを軽やかに叩きながら、モニターをちらちらと確認する。所々に黄色や赤のランプもあり、点灯する光も彼は確認していた。
「……案外いけるな。頭で覚えて無くても身体が覚えてる、ってか?」
自画自賛にも聞こえかねない言葉をぽつりと漏らし、アイドは更に速い速度でキーボードを叩き、青いモニターに文字列を表示していく。
眼を細めて楽しげにプログラムやらの情報を入力していく彼の姿に、普段の研究班班長としての面影は殆ど見受けられない。
「これは緊急事態だからな。少しは目ぇ瞑ってくれよ、司令官」
独り言のようにぼやき、今まで叩いていたものとはまた違うキーを片手で操作する。
その手つきはやけに手慣れていて、研究員が持つ技術とは明らかに違っていた。
「…………四、五年ぶりだが、俺を知らない奴なんて居ないだろうよ。特にあの大都市とやらには、な」
ぶつぶつと呟きながら機械を操作するアイドの後ろ姿からは普段と全く違う雰囲気が醸し出され、どこか不気味さすら覚えるようなものだった。
「大都市連中……いや、機械人形共。またこの俺が地獄に突き落としてやるよ」




取り敢えず次辺りからずっとヘメティとアイドのターンぽい^p^

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ファンタシースターポータブル2やりたい

でも小説書かなきゃ

五月二十日まで〆切の奴書かなきゃ

でもゲームしたい…DCFF7結局ディスクに触れてすらいない…

いやでもでもやっと書きたかったシーンまで来たんだから頑張って書かなきゃ

でも(ry


ゲームがしたいのに小説ばっかり考えてるんです。
だからって小説書けば逆にゲームばっかり考えるんです。
ゲームしながら小説書きながら、兎に角この後どんな展開にするか考えてる。
あひゃwwwwwww

(追記)

昨日ちゃんと更新したし(1話だけ)アンソロ行きの短編も書き終わったし(1話だけ)もうゲームしていいよね、先が気になって仕方がないよ^p^

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