魔界に堕ちよう RELAYS - リレイズ - 忍者ブログ
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取り敢えず筆が乗らないと書けないとかどういう事だと思ったよ!
回想入るかと思ったけど入らなかった^p^




RELAYS - リレイズ - 57 【約束】

「——オレが軍人になろうと考え始めたのは、丁度18歳辺りだったな。もうその頃には既に父親は居なかった。別に死んだというわけではないんだが、旅に出た」
「旅? ……何か理由があったんですか?」
旅に出るなんて、何かそれなりの理由があったんじゃないだろうか。だが、そんな俺の予想は悉く外れてしまう。
「いや、何もない。……『風が呼んでる!』だそうだ。全く、あの時は何を言っているんだと思ったな」
シェイド大佐は苦笑し、やれやれとでも言うように肩を竦めた。
まさか、そんな理由で旅に出る人間が居るとは思わなかった。勿論俺に旅をした経験も何もないのだから、これは俺の偏見でしかない……と思う。もしかすれば、本人は何かしっかりとした理由があって旅に出ているのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
「……話を元に戻すが、それをラスターに言ったときに猛反対された。一発殴られもしたな」
「殴られ……っ!?」
「昔からアイツは喧嘩馬鹿だった。力だけなら、オレよりも上だな」
先程の苦笑とは似ているようで違う、若干呆れが入ったような笑いを口許に浮かべてシェイド大佐は息を吐いた。
確かに、ラスターさんの力は強いと俺も思う。今まで数度だけしか彼の戦いぶりを見たことはなかったが、それは理解していた。
アーシラトの巨大鎌での一閃を軽く片手で受け止められたのも、その力があったからこそだ。ラスターさんの技術なども関わってくるのかも知れないが。
「その後も、オレは必死に説得した。最終的にはラスターが折れて了承してくれたんだが、その時に言われたんだ」
彼を説得するまで、どれほどの時間がかかったのだろう。少なくとも、数週間なんて単位で表せるような時間ではないことは解る。それくらいで決まるような事じゃない。
いつの間にかシェイド大佐の口許からは笑みが消えていた。
「……『そこまで言うなら良い、だけど条件がある。オレもアンタも、絶対に死なない事が条件だ』、とな。……思ったよりも長くなかったな」
アノードと切り結ぶラスターさんを睨んでいるとも言える目で見据えながら、シェイド大佐は締め括る。
約束、というのはそういう事だったのだ。絶対に死なないこと。それならば、彼がラスターさんに向けて言った「死ぬな」の意味も解る。
「成る程……そういうことだったんですね。有り難う御座います」
軽く頭を下げ礼を言い終わると、辺りに激しい金属音を響かせながら戦っている二人に視線を戻した。
二人は丁度互いに間合いを取り、武器を構えている。
どれほどの速さで、強さで斬り合っていたのか、ラスターさんもアノードも軽くだが息が上がっていた。
ラスターさんは腕や肩口といった所を切られ、少量だが血を流している。アノードも軍服や黒コートに血を滲ませているが、その量はラスターさんと比べてかなり少なかった。
アノードは舌打ちすると頬の傷から垂れる血を手の甲で拭い、サーベルを構え直すと間合いを詰める。
「——さっさとくたばりやがれ、愚息!」
ラスターさんは凄まじい勢いの一閃を一度は受け止めたものの、その力に耐えきれずに吹き飛んだ。
どれほど肩で息をしていようと衰えない怒号の鋭さは、まるで彼の剣劇にそのまま反映されているようだった。
ラスターさん僅かに呻き声を漏らしながらも受け身を取り、長剣の柄を握り直と自分に向かって走ってきていたアノードに向かって跳躍すると、両手で構えた長剣を振り下ろした。
それをアノードは軽く片手で受け止めると弾き返した。あの一撃を細いサーベルで、それも片手で受け止めて弾き返すなんて、彼の力はラスターさんよりも上らしい。
ふらつきながらも体制を整えた彼はアノードを睨み、剣の切っ先を向ける。
「オレは、死んでなんかいられねぇんだよ……アンタの勝手な逆恨みで殺されるなんて御免だ!」
勝手な逆恨みという言葉に、アノードの目により強く殺意が宿る。
「黙れよ……! テメェにオレの何が解るんだ!」
「解らねぇよ。出会って一時間も経ってないような奴のことなんか解るわけないだろ。……それでも、アンタの行動が何なのかだけは解るぜ?」
アノードの剣幕にも怯まず、語尾まではっきりと言い切った。未だに肩で息をしているが、その声は微塵も掠れていなかった。
「今のアンタがやってる事は、筋違いだ。それに乗ってるオレもオレだけどな」
それに、と彼は続け、数度深呼吸をして呼吸を落ち着かせてから次の言葉を発する。
「アンタは真実を見ようとしていない。探そうともしていない。勝手に決めつけた上で行動してるんだ」
「……黙れって言ってんだよ」
アノードの絞り出すような低い声は、聞いているだけで身が竦むようだった。俺は関係ない筈なのに、何故か自分もその戦いの中にいるような錯覚に陥る。
「少しは答えを探してみろよ、こんな無意味な決闘なんて吹っ掛けないで!」
「黙れっつってんだよ!」
かけられる言葉全てを一蹴する彼には、ラスターさんの声も届いていない。俺に解る筈もないが、どれほど憎み、妬んでいるのか、その心の闇は計り知れなかった。
強制的に会話を打ち切り、アノードは再度彼に接近するとサーベルを一閃させる。
それを剣で受け止め、弾き、必死に応戦しているラスターさんを見て、今まで俺の後ろで一言も話さずに黙っていたソーマが唐突に口を開いた。
「……負ける」
呟きにも等しい声に振り返ってみれば、彼はさほど興味のなさそうな目で二人の戦いを見ていた。普段通りと言われれば普段通りの目にも見えるが、何故か今だけはどこか違って見える。
俺の視線に気付いたのか、ソーマは彼等から視線を外すと俺を一瞥した。
「あのままでは負ける——いや、死ぬだろうな」
誰が、どちらが、とは聞かなかった。何故か、理解してしまっていた。ただ目を背けていただけで。
このまま戦っていても、アノードが勝利するのだと。それは即ち、ラスターさんの死を意味している。
ラスターさんをこのまま死なせる訳にはいかない。アノードにも、殺させるわけにはいかない。
加勢すれば、アノードは逆上するに決まっている。彼の性格は、出会ってから1時間足らずだが何となく理解していた。あくまでも何となくなのだから、本来の性格がどんなものなのかは解らない。
それに、加勢はラスターさんも望んでいない気がする。彼等は自分達だけで、決着をつけようとしている。
「どうするかは、貴様等で考えろ」
普段通りの無関心、だがそれが妙に気にかかる。今だけは、自分の無関心なんて通らない。そんな気がした。
「俺はどちらが勝とうが興味はない。アイツが殺されようがな」
俺の考えを見透かしたかのようにソーマは言い、俺達と2,3メートルほど距離を置く。
この状況下でもはっきりと言い切った彼に対して言いたい事は山ほどあったが、それを話す時間はない。
ソーマから目を外し、全員の顔を見る。
サイラスもファンデヴも、未だに辛い筈のイーナも、勿論シェイド大佐も、全員が同じ考えを持っているようだった。それが表情からも解る。
口を開こうとした瞬間、俺の発言にラスターさんの短い悲鳴が被さった。
弾かれるように振り返れば、彼が地に伏していた。剣は弾き飛ばされたのか、手から離れたところに転がっている。
「……しぶといな、さっさとくたばれっつってんだよ……消えろよ」
アノードは独り言のように言いながらラスターさんに近付き、サーベルを彼の首に突き付けた。
まだ意識を失うまではいっていないらしく、彼は倒れたままでアノードを睨み付ける。
それに気を悪くしたのか不快だったのか、アノードは一度顔を顰めるとサーベルを振り上げた。
「——待てよ」
彼がラスターさんの首にサーベルを突き立てる寸前に、俺は彼に届くように声を発した。そして抜刀した闇霧の切っ先を真っ直ぐアノードに向ける。
アノードはサーベルを止め、俺を睨んできた。その威圧感に一瞬押されそうになったが、その刃にも似た視線をしっかりと、真っ向から受け止めた。
「……何のつもりだ。邪魔するんじゃねぇ、人の家の『家庭事情』に口出しするなよ」
確かにそうだ、これは本来ならばシェイド大佐やラスターさん、それにアノードといったダーグウェッジ家の問題だ。
だが、だからといってラスターさんを見捨てることはしない。助けられるのならば助けたかった。
「テメェ……」
「そこまでだ。もうやめろよ、こんなのは」
何も言わずにいる俺に彼がもう一度何かを言おうとしたが、それよりも先にサイラスが口を開いた。
その手には発動したばかりのヴォカーレが握られており、柄と同じくブラックシルバーの矛先はアノードに向けられている。
それだけではない、ソーマを除く全員が、アノードを円形に取り囲んでいた。皆一様に自らの武器を持ち、その切っ先を、シェイド大佐は銃口を彼に向けている。
「……何だ、皆揃ってオレを敵視するか。まるで悪役の扱いだな」
嘲笑を浮かべ、アノードは困ったように肩を竦めた。彼に会ってから、彼の嘲笑や自嘲以外の笑いを見たことがない。
「……少なくとも、今のお前は俺達にとっちゃあ敵だな。サーベル、離せよ」
サイラスもアノードと同じように肩を竦め、有無を言わさぬ口調で告げる。今の彼は、俺達に取っても敵だ。それは俺も同じく考えていた。
「それは要するに、オレに殺すなって言ってるって取っていいんだな? ……部外者が出てくるなよ」
「違う」
俺は短く、叫びにも似た大声で言った。
「部外者なんかじゃない、ラスターさんは仲間だ。殺すのだけは、これ以上傷つけるのは許さない」
部外者なんて言葉で表せるほど、軽く浅い関係ではない。他の誰がどう思っていようと、俺はそう思っていた。
「仲間か……面白ぇな、そうやって救える人間は全員救う、偽善者気取りか?」
「偽善者だろうがどうでもいい、何とでも言えばいいだろ……俺はこれ以上アンタがラスターさんを痛めつけるのを見たくないだけだ」
偽善者、偽善。確かにそうかもしれない。戦場でそんなのは通用しない。それは何度も自分の考えが違うのだと再認識している。
それでも、俺はこれ以上二人が戦うのを見ていたくなかった。
もしかすれば、見ていたくないならばここから立ち去ればいいと彼は答えるかも知れない。
ただ、俺はそれだけではない。人が、仲間が死ぬのが——殺されるのが嫌だった。
「……アノード、もう止めろ」
銃口を下げたシェイド大佐が、輪から外れて数歩程度アノードに近付いた。
彼は肉親に対する情も何もない、赤の他人や敵を見るような目付きでシェイド大佐を見る。
「……何だよ」
「……これ以上は止めろ。オレの目の前でこんな戦いを見せるんじゃない。ラスターの意志を尊重したつもりだったが……兄弟同士で戦うなんて馬鹿な真似は、もう終わりにしろ」
シェイド大佐は、苦しげな様子でアノードに向けて言った。ラスターさんが彼と戦うといったのだから一度は決闘を認めはしたものの、実の兄弟が互いに戦う様を見るのは苦しかったに違いない。
「兄弟かよ……オレはテメェ等と兄弟だなんて認めたくもねぇんだがな」
その言葉に嘘はないのだろう、吐き捨てた言葉の端々からもそれが解る。それに、彼の目付きは本気だった。
「それでも構わない。……ただ、お前はラスターの言うとおり、真実を確認しようとは思わないのか」
「確認して、何の意味がある。それどころか、捨てた筈の子供が戻ってきたなんて事になったらとんでもねぇ事になるだろうよ」
「だから、その捨てたのかどうかの確認を何故……」
「どうして……どうして最初から諦めてるの?」
シェイド大佐の発言を遮り、イーナが鎖鎌を構えたまま問いかけた。
「……何で、最初から決めつけてるの? 本当の事なんて自分から知りに行かないと解らないに決まってるのに、何でそれをしないの?」
若干紫がかった桃色の目でアノードを見つめ、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
彼は答えずに、シェイド大佐を見るのと同じ目でイーナを見据えた。先程に比べて刺々しさが少しでも薄れた気がするのは、俺の気のせいだろうか。
「……アノード、一度リグスペイアに行って父さんと母さんに——」
「ハッ、誰が行くか。……ここで殺りたかったんだが、テメェ等と戦える自信はねぇな」
至極残念そうに、アノードはラスターさんの首からサーベルを離した。
一度振って血やその他の汚れを落とし、彼はファンデヴに歩み寄るとそれを律儀にも手渡した。
「……感謝するぜ。いいサーベルだ。使い勝手も良いしな。せいぜい大切にしろよ」
ファンデヴにサーベルを返すと、彼はコートのポケットから取り出したサングラスを掛ける。そして俺達を振り返り、中心のラスターさんをサングラス越しに睨み付けた。
「……今度会ったら、その時こそテメェを殺してやる。……シェイド、テメェもだ」
そう言い残して歩き去っていくアノードの背中を見ながら、俺は溜め息のように大きく息を吐いた。
恐らく、彼は本当はあんな人間ではないのだと思う。根本からああならば、ファンデヴに礼を言うなんてしない筈だ。
復讐や嫉妬といった負の感情で、自分も自分が行くべき道も見失っているように思える。
幾らそんな事をいっても、彼自身に訊かない限り、これは俺の憶測でしかないが。
全員の緊張が解けたらしく、皆自分の武器をしまっている。それを見ながら、俺も闇霧を鞘に戻した。




もう6時半過ぎとか信じない。

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パソコン落ちて文章消えた\(^o^)/
でも頑張ります、うう(´・ω・`)何でこうも消えやすいの…




RELAYS - リレイズ - 56 【兄弟】

「——な……そんな、オレは知らねぇぞ!」
「テメェが知らなくても事実は変わらねえんだよ! ……何だ、もしかして聞かされてねえってか?」
未だに事実を受け止めきれず、狼狽するラスターさんを怒鳴りつけ、アノードは低く問いかけた。
「……悪いが、父さんや母さんからお前の存在は聞かされていない。……その前に、お前がオレ達の兄弟だという証拠はどこにある? 黒髪黄色目、確かにオレ達と同じだ。だが、それだけでは信用に足らない」
彼の外見は二人ととてもよく似ている、それだけでも十分証拠となり得そうだったが、決定的な証拠が足らない。シェイド大佐は、ラスターさんに比べたら酷く落ち着いた様子でアノードにその証拠の提示を求めた。
アノードはラスターさんよりも薄くシェイド大佐よりも濃い黄色の眼を細め、青い軍服の襟元から何かを取り出すとそれを無造作にシェイド大佐に向けて放り投げる。
それを落とさないように上手く掴み取ると、シェイド大佐は訝りながら呟いた。
「ネームプレート……?」
どうやらそれはチェーンで首にかけられる金属製のネームプレートらしく、月明かりを受けて鈍く光っているのが数歩程後ろに立っている俺からも見えた。
「『Anode=darghwege』……!?」
そこに刻まれていた名を口に出したシェイド大佐の声は、明らかに狼狽を含んでいた。
これで、アノードが彼等の血縁であるという事は確固たる物へと変わる。
「……テメェ等の姓と同じだろうが! 同姓がこの世界にどれだけ居ると思ってやがる! これで信じる気になったか!?」
自分の名を名乗ったときから、アノードは声を荒げたままだ。余程の怒り、憎悪、殺意が、その言葉の端々から滲み出ているのが俺でも解った。
「……ここまでされれば、信じる他無いな」
シェイド大佐は諦めたように息を吐くと肩の力を抜き、俺の位置からは見えないが、恐らくアノードに視線を合わせる。
「……アノード、お前は先程ラスターと双子の兄弟だ、と言っていたか。そうなると、お前とラスター、どちらが兄という立場になる?」
「知るか、そんなのどうだっていい。兄だと思いたきゃ勝手に思ってろ。その代わり、オレを兄なんて呼ぶんじゃねぇ」
ラスターさんは未だに戸惑っているようだが、それでも懸命に事実を受け入れようとしている。
アノードは吐き捨てると、未だに下がったままだった髪の毛を片手で掻き上げ、元のオールバックに戻した。
大きく息を吐く。それは深い溜め息にも聞こえた。
「……オレは感動の再会なんてクズみてぇなモンをする為にテメェ等を捜してた訳じゃねえよ」
この状況で、感動の再会なんて言えるわけがない。アノード自身が喜んでいないのだ。何より、彼の発している殺気が証拠だ。それはシェイド大佐やラスターさん達も同じらしく、初めて会った自分達の兄弟が発する半端ではない殺気を感じ、少ないながらも警戒心を見せている。
アノードは鞭を持ったまま一歩踏み出し、再度嘲笑を浮かべた。
だが、俺にはそれが何故か自嘲にも見えてしまった。
「まぁ、まずは何でオレがテメェ等と生き別れるなんて事になったのか教えてやるよ。……俺は産まれて数日くらいしか経ってない状態で小さい孤児院の前に放置されてたそうだ」
唐突に自分の昔話を始めたアノードに、俺達もシェイド大佐とラスターさんも若干驚きながらも話を聞く。
誰も相槌や口は挟まなかった。彼自身もそれを望んでいないことは解る。
「ネームプレートのおかげで名前は解った、だがそれ以外は解らない、何故ここに放置されているのかも解らない。オレは孤児と同じ扱いさ」
何者かに誘拐されたのか、それとも彼等の両親がアノードを捨てたのかは解らない。尤も、オレが理解できるわけもない。
「……オレが孤児院で暮らしてる間、テメェ等はどうだった? オレを捜しもしない両親と一緒にヘラヘラ笑って楽しかったか?」
今まで黙っていたラスターさんが顔を上げ、アノードに向かって口を開く。
「違う! 確かに親父は馬鹿だし母さんは天然だ。でもアンタを捨てるような、子供を見捨てるような親じゃない!」
「じゃあ何でオレを捜さなかった!? 何でテメェ等はオレの存在に気付かなかった!?」
アノードは二人を睨み、鞭を持つ手に力を込める。自分の中から溢れ出そうとする激情を押さえようとするように。
「解ったような口を利くんじゃねえよ……オレは親の愛情も何も知らない!! 居場所を奪われたんだよ!!」
荒々しく吐き捨てられた言葉。それが震えていて、僅かに上擦っているように聞こえた。それに、アノードの目は月明かりに照らされている状態でも揺れているのが解る。
「……オレが居なくてさぞかし楽だったろ? 『シェイド兄さん』?」
先程からアノードが並び立てている皮肉に、シェイド大佐は何も言わずに彼の目を見据えていた。それは肯定にも否定にも見える。どちらなのかは解らない。
「——何だ……答えろよ! そんな目でオレを見るんじゃねぇ! 同情なんて要らねえんだよっ!!」
今までの物とは違う、荒々しいながらも悲痛な罵声だった。それはまるで、今まで孤独に生きてきた彼が上げる悲鳴のようだった。
「……オレの分の愛情、全部テメェ等が受け取っただろ……テメェ等に奪われたんだ!」
完全な逆恨みだった。確かにアノードにとってはそうかもしれない、だがシェイド大佐達は彼の存在すら解らなかったのだ。今突然会ってそんなことを言われても、何をどうすればいいのか解らないに違いない。
「オレを捨てた親も、もし誘拐されたのだとしてもオレを捜さない親も、ヘラヘラ笑ってのうのうと生きてるテメェ等も! 気に入らねえんだよ!!」
今のアノードを突き動かしているのは——恐らく、嫉妬。そしてそれ以上と思われる憎悪。それが彼を動かしている。
アノードは何かを振り払うように腕を振り、荒くなった息を整えながら二人を睨み付けた。
「……シェイドにラスター、ダーグウェッジ家の人間共、オレはテメェ等を殺りに来たんだよ。この意味が解るか?」
生き別れた兄弟が、自分達を殺す為に自分達を捜していた。その事実に、シェイド大佐とラスターさんが息を呑んだのが解る。
彼等と俺は赤の他人、勿論関係はないが、俺も驚いていた。まさかここまではっきりと『殺す』なんて言葉が出るとは思ってもいなかったのだ。
「ダーグウェッジ家の血縁は全員殺す。父親も母親も、テメェ等もだ」
「待て、それならばお前もだろう! 育ちは違えど、今まで会った事もなかったとはいえ、お前もオレ達と同じダーグウェッジ家の人間だ!!」
「解ってるさ、ンな事は! 全員殺してから、オレも自分で死んでやるよっ!!」
最早、アノードには口で何を言っても通じないという事を悟ったのか、ラスターさんは細く長く溜め息を吐くと、彼に向き合うようにして前に出た。
「……アンタが今用あるのはオレなんだろ」
長剣の柄を握る手に力を込め、ラスターさんはアノードの視線を真っ向から受け止める。
彼はそんなラスターさんを見て笑い、同じく鞭を持つ手に力を込めた。
「ああそうさ! テメェから殺してやるよ、愚息!!」
彼の黒い一本鞭が空を切り、鋭く高い音を辺りに響かせた。それが合図だったかのように、ラスターさんも長剣を構え直す。
そのまま戦うのかと思ったが、アノードは思い出したように俺達に視線を向けた。
「——テメェ等は下がれ。テメェ等に興味はねぇし用もねぇ。……っと、その前にだ」
何を思ったのか鞭を腰に戻し、アノードは片手を上げる。それが何を示すのか解らず、俺は軽く首を傾げる。
「誰でもいい、何でもいい、武器を貸せ。さすがに剣相手に鞭は使えねえ」
確かに、剣を使う相手に対して鞭では分が悪い。
だが、だからといって俺の持っている闇霧を貸すわけにもいかない。そもそも、貸すこと自体が出来ないのだ。他の人間に対しては、闇霧を鞘から引き抜く事すらできないのだから。
ソーマやサイラスがどうなのかは解らないが、他人が扱えないということだけは解る。
「……アノード、銃は扱えるか」
シェイド大佐が、腰の拳銃に手を掛けて問いかける。だが、アノードは彼に顔も向けなかった。
「使えたら苦労しねえよ、できれば剣——ああ、丁度良い。赤髪、サーベル貸せ。一本でいい」
一蹴すると俺の後ろにいたファンデヴに言い、アノードはファンデヴに歩み寄る。
彼女は少し迷ったようだが、それでも自分の腰からサーベルを引き抜くと彼に手渡した。
アノードはサーベルの柄を握り、数度素振りをすると鈍く光る刀身を見つめて薄く獰猛そうな笑みを見せた。
「……さあ、始めるとするか」
彼はラスターさんと数メートルほど間合いを取り、切っ先をラスターさんに向けて言った。
「——ラスター」
間合いを詰める為一歩近付こうとしたラスターさんに、シェイド大佐が静かに口を開き、告げる。
「……何だよ?」
「……『約束』は覚えているだろうな? ……死ぬなよ」
約束、という言葉に彼は僅かに瞠目した後、寂しげにも見える微笑を浮かべて頷いた。
「話は終わったか? さっきの言葉、遺言にしてやるぜ」
挑発的なアノードにラスターさんは言葉も何も返さずに向かい合うと剣を構え、切り掛かった。
それを片手で構えたサーベルで受け止め、二人は鍔迫り合いの状態で睨み合う。彼等の周りだけ別次元のようにも思えてしまう程に、周辺の空気が張りつめている。
それにしても、先程の『約束』とはどういう意味なのだろうか。死ぬな、という言葉にも、何か関係があることは解る。
自分にそれを知る権利はない。それでも気になった。
訊いていいものか若干躊躇ったが、俺は隣に立っているシェイド大佐に視線を向けた。
「……シェイド大佐、訊いても大丈夫ですか?」
「何がだ? 別にそう前置きしなくても大丈夫だ」
「いや、さっきの『約束』ってどういう事なのかと思って」
シェイド大佐は怪訝そうに俺を見返してきたが、すぐに小さく笑い声を漏らした。
「何だ、その事か。別に大した事じゃない。ただ、教えるには少し長い話になる。それでも構わないなら説明するが」
どうする、と続けて言われ、俺はアノードと切り結んでいるラスターさんを横目で見た後に頷いた。
「解った。どこから話せば……ああ、丁度オレが軍人になろうと決めた所からで良いか」
シェイド大佐は懐かしそうに目を細め、話し出した。

『——マーヴィン様。申し訳ありません。……逃がしました』
「……うん、それなら大丈夫だよ。これくらいで捕まえれるとも思ってなかったし、言わば彼の力量を測る為みたいな感じだったしね。それなのに,君には悪い事をしたかな?」
『いえ、全く。貴方の為に動くのが私の務めです』
「……ならいいんだ。さて、今度はどうしようか。……僕が行こうか?」
『わざわざ貴方が出向く程の物ではありません、この程度の事ならば私がやります』
「有り難いんだけどね、たまには僕も出てみたいんだよ。それに、彼に自分の正体も全部教えて狂う様を見るのも楽しそうだ」
『そうですか。……ただし、私も同行させて頂きます。……それと』
「構わないよ。そっちの方が君も良いだろうし——どうしたんだい?」
『命令違反者、一名発見致しました。如何致しましょう?』
「……ああ、彼の事? 別にどうでもいいよ。処分は君に任せる。どうせ、裏切るのは薄々解っていたしね」
『畏まりました。……それでは、失礼します。マーヴィン=ウィジロ=クローク様』




ずっとダーグウェッジ家のターンとか言ってみる。
この後はまた回想入るんだ…\(^o^)/

拍手[1回]

そろそろ序盤を抜けたい。
アビスで言えばまだザオ遺跡とか砂漠の辺りだよ\(^o^)/




「クソッ……思ってたより入り組んでやがる。完全にナメてかかってたな」
舌打ち混じりに吐き捨て、男は額に浮いた汗を手の甲で拭った。
進めど進めど、自分が目指している場所には出ない。銃声や金属音を聞く限りでは、何度も確認しているように道は間違えていないらしい。
そう考えると、自分がこの辺りでもたついていると考えるのが正しいようだった。
ふと顔を上げれば、両側には木々が生い茂っている。太い枝も、そこかしこに伸びていた。
「……めんどくせぇ、少し危険だがこっちを行くとするか」
男は丁度自分の傍に生えていた樹に足をかけ、枝を掴み、器用に樹の上に上り始めた。
一番太い枝まで来ると、他の樹を選定でもするように軽く見渡し、右手に持っている鞭を握り直す。
そして、躊躇なくそこから身を投げ出し、、他の樹の枝に飛び移っていった。
そうしている内、この自然の中には不釣り合いな金属光沢や人影が見え始めてくる。
それを見ながら、男は不機嫌そうに眉を顰めた。
「——やっぱりこっちの方が早いじゃねーか。クズが。……ああ、やっぱりサングラスはかけた方がいいな。……クソッ」
一体何度目だ、と内心ぼやきながら、男は眼差しを隠すようにしてサングラスを掛けた。

RELAYS - リレイズ - 55 【助太刀、後敵】

「……何だ、貴様等の力はその程度か?」
剣劇で切り裂かれ、銃弾で穴が空き、ぼろぼろになっている執事服をその身に纏い、それでも尚アレスは立っていた。
彼は不意に俺達から視線を逸らし、自分の手の平を見る。既に手袋は嵌めておらず、普通の人間よりも若干色が白いだけの肌を晒している。所々に切り傷や銃痕があったが、勿論血は出ていない。
アレスが視線を逸らした隙をつき、俺は地面を蹴ると間合いを詰め、一息に闇霧を振り下ろした。
だが、それもソーマやラスターさん達と同じく、彼に難なく片手で掴まれる。それでも更に力を込め、目の前のアレスを睨み付ける。
俺の目を興味がなさそうに見返し、アレスは空いていた左手の指を不吉に鳴らした。
攻撃が来ると感じ取り後方に跳ぼうとするが、闇霧の刀身を強い力で掴まれている為に間合いを取る事もできない。
拳銃もあるのだから、闇霧がなくともしばらくは応戦できるとは思う。だが、自分はシェイド大佐のように射撃に長けているわけでも、ソーマのように身軽に攻撃を避けれるわけでもない。自分が一番使い慣れている武器を手放すのは、無謀と思えた。
「……『生きていれば良い』らしいからな。殺さない程度に応戦させて貰おうか、オッドアイ」
言葉と同時に掌打を入れられ、悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばされた。
痛みを堪え、地面に両手をつくと受け身を取る。
アレスは顔にかかっていた髪の毛を手で払うと、俺に冷ややかな笑みを浮かべて一歩近付いてきた。
その脚に、金属同士が触れ合う甲高い音を立てて銃弾が被弾する。
「——忘れるな、貴様が殺るべき人間は他にも居る。それは貴様を壊す人間も大勢居るということだ」
シェイド大佐の声が響き、辺りに反響する。それと、ソーマ達が武器を構え直す音も。
「……確かにそうだ。あのオッドアイは放っておいても構わないのだから、貴様等を先に殺るとしよう」
視線を外し、アレスは俺に向けていた足をソーマ達に向けた。
彼が草を踏む乾いた音、それを掻き消すように辺りに生えている樹から大きな葉擦れの音が聞こえてくる。
だが、風などは吹いていない。無風だった。それに鳥や動物の姿も見えない。
何故、と考えてすぐ、その葉擦れの音を出していた正体が姿を現した。
その『人間』は、樹の上から跳びだして来ると黒いロングコートの裾を揺らしながらアレスの眼前に下り立ち、手に持っていた黒い一本鞭を彼の首目掛けて振り下ろす。
アレスは今までと同じようにしてそれを掴んだが、人間はそれを解っていたのか動じることもなく、そのまま彼の身体を蹴り飛ばした。
余程強い力で蹴り飛ばしたのだろう、実質的には鉄の塊である筈のアレスの身体は数メートル程離れたところの茂みに吹き飛ばされた。
突然現れた人間、そして予想もしていなかった展開に唖然としていると、その人間は俺達を振り返った。
そこで、人間が男性であること、それもあの時ベガジールの大通りで会った男である事に気付く。ただ、ボタン式の黒コートは前が開けられており、中に着ている青い軍服が見えていた。
彼はサングラス越しにアレスが吹き飛んだ先の茂みを横目で一瞥し、口を開いた。
「——テメェ等、何ボケっとしてやがる、行くぞ!!」
低く大きな怒声にも近い声で言われ、思わず肩を揺らしてしまう。
行くぞ、というのは逃げるという意味だろう。だが、彼は何者だ? この状況で行けば、味方だと思っていい事は解る。
「でもアンタは——」
「話は後だ!!」
彼はそこで遮り、走り出した。それに習って、サイラスやファンデヴ達もその後を追い掛ける。
「な、おい!」
「ヘメティ、良いから今はここから逃げるのが先決だろ!! 相手が何であれ、だ」
ラスターさんは走りながら俺に言い、更に走る速度を上げる。
逃げろと言われても、イーナはどうなるのか。弾かれるように彼女を見れば、ザクストと何か一言二言言葉を交わし、ラスターさん達に紛れて走っていく。
もうあれやこれやと考えている暇はない。俺は短く溜め息を吐くと彼等の後を追って走り出した。

「——何者だ、あの男は」
アレスは茂みから起き上がり、身体についた土埃や枯葉を払い落とすと茂みから離れ、辺りを見回した。
驚いていて行動に出るのが遅かったのか、自分が殺すべき標的達の姿は何処にもない。
「……ザクスト、追え」
こんな命令が、言葉が、今の彼に意味を成さないのは解っている。
先程ザクストがイーナに何を言ったのか、アレスにはしっかりと聞こえていた。
彼は彼女に短く一言だけ告げたのだ、『行け』と
それはアレスにとってもザクストにとっても主である、マーヴィンへの命令違反に他ならない。
普通ならばここで排除する所だが、それを行っている時間さえも惜しい。
「追えと言っている。命令だ!」
滅多に大声を上げることのないアレスの口から紡がれる強い言葉にも、彼は動じる様子も見せない。
良く行動を共にするが、実質的にはアレスの方が地位は遙かに上だ。ザクストはただの部下であり、アレスはマーヴィンの側近。これがどこにでもある普通の会社や軍なのだとしたら、彼の方が上司という立場になる。
その為、少ないながらもアレスはザクストに命令を下す権限がある。尤も、彼自身が命令することなどきわめて稀だが。
ならば自分が追うしかない、と、アレスは舌打ちして一歩踏み出した。
だが、その身体が崩れ落ちる。どうやら、先程の銃弾で小さい規模ながらも故障してしまったらしい。片膝を付くと、足を銃痕の残っている執事服の上から右手で押さえた。
左手で器用に執事服のポケットから携帯電話を取り出すと、奇跡的に被弾していなかったらしく傷一つついていないそれを開く。
慣れた手つきである番号をプッシュし、数度のコール音の後に繋がった電話先に、アレスは告げた。
「——マーヴィン様。申し訳ありません。……逃がしました」

男は月明かりに照らされている草原の真ん中までくると、ようやく足を止めた。
かなりの距離を走った筈だが、彼は呼吸一つ乱れてはいない。体力は、そこらの人間よりも遙かに高いらしい。
「……全員居るだろうな?」
彼は俺達を振り返り、まるで案じているかのような言葉を発した。
「……ああ、居る。大丈夫だ」
俺は軽く皆を見渡し、そう答えた。もしも誰か足りなければ大変なことになる。それだけは嫌だった。
男は満足したのか一度頷く。そろそろ彼の素性を訊いても大丈夫だろうか。俺はその事を口にしようとしたが、それよりも彼の方が早かった。
「……この中に、ラスター=ダーグウェッジという男は居るか」
唐突に男はラスターさんを指名した。話の流れが良く解らない。だが、一番混乱しているのはラスターさん本人だった。
「は? オレ? ……オレだけど。ラスター=ダーグウェッジ、だろ?」
当の本人は戸惑いながらも、長剣を持っていない左手を軽く挙げて前に出た。
男はしばらくの間無表情で彼を見つめていたが、不意に口許を笑みの形に歪めた。それもただの笑みではない。嘲笑だった。見る人によっては、自嘲にも見えるかも知れない。
「テメェかよ。……嫌っつーくらい似てやがるな」
「似てるって……何がだよ? もしかしてどっかでオレと会ったのか? それともオレに似た奴を見たのか?」
ラスターさんは意味が解らないといった様子で肩を竦めた。それが気に障ったのか、男は微かに眉根を寄せる。
それを怪訝に思ったのか、ラスターさんが首を傾げた。
「……待て、何故ラスターにだけ固執する? もしダーグウェッジ家に用があるのならオレもだ」
シェイド大佐は問いかけながら、ラスターさんの隣に立つ。
それを見た男の表情が、明らかに驚愕の表情に変わった。だが、それもすぐに嘲笑うような笑みに戻る。
「……そうか、テメェもかよ。確かにテメェにも用はある。……だが、まずはコイツに用があるんだよ」
彼は言うと、持っていた鞭でラスターさんを指し示した。
少し遅れたかもしれないが、そこで俺は気付く。男の身体から、明確な殺意が滲み出ていた。
「何だよ、別に恨み買われるような事はして……もしかして、店の客か? 武器が不良品だったのか? それにしては、随分な怒り方だな」
ラスターさんに挑発しているつもりはないのだろうが、それはどうやら男にとっては挑発と捉えられてしまったらしい。
「ハッ、誰がテメェ等の店で武器なんて買うかよ。何だ、まだ気付かねぇのか? とことんクズだな」
「……何が言いたい。……それよりも、お前は何者だ」
シェイド大佐の尤もな問いに、男は不機嫌さを隠すこともなく舌打ちすると、鞭を一度軍服のベルトに挟むようにしてしまい込んだ。
ラスターさんやシェイド大佐から視線を外し、サングラスを外すと黒コートのポケットに入れ、俯いたままでオールバックにされている髪を手櫛で乱雑に下ろす。
ある程度髪型を整えたところで、男はゆっくりと顔を上げた。
その顔立ちに、全員が息を呑む。
まさかとは思っていた。だが、それはないだろうと自分の中で結論づけてしまっていた。
自分が考えていた『まさか』という予想が当たっていたことに、少なからず自分は驚きと動揺を感じている。
「……オレ……!?」
男の顔は、ラスターさんと瓜二つだった。それに、シェイド大佐ともよく似ている。
もう彼が何者なのか何て、解りきっているようなものだ。
「……やっと解ったか、馬鹿が」
彼は何も言えずにいる二人を鼻で笑い飛ばし、再度鞭を手にするとそれを一度振って空気を切り、良く通る声——ラスターさんよりも少し低い程度の声で自分の素性を明かした。

「オレの名前はアノード、アノード=ダーグウェッジ!! ラスター、テメェと双子の兄弟だッ!!」




戦闘から抜け出せない件\(^o^)/

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戦闘シーンは苦手だけど、回想シーンを書くのは大好きです!!
アーシラトとか凄く楽しかったよ^p^




RELAYS - リレイズ - 54 【愚か】

「——遅い」
アレスは自分の首を狙って振りかざされたナトゥスの刃を臆すことなく右手で掴む。彼が手に嵌めている白い革製の手袋が破れ、その下にある人間と殆ど変わりない肌が露わになった。
言葉が悪いかも知れないが、その精巧さもあり、未だにアレスが機械人形と信じられない自分が頭や心の何処かに居た。理解した筈だったのに。
普通の人間ならば、ナトゥスの刃を革手袋一枚だけの手で掴めば良くて切り傷、悪くて切断まで行ってしまうかもしれない。
アレスの攻撃や防御は、機械人形という自分の身体を生かした物だった。
一方、攻撃を防がれたソーマは微かに眉を顰めると瞬時にその場を離れ、ある程度の間合いを取る。
「……何だ、六人でかかってきてこの程度か?」
革手袋を脱ぎ捨て、アレスは嘲笑混じりに挑発してくる。だが、そんな挑発に乗る人間は居ない。少なくとも、俺はそう信じている。
「……やはり頑丈だな。……だが、それでも壊れない訳ではないだろう」
シェイド大佐は低く呟き、右手に持っているボレアーリスの引き金を引く。それと同時に、左手に持った違う拳銃の引き金も。
「確かにそうだ、私も壊れない訳ではない。それでも、貴様等を殺すのには十分だ」
銃撃と剣劇によって所々破れている執事服の裾を若干気にしながら身体に触れ、アレスは肩を竦めた。
「……まあ、オレは貴様が壊れるまで壊すだけだ。ただの残骸に変えてやる」
シェイド大佐は、アレスに発砲した時に比べればかなり落ち着いている。だが、その殺意は微塵も薄れてはいない。
「……軍級は大佐だったか、軍人。私の目には貴様が一番愚かに見える」
唐突に、アレスはシェイド大佐に視線を向けて言い放った。恐らく、彼の荒れた心に一番突き刺さるであろう一言を。
「復讐心に囚われて私を壊す。それで貴様は満足するのか?」
「黙れ」
有無を言わせぬ口調で、銃口をアレスの心臓の位置に的確に向けたままで短く告げる。周りに居る俺達でさえ、口を開くことを許さないとでも言っているようだった。
「私に人間の心は解らないが、憎悪というものは消える物なのか?」
「黙れと言っている」
「……復讐に身を任せている貴様は、私には——」
「黙れ!!」
更に言葉を続けようとしたアレスに、シェイド大佐は容赦なく銃弾の雨を浴びせる。その姿は、隣で見ている俺でさえ背筋が寒くなるようなものだった。
「……さっきから待てって言ってるんだ、兄サン」
いつの間にかシェイド大佐の背後に立っていたラスターさんが静かに言い、ゆっくりと彼の手を掴む。
「先程から言っている、離せ」
「……こういう状況で言っちゃ悪いけどな、オレはコイツの言ってることも解る」
警戒心は薄れていない。その上、ラスターさんが持っている長剣はいつでもアレスに攻撃できるように構えられている。そんな状況下で、彼はアレスを視線で指し示した。
「復讐なんてしたって無駄だろ。……アンタに取っては自分の命を懸けてでもやりてぇ事だとしても。アンタはそれで満足なのか?」
シェイド大佐の表情が強張り、戦い始めてからずっと煙が立ち上っている銃口が微かに揺れた。
彼はラスターさんの手首を掴むと自分の腕から引き剥がす——筈だった。
途中でその手が止まり、シェイド大佐が訝るように眉を顰める。それに対して、ラスターさんも首を傾げた。
「……どうしたんだよ」
「……ラスター、お前……いや、何でもない。今言っている暇は無い」
そこでその会話を打ち切り、シェイド大佐はもう一度アレスに向き直った。
「……何故攻撃してこない? オレ達を殺すのなら、今が絶好の機会だったと思うが?」
確かにそうだ。今ラスターさんとシェイド大佐が話していたのは隙だらけだった筈だ。それなのに何故、彼は狙ってこなかった?
「少し興味があっただけだ、人間の心に。……すぐに消えるようなものだがな」
一目見ただけでは人間と遜色ない姿のアレスがそんな事を言うのは、何となく奇妙だった。勿論、彼は人間ではないのだから仕方がない。
「さて、もう貴様等に興味はない。……続けるとしようか」
アレスはそう仕切り直し、最初と同じ構えを取る。シェイド大佐やラスターさんも同じく、剣の柄と銃を握り直した。
闇霧の柄を握り直し、俺は目の前にいるアレスを睨む。
その時、すぐ近くから銃声と悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「イーナ……」
彼女は大丈夫だろうか。ザクストと一対一で戦っている筈だが、無事でいるのか。そして何よりも、精神的に傷ついてはいないだろうか。
「……嬢ちゃんなら大丈夫だ。信じてやれよ」
突然ラスターさんに小声で耳打ちされ、俺は軽く肩を振るわせたがすぐにしっかりと頷く。
彼はこの戦況でも気遣うような笑みを浮かべ、頷き返した。
「それに、あの赤髪だって……いや、これは別に良いな」
「——何を話している。かかってきたらどうだ?」
アレスの挑発する声が響き、全員の視線が彼に集中する。
「……挑発に乗るつもりはないが、確かにそうだな。……じゃあ、遠慮無く行かせて貰うぜ」
ヴォカーレを数度回転させ、サイラスは答えるとアレスに飛び掛かった。それが合図だったかのように、俺達も。

「……そんな、思うわけないでしょ!? そんな事考えてたの!?」
「考えてたさ。悪いか? ……馬鹿だと思いたきゃ勝手に思って良い」
ザクストの事を最低だなんて、イーナは思うわけもなかった。そんな感情は今まで持ったこともない。そしてこれからも、持つことはない。
「馬鹿だとも思わない……だから、もういい加減話してよ!」
先程から自分の鼓膜を震わせる彼女の悲痛に満ちた叫び声。ザクストは苦しそうにも見える表情を垣間見せた。
それもすぐに消え失せ、また虚無的な、無気力な無表情へと変わる。
「……何だよ……じゃあお前は、自分が生きる為に他人を犠牲にするような人間を見て最低だとも何とも思わないのか!」
彼が絞り出した声は掠れていたが、それでも辺りに良く響いた。まるで悲鳴のように。
ザクストは一度大きく息を吸い、深く溜め息を吐く。それは諦めとも呆れとも取れる曖昧な物だった。
「……俺が居なくなったのは2年前。その2年前に大きな事故があった、それは何だ?」
唐突に話始めたザクストに、イーナは戸惑いながらも耳を傾ける。今までの話からは全くもって繋がらない話だ。
「2年前……丁度アンタと私が住んでた中層部で列車の脱線事故があったけど、それがどうしたって……」
2年前に彼女が居候していたザクストの家があったウィジロの中層部、そこで大規模な列車脱線事故があった。それはイーナも良く覚えている。
それがどうしたのか、と聞き返そうとしたイーナの目が、驚愕に見開かれた。
「まさか……アンタが……!?」
「……そうさ、俺もその列車に乗ってたんだ。それで事故に巻き込まれた」
彼はそこで一呼吸置くと自らの右手を銃を持ったままで見、何も言えずに呆然としているイーナに更に続ける。
「この右腕はそのせいさ。巻き込まれたときに切断された。……本当に、あそこで俺は死ぬんだって思った」
口調は淡々としているが、ザクストの瞳は確かに揺れていた。2年という時を経ても、未だに残っている恐怖で。
「その時だよ、どっから来たのかも解らないマーヴィンが俺の所に来たのは。多分列車には乗ってなかったんだろうな、傷一つなかった。勿論その横にはアレスも居た」
列車の脱線事故現場、そこに現れたマーヴィンとアレス。何故こんな所に居るのか、その時のザクストに考える余裕はなかった。
「アイツは俺にこう聞いてきた。……『お兄さん生きたい?』」
話す内、ザクストの口許は自嘲の形に歪んでいった。そして彼は笑みと同じく、自嘲めいた乾いた笑い声を漏らした。
「俺はこう答えたよ。『生きてぇよ。生きたいに決まってる。こんな所で死にたくねぇに決まってるだろうが』ってな。……もう解るだろ?」
「……それで、マーヴィンに救われて、義手を貰った……!?」
途切れ途切れに言葉を発したイーナに、ザクストは何も言わずに一度だけ頷いた。
「もうここまで来れば予想は付くだろ? マーヴィンは病院で意識を取り戻した俺を脅してきたよ。部下になれ、ならないならここで殺す、って」
紛れもない、理不尽な脅迫だった。
「……俺は結局、自分が生きる道を選んだんだ。自分が生きたいから。……嗤えよ。最低だって罵れよ! 愚か者って嘲笑しろよ!!」
いつしか彼の手からは二丁拳銃が手放され、地面に落ちていた。両手で頭を抱えて吐き捨てたザクストの目からは、確かに涙がこぼれ落ちている。
「笑わない。……笑えるわけないでしょ!?」
「何でだよ! 何でお前はそこまで人間を許せる!? 自分が生きる為に幼馴染みの友人さえ殺すような人間を! お前は何で許せるんだよ!!」
イーナが何故ここまで自分を責めないのか、それがザクストには不思議で不思議で仕方がなかった。
ザクストは二丁拳銃を拾い、構えることなく、立ち尽くしたままで肩で息をしている。
それを見て、イーナも慎重にだが構えていた鎖鎌を下ろし、短く息を吐いた。




もうだめぽ\(^o^)/

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戦闘は難しいです。戦闘描写苦手。




「——しっかし、荒れ放題で何が何だか解らねえな。迷路か、これは」
男は手に鞭を提げたまま、所々に生えている自分の背丈程もある草から視界を守りながら歩いていた。
「……さすがにこの中でサングラスは見えづらいな。外すとするか」
宿の前で外し、そして先程着けたサングラスをもう一度外し、コートのポケットに入れる。
道を間違えたのか、無理に最短と思われるルートを通ろうとしたせいなのか、やけに視界と足場が悪い。
聞こえてくる銃声が近付いてきているということは、この道で間違っていない事は確かなのだが。
「……まあ、少し遅れても大丈夫だろうな。あの家の血筋は全員血の気が多いんだからな」
外していたサングラスをかけ直し、男は小馬鹿にしたように鼻で笑うと鞭を持っていない左手で顔を覆うようにする。
「……本当、クズみてぇに馬鹿げた運命だ……」

RELAYS - リレイズ - 53 【機械人形】

「——その笑みは肯定か、アレスとやら」
絞り出されたシェイド大佐の声は、今までに聞いた事がない程に低く、重かった。隣で聞いている俺も、恐怖を感じてしまう。その怒りは俺に向けられて等いないのに。
ただならぬ雰囲気に、ザクストもアレスも動きを止め、武器を下げている。
だが、アレスは全く動じない。その口許に浮かんでいる笑みは、少しもひび割れていない。
「答えろ」
既に手に持っている拳銃以外にも持ち歩いていたのか、シェイド大佐はもう一丁の拳銃を背中から取り出すと安全装置を外し、的確に狙いを定めた。
アレスは嗤ったままで、その問いに答えた。
「……そうだ、と言ったら、どうするつもりだ?」
その言葉が終わるか終わらないか、という時、彼の声を掻き消すようにして銃声が辺りに反響した。それと同時にアレスの身体に銃弾が被弾し、アレスは微かに後ずさった。
だが、苦悶の表情などは上げていない。——奇妙だった。
「もしも肯定ならば? 殺すさ」
復讐。シェイド大佐の殺意に満ちた瞳と言葉、それを見て真っ先に浮かんだのが復讐という言葉だった。
「……そうか。ならば——」
そこで一度区切ると喉の奥で笑い、ゆっくりとした口調で自らの命を危険にさらすような事を臆すことなく言った。
「……肯定だ」
シェイド大佐は一瞬瞠目した直後、感情を無理矢理に押し殺しているといったような無表情で両手の銃の引き金を引いた。
耳を劈く銃声に、耐えきれずに耳を押さえる。何発撃っているのか解らない、だが相当な数だと言うことだけは解る。
大佐、という地位に居るだけあって、射撃の腕は遙かに高い。ザクストには一発も当たっていないらしい。
驚いた表情を見せてから、ザクストは後方に軽く跳び、間合いを取った。
「……兄サン落ち着け!! アンタは復讐なんかに身を投げるような人間じゃねぇだろ!?」
ラスターさんが剣を持っていない手でシェイド大佐の肩を掴み、悲痛にも聞こえる声を銃声に負けないように張り上げていた。
復讐の道に堕ちようとしている兄を、彼は止めようとしている。
「離せ、ラスター!! ……オレはそんな綺麗な人種ではない」
シェイド大佐は微かに震えた声、それでぽつりと呟いた。だが、その狙いは外れては居ない。
「——何故だ」
こんな状況の中でも良く通る低い声、それはシェイド大佐の物じゃない。イーナの近くに居た筈のソーマが、いつの間にか俺の隣まで来ていた。
ソーマは土煙を、その先に居たアレスを睨み、吐き捨てた。
「……何故、あの銃弾を受けて貴様は生きている」
「何を——」
何を言っているんだ、と続ける前に土煙が晴れ、そこには先程と変わらない位置に立っているアレスの姿があった。
先程の銃弾で眼帯が飛ばされてしまったらしく、隠されていない左目を左手で押さえ、彼はその口許に浮かんでいた笑みを更に濃くする。
着ている執事服は、そこかしこに穴が空いている。だが、本来出るであろう鮮血は垂れていないし滲んでもいない。
明らかに異常だった。
「貴様……何者だ……!?」
銃を構えたままのシェイド大佐は、狼狽した声で、恐らくやっとの思いでそれだけを絞り出した。
「……解らないか? 全く、考える事もできないのか、愚か者共」
呆れ声でアレスは言い、前髪を払うようにして左目から手を離した。
そこにあったのは、眼球でも何でもない。
「……機械……!」
銀色の金属光沢を持つ、機械。無機物その物だった。
シェイド大佐やラスターさん達は、驚愕で絶句しているのか何も言わない。いや、言えないのだろう。
「……さて、改めて自己紹介だ」
アレスは一度執事服の汚れを手で払い、自分の『左目』にかかっている髪の毛を左手で押さえながら自分の正体を明かした。
「私の名はアレス=ディーヴァ。マーヴィン様に生み出され、マーヴィン様の為だけに動く機械人形だ」
自我を持つ機械人形。それはもう既に生産が中止されている筈だ。あの大都市を造り上げた技術を持ってしても、作ることができなかった為に。
だが、アレスは自らをそう称した。それに加えて彼の左目の位置に見える機械。
嘘だ、そんな筈はない、そんな否定はできなかった。それらが全て、揺るぎようのない証拠となっている。
「機械人形、か。……貴様は正にそれだな。感情もない、自分の意志すらもない」
まず先に口を開いたのは、シェイド大佐ではなくソーマだった。やけに饒舌なのが少し気にかかったが、故郷の事も絡んでいるのだから当然の事だ。
「機械人形に、あの方の為に動く為に意志など必要ない。少なくとも、私はそうだ」
「自分が機械人形だから、等といった言葉で誤魔化すな。そんな物、ただの言い訳にしかならない。……中には、人間よりも人間らしい奴も居るのだからな」
ソーマは以前にも一度機械人形に出会った事があるのだろうか。そう思わせるような言葉だった。ただ、『機械人形が』という言葉が繋がっていない、もしかすれば、他の人間でない者達という意味かもしれなかった。
「……貴様は先程人間を愚かだと言ったな。その通りだ、俺もそこには同意する」
ただ、とソーマはそこで区切り、いつもと変わらない口調、変わらない表情で、それでも鋭く言い放った。
「意志のない貴様と意志のある俺達人間、どちらが愚かだ?」
アレスの眉が僅かにだが顰められる。微々たる物だが、彼にも『感情』はあるのだろう。でなければ、自分を造った主をここまで崇拝し、陶酔する訳がない。
「……銀髪、それは違う」
今まで間合いを取ったままで黙っていたザクストが、左手に持った銃を回しながら言った。
悲しんでいるとも、憐れんでいるとも取れないような複雑な感情をその深い青の瞳に映しながら、諭すかのような口調で続ける。
「どっちが愚かだとか、そういうのは無いんだよ。……答えは簡単、『どちらも愚か』さ。……俺もな」
鼻で笑い、ザクストは両手の銃を握り直すと、イーナの方を向くと同時に銃口を突き付けた。
それが合図だったかのように、彼女もまた、自分の手にある鎖鎌を構え直した。
その眼には、未だに『どうして』という疑問が浮かんではいたが、最早話し合う等といった雰囲気でも当然ない。彼女は戦うしかないのだという現実を受け入れている。
「……お前達」
ある程度落ち着きを取り戻した声で言い、シェイド大佐は全ての弾を撃ち終えた拳銃をしまうとボレアーリスを取り出し、弾を込める。
「お前達は何も手出しをするな。……オレにやらせろ」
迷うことなく、アレスに銃を向ける彼の姿、背中からは、絶対に譲らないという決意がありありと見て取れた。
「……私は、そこのオッドアイ以外の貴様等全員を殺さなければならないんだが」
先程から何ら変わらない様子で、アレスは執事服の胸ポケットから新しい眼帯を取り出すと、それを慣れた手つきで眼に付ける。
何故この状況でこんな事ができるのか、俺には解らなかった。負けないという自信があるのか、それともまた別の理由なのか。
「——銀髪、軍人、黒髪、赤髪、槍使い、……5人か。5人も一度に殺らなければならないのはなかなか大変だが……あの方の命令だ」
俺を含めた全員が、各々の武器を持つ手に力を込める。
あちら側が俺に何の用があるのかは解らない、知りたくもない。付いていく気は勿論、連れ去られるつもりも一切なかった。
だが、少し気になる事があった。
「……あんた、早く武器を構えたらどうなんだ」
この期に及んで、アレスは未だに自分の武器を出していない。見たところ、銃を持っているようにも思えない。もしかすれば服の下にナイフくらいはあるのかもしれないが、一見して武器らしき物は持ち歩いていなかった。
「ああ、言い忘れていたな。私は銃や剣といった武器を使うのが苦手でな。主に体術だけを使っている」
手技や足技だけで俺達と戦う、それは余りにも不利に思えた。こちらには銃を使用するシェイド大佐、それに近接系の武器を扱う人間が揃っているのだ。
「別にてめぇを気遣うわけじゃねぇけど、どう考えても不利だろ? 六対一って時点で不利なのに」
「嘗めるな、すぐに解ることだ」
緊張感を孕んだままのサイラスの声に、冷たい声で短く返したアレスの目は本気だった。
「ザクスト、解っているだろうな?」
「……ああ、……解ったよ、やってやるさ」
言葉を交わしながら、彼等は背中合わせに体制を整える。一見すれば、彼等はお互いに信頼し合っているようにも見えた。それが本当なのか、それとも建前なのか、それを俺が知る権利はない。知る術もない。
「——絶対、話して貰うから」
「……勝手にしろ」
全てを諦めたように気怠げに、無気力に返したザクストだったが、警戒心は微塵も薄れていない。
未だに自分に絡み付く戸惑いや疑問、感情を振り払うようにイーナは前方に高く跳び、彼に鎖鎌の切っ先を振り上げた。
彼女が行動するとほぼ同時に彼等も行動に移った。
ザクストはそのまま、自分に振り下ろされる鎖鎌を受け止めようと銃を身体の前に突き出している。
アレスは既に先程立っていた場所から移動していた。
彼は跳躍していたらしく、そのまま俺を跳び越えるとシェイド大佐に手を伸ばす。
「……まずは貴様からだ、軍人」
「……奇遇だな。オレも丁度そう考えていた」
それだけを言い、眼前に迫るアレスに銃口を突き付けると躊躇うことなく発砲した。
だが、彼は金属やその他の無機物で出来ている機械人形だ。銃弾で倒せる——殺せる訳がない。せいぜい故障させたりできる程度だ。
「貴様の身体は機械、ならば動かなくなるまで壊すだけだ」
アレスは自らの白い革手袋が嵌められている右手の平を見る。そこには黒く穴が空き、細く僅かに煙が立ち上っていた。
何かを確かめるように彼は手を握り、恐らく我流と思われる構えを取ると俺達全員を見てから言った。
「……面白い。さあ、かかって来い、反抗組織の連中共」

高く跳躍したイーナの上空からの一撃は、呆気なくザクストに阻まれた。
金属同士が触れ合い、軽く火花が散る。それは光源が月明かりだけの庭園の中でやけに明るく、目に付いた。
イーナは一瞬眉を顰め、鍔迫り合いの状態になっていた鎖鎌の刃で銃を弾き返すと後方に跳び、間合いを確保する。
彼女が地面に下り立ったのを見計らい、ザクストは感情を無理矢理に押し殺しているような無表情で二丁拳銃の引き金を左右同時に引いた。
それを瞬時に鎖鎌で弾き、イーナは立ち上がった。
「……どうして……どうして、アンタが……!」
絞り出した声はか細く、震えていた。それと同じく、彼女の肩も、鎖鎌を持つ手も。
幾ら戦わなければならないのだと頭で理解しようと、覚悟しようと、やはり心の何処かでそれを拒んでいる自分が居る。
戦いたくない、と。
小さな頃から家族同然に過ごしてきたザクストと戦うのは、これ以上ない程の苦痛だった。
「……理由を言ったとして、お前は納得するのか」
興味がなさそうにも、面倒臭そうにも、はたまた自暴自棄にも聞こえる声音で、銃声に負けてしまいそうな程の小声で口にする。
「そんなの、聞かなきゃ分かんない! 言う前からそんなの考えないで!」
「……言ったって、答えは見えてるんだ。なら、言う必要がないだろ」
「……どうして、そんな風になっちゃった訳? アンタが2年前に居なくなってから何があったの!?」
今のザクストは否定的で虚無的だった。全てに対して否定的、全てに対して虚無。
今彼が並べ立てた言葉は、以前のザクストならば決して言わないような物ばかりだった。
ザクストは、2年前にイーナの前から忽然と姿を消している。そしてやっと会えたと思えば、彼は別人のように変わっていた。
「……だから、お前に言っても意味がないって言ってるんだ! お前に俺の苦痛が解るのか!?」
「だから、話してくれないと解らないって言ってるの!! ——今のアンタは私が知ってるザクストじゃない!!」
イーナの口から出て行くのは、最早悲鳴だった。声を張り上げることで、彼女は心の均衡を保っている。
「お前が見てたのだけが俺じゃない。……それだけで俺を測るな!」
対照的に、ザクストは周りから聞こえる剣劇の音や銃声に負けないようにと声を張り上げてはいるが、それでもイーナより落ち着いた声で返していた。
「今お前に言って何になる……それに、どこから話せばいい。どこから話せば、お前は満足するんだ」
「全部、全部! アンタが2年前に居なくなってから! 話してよ!!」
叩き付けるように言い、イーナは呼吸を落ち着かせる為に軽く深呼吸をすると、深く溜め息を吐いた。
「……どうしても、話さないって言うの?」
「違う。……話す理由がないんだ。答えが分かり切ってるなら、言うだけ無駄だ」
二丁拳銃の銃口を再度突き付け、ザクストはイーナに容赦のない言葉を浴びせる。それがどれだけ彼女を苦しめているかも知らずに。
「……じゃあ、アンタが思い浮かべてる『答え』は何?」
彼は『自分がこう言えばイーナはこう返してくる』と思い込んでいる。その答えを知り、否定することで、話してくれるのではないか。そんな希望を、イーナは見出した。
「——『最低』」
たったの二文字。その一言だけで、ザクストは彼女に全てを話す事を拒否していた。




\(^o^)/
どんどんザクストが自虐になっていく。…ってかこれ俺かよ。

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戦闘シーンは苦手なんだよ!




先程までの話し声は聞こえず、アレスとザクストは軽い足音を響かせながら家屋の屋根、その上を走っていた。
前を鋭く見据えているアレスの口から、呟きにしては大きな声が零れる。
「——石造りの平坦な屋根、確かにこちらを走った方が簡単だな。貴様にしては良い判断だ」
「ハハッ、俺にしてはってどういう意味だよ、馬鹿にしてんのか」
「そういう意味だ」
そこ会話を止め、徐々に見えてくる宿屋だけを見つめながら更に走る速度を上げる。
丁度高く跳躍すれば届く距離まで来たところで、二人は止まらずに本当に跳躍した。
そして、
「……行くぞ」
宿の窓を蹴破り、部屋の中へと進入した。

RELAYS - リレイズ - 52 【奇襲】

耳に届いたのは、ガラスが派手に割れる大きくも高く澄んだ音だった。
寝言も何も聞こえない、数人の寝息が聞こえるだけの静かな空間に、それはやたらと響いた。
勿論、全員が音を聞き取り、眠りから覚めて目を開く。
俺は飛び上がるようにして身体を起こすと、音が聞こえたと思われる、ガラスが破壊されたらしい窓へと顔を向けた。
月明かりを背負っているのは、一人の屈んだ人間とこの場に似付かわしくない程に背筋を伸ばして立っている人間だった。顔は月明かりで照らされているとはいえ薄暗く、よく見えない。
「——一体何が……!」
明らかに狼狽したのが解る誰かの声が聞こえると同時に、立っている人間が行動を起こした。
その人影は真っ直ぐ俺に向かってくると、ベッドから降りて傍に立てかけていた闇霧を手に取ろうとしていた俺の首を強く掴んだ。
そこで、相手が何者なのか気付く。
「ッ、アレス……!」
「……茶髪にオッドアイ、貴様だな。『貴様を連れてこい』、あの方の命令だ。貴様以外は殺す」
アレスは淡々と何のことでもないように言っているが、俺としては何が何だか理解できない。命令、というのが支配者であるマーヴィンの命令だということ以外は。
「ヘメティ!」
「おっと、動くなよ? 別に俺はお前等に興味はないんだ。ただこれは命令……や、俺にとっちゃ仕事みたいなモンだからな。やらなきゃならないって奴さ」
もう一人は予想通りザクストだったらしく、背後では彼の声と銃を構える金属音が鳴っていた。
「騒がれれば面倒だ、意識を失った所を連れて帰らせて貰——」
その瞬間、部屋のドアが先程の破壊音に比べれば小さな音を立てて開け放たれる。
「ちょっと……ど、どうしたの!?」
明らかに異常な光景を目にしたイーナが、戸惑いながら悲鳴に近い声を上げた。彼女の後ろには、同じくファンデヴも驚愕の表情で立っている。
「……イーナ……!」
ザクストが、絞り出すような声で彼女の名前を口にする。それには、焦燥や怒り、悲しみといった感情が見え隠れしていた。
「何で、何でアンタがまたここに居る訳!? どういう事なの!?」
イーナの声は、今まで訊いたことがないくらいに強い口調だった。彼女もザクストと同じ感情を感じているらしいが、その声からは殆ど『怒り』しか伝わっては来ない。
「撃て」
不意にアレスが手を離し、立ち上がるとザクストに向けてはっきりと言い放った。
即座に闇霧を手にすると瞬時に抜刀し、先程アレスに掴まれていた所為で痛みのある首を左手で押さえながらふらふらと立ち上がる。
「……何故撃たない?」
アレスは微かに不機嫌そうに眉根を寄せると、吐き捨てるように問う。
ザクストの持っている二丁拳銃、その内右手に持たれている白黒に塗られている拳銃の銃口はイーナに向けられてはいるが、明らかに震えていた。
彼は、彼女に発砲することを躊躇っている。
「……貴様が殺らないのならば私が殺る」
またも事務的な、抑揚のない声で言うとアレスはザクストの手から拳銃を奪い取る。
「待てッ!」
待て、とザクスト自身が制止するのも構わず、彼女に銃口を向けると躊躇なく引き金を引いた。
無機質な発砲音が一発だけ響き、反響する。
それは幸いにもイーナの左頬を掠めただけで済んだらしく、彼女は先程と変わらず立っていた。その事に安堵し、短く息を吐く。
「……やはり慣れない武器は使いづらいな」
さほど困っていない様子でアレスが拳銃を彼に返し、軽く辺りを見回した。
「……まあいい、こちらは貴様等を殺してそこのオッドアイを連れ帰れば良いだけの話だ。あの方の為にも、この町を脅かす訳にはいかんな。——貴様等の死に場所を変えるとしようか」
自分から奇襲を掛けておいて、と反論したいのを何とか堪え、俺は目の前でこちらの返事を待っているアレスを睨み付ける。それは少し離れたところに立っているシェイド大佐やラスターさん、サイラスも同じようだった。
「——賛成だな」
重苦しく、緊迫した沈黙を破ったのは、シェイド大佐でも俺でも、勿論アレス達でもない。ソーマだった。
左手には、いつの間に発動したのだろうか、この暗い中でも解る程に淡く発光しているナトゥスが握られている。
「こんな狭い所で戦うのは貴様等も嫌だろう。その意見にだけは賛成だ。この町でないのなら、場所はどこでもいい、勝手に指定しろ」
「ソーマ……」
ソーマは微かに目を伏せる。それが、苦しそうにも寂しそうにも、はたまた悲しんでいるようにも見えた。
「これ以上、この町を下らない戦争等に巻き込んでくれるな」
有無を言わせない口調だった。言っても認めはしないだろうが、こいつは確実にこの町を、自分の故郷を案じている。
「……それでは、町の外れにある廃墟になっている教会と荒れ地の辺りにでもするとしよう。付いてこい」
あっさりと俺達から視線を外すと、アレスは堂々と敵である俺達に背を向けてガラスの破片を踏み潰しながら宿の窓から出て行った。
今まで口を閉ざしていたザクストも、それに習って宿を出て行こうとする。
「待って! 説明してよっ!!」
先程とは違う、悲痛な叫びに一度は足を止めたザクストも、何も答えずに黒いシャツの裾とベルトに括り付けているらしい青い布を揺らしながら闇に紛れて消えていった。
「——行くぞ。話ならばどこでもできる」
ナトゥスを肩に担ぎ、ソーマはそれだけを言い、宿の外へと足を進める。その背中は、今までと何も変わっていない。
「……さっさと来い、貴様等は道を知らないだろうが」
意外にもソーマはすぐに立ち止まり、こちらを振り返ってまるで俺達の事を考えてくれているような言葉を発した。
「……ここは大人しく従っていた方が良いらしいな。イーナ、辛いとは思うが行くぞ」
「……うん、……大丈夫」
イーナは辛そうに、それでも微笑んで歩き出した。服の裾を掴んでいる手が、少し離れた位置にいる俺からも解るくらいに震えていた。
「——それにしても、ソーマがこんな事を言い出すなんてな……驚いた」
サイラスもソーマと同じく、もう既に発動されているヴォカーレを軽く回しながら呟いた。
それは俺も驚いたが、この町がソーマの故郷なのだと解っているからかそこまでおかしいとも感じない。ただ、ここにいる全員は知らない筈だ。
「……ま、死神だ何だって言われてても、結局アイツも人間さ。……オレと違って」
「え? じゃあ、ラスターさんは——」
自分と違って、という言葉が指しているのは、ラスターさんが人間ではないということではないのか。
ならば、彼は何だ?
「なんてな。冗談冗談。混血種でも悪魔でもねぇよ。悪かった。……こういう状況でこそ、こういう事言ってねぇと辛いんだよ」
腰に差している長剣の柄に手を置き、ラスターさんは軽く笑って、その後すぐに表情を変えると溜め息を吐く。
「……行こう、道が解らなくなる」
「あ、ああ、解った」
サーベルを既に鞘から抜いているファンデヴは、一度俺とシェイド大佐とラスターさん、それにサイラスを見てから、イーナ達が出て行ったのと同じ場所から出て行った。
「……後で、宿の主人にも謝っておかなければならないな……準備はいいな? 行くぞ」
「謝るってレベルじゃねぇだろ、これは。……ま、責任は全部アッチに擦り付けりゃ良いだけの話だけどな」
確かに、これは宿の主人も恐怖に駆られた事だろう。突然ガラスの割れる音、それに次いで銃声だ。謝る、なんてレベルじゃない。
だが、今はそれを考えている時間はない。
俺は闇霧を持ち直すと、歩き出した三人を追った。

ソーマ達を追って着いたのは、崩れかけた古く小さな教会と、元は庭園だったと思われる草が伸び放題の空き地だった。墓は全て町にあった教会に移動したのか、一つもない。
その庭園の中心に、アレスとザクストは立っていた。赤錆の浮いている金属製の柵の傍には、ソーマとイーナの姿も見える。
「——遅かったな」
アレスは庭園に入ってきた俺達を見て、まずはそう口にした。
そして片頬を上げると目を細め、嘲るように吐き捨てる。
「貴様等は甘い。この上なく甘く、それでいて愚かだ。……何故、逃げなかった?」
明らかに見下した発言だったが、『何故逃げなかったのか』という問いは彼にしてみれば本当に不思議だったのだろう。だからこそ、問うてきた。
「そんなの決まってる、仲間だからだ。それ以外に何があるっていうんだ」
大切な仲間を見捨てて逃げるなんてこと、出来るわけがない。俺は強く闇霧の柄を握り締め、憤りに耐えていた。
「仲間、か。……下らんな、そんな物」
「何を……!? じゃあザクストは何だ!? そっちの支配者——マーヴィンはどうなんだ!」
「マーヴィン様が仲間だと? ふざけるな。あの方は私の主であり、私の生きる意味であり、私の全てだ。仲間等という馬鹿げた括りに入れるな」
アレスの目と言葉の節々には、明確な怒りと殺意がちらついていた。
「それとこいつはただの同行者だ。マーヴィン様に救われ、付いてきているのは事実だが、私には関係ない」
本当に興味がない、といった様子で彼は言い切り、横目でザクストを見る。
何かを探るような視線に耐えられなかったのか、ザクストは俯いて細く静かに溜息を漏らした。
「……本当、に……どういう事なの?」
混乱と戸惑いに満ちた声でイーナは呟き、震える手で自分の武器である鎖鎌を手にすると構える。
「ねえ……教えてよっ!」
懇願——いや、これは違う。哀願にも彼は動じず、俯いたままで左手を上げた。その手には勿論拳銃がある。その銃口の先には勿論彼女が居る。
「ザクストっ!!」
「やめろッ!!」
「……貴様か!!」
イーナがザクストを呼ぶ声、俺がやめろ、と叫ぶ声、そして——俺の横からの銃声と怒声。
そちらに視線を向ければ、そこには銃口から細く煙が立ち上っている拳銃を構えてアレスを睨み付けている
「シェイド、大佐……!?」
シェイド大佐は俺の声にも答えず、今までにない怒りを秘めた目でアレスを射抜いていた。
先程の銃弾は掠めもしなかったのか、彼は表情一つ変えずに立っている。傷はない。
「何がだ、軍人」
「……今まで、思い出したくもなかった、思い出すこともしなかった……だから忘れていた……だが、今やっと思い出した!!」
そこで気付く。先程感じた感情は怒りじゃない。禍々しく、彼には似合わないような感情、……憎悪だった。
そんなシェイド大佐とは対照的に、アレスは醒めた眼でその視線を受け止め、次の言葉を待っている。
「数年前のあの時、あの戦いで! アイツを——クヴァシルを殺したのは貴様か!!」
余りにも激しい憎悪、それでかたかたと震えている銃口の先に居るアレスは、嗤った。

男はガラスの破片が散らばっている宿の一室の中心に立つと鋭い目付きで室内を見渡し、一度舌打ちした。
「——クソッ……遅かったか。……おい」
そして、開け放たれたドアの前で立ち竦んでいる宿の主人に低く声を掛ける。主人はその声に肩を震わせると返事をした。
「この部屋にいた奴等はどこに行った?」
「は……えっと、上手くは聞き取れなかったのですが……町の外れにある廃墟となっている教会、だったと……」
どうやらあの騒ぎの中で、果敢にも現場に近づいて盗み聞きしていたらしい。度胸があるのか、命知らずなのかは解らない。
「そうか。……ならいい」
男は頷き、主人に背を向けると割れた窓の枠に足をかけた。
地面に降りるものだと思われたが、彼はそのまま器用に屋根の上へと上り、石造りの煙突の近くまで歩み寄るとそこから町全体を見下ろした。
「……あっちか。銃は解りやすくて助かる」
そう遠くはない所から聞こえてきた銃声に、そちらを向くと呟いた。
口許に笑みを形作りながら、男はコートに隠れている腰から黒い一本鞭を取り出すと一度地面に打ち付ける。
「今は助けてやるが、その次の標的はテメェ等だ。——ダーグウェッジ家の人間共」




戦闘いやあ←
戦闘難しいです先生(´・ω・`)

拍手[2回]

もうそろそろまた戦闘入るかな…戦闘難しいです(´・ω・`)
特に描写とか展開とかが。そのくせしてWantみたいな戦闘メイン書くのな!




RELAYS - リレイズ - 51 【紅茶】

ほぼ飛び込むようにして宿の扉を開けて入れば、目の前でとんでもない言い争いが繰り広げられていた。
「だーから、何でそこにばっかり拘りやがる!!」
「仕方ないでしょう、こっちは商売なんですから」
だが、声を張り上げているのは本気で切れる五秒前といった感じのラスターさんだけで、宿の店主と思われる黒に近い茶髪を顔の辺りで切り揃えている男性はポーカーフェイスで冷静に対応している。
「ラスター」
「大体なあ、こっちは客だ客!! 儲けんのが仕事なら少しはそこも折れろ!!」
「しかし、これは決まりですから」
「……おい、ラスター」
「決まり決まりってなあ、そんなモンにばっか縛られてんじゃ」
「ラスター!!」
シェイド大佐の声は宿屋中に響き、その場にいた全員——勿論ソーマは除くが、ほぼ全員の肩を竦めさせた。勿論店主も例外じゃない。
現役の軍人の怒鳴り声、それをこうも間近で聞く機会など一般人にとっては無いに決まっている。
「あ? あー、やっとかよ! お前等遅いんだよ! どれだけオレが説得すんのに苦労したか解ってるのか!?」
説得というより脅迫じゃないだろうか。あれは説得とは言えない気がする。それを言ってもラスターさんが断固として認めない事は解りきっているのだから言わないでおこう。
「……店主、すまなかった。約束通り二人を連れてきた。これでいいか?」
ラスターさんの襟首を掴んでカウンターの前から退かすと、シェイド大佐は俺達二人を指し示しながら言った。
「え、ええ……有り難う、御座います……。それでは、大部屋の方はこちらになります」
先程の怒声と全く違う落ち着いた声に、店主は呆気にとられながらもぎこちなく頭を下げ、カウンターから出てくると俺達を先導し始めた。
「……やっぱり軍人の怒鳴り声って怖いわね……」
ふと隣を歩いていたイーナを見れば、引きつった笑みを浮かべてそんな事を呟いていた。
確かにあれは怖い。俺だって怖かった。シェイド大佐のあんな怒声を聞くのは、ソーマとの手合わせで説教されたとき以来だ。
「——人数が多すぎるので、二人程別室、という事になりますが……こちらになります。それでは」
軽く頭を下げて隣を擦れ違っていく店主の背中を見送りながら室内に入る。
小さめの棚を挟んで等間隔に置かれているベッド、それに大きめのテーブルに数個の椅子があるだけの典型的な宿の部屋だった。
「……確かに二人程足りないな。ファンデヴとイーナが別室で良いな?」
軽く部屋を見渡してベッドの数を数えたシェイド大佐は彼女たちを振り返り、問いかけた。
「あ、私もそれ言おうと思ってた」
「……自分も」
二人揃って片手を上げて笑いながら答えた。確かに女性が二人だけというのもどうだろうか。
「何だよ、大部屋とはいえ男だらけの空間って……」
「何かアンタ一番色んな意味で危険そうだし」
「いや、それは酷くね? オレ常識ないように思われてる?」
「……何となく」
自分達の近くでぼやいたラスターさんの声にびしっとイーナの突っ込みが入る。しかもその直後にファンデヴの鋭い言葉が浴びせられる。それも彼が今一番聞きたくないであろう言葉だ。
何となく、ラスターさんの周りの空気が暗く淀んだ気がした。
「兎に角、もう部屋に行く——」
踵を返したイーナが床の段差につまづき、声にならない悲鳴を上げた。
誰よりも早く気付いたラスターさんがイーナの腕を掴む。それと同時に彼女の身体が強張った。
それに彼自身も驚いたのか、すぐに手を離すと微かに不安そうに眉を顰めるとイーナの顔を覗き込んだ。
「……どうしたんだ?」
「び、びっくりした……ごめん」
戸惑っている二人に俺が問いかければ、イーナは戸惑いの表情を浮かべたままで視線を彷徨わせると小声で呟いた。
「あー……悪ィ、驚かせたな。オレ昔っから冷え性なんだよ」
彼女を安心させようとしているのだろう、ラスターさんは笑いながら頭を掻くと言った。
「私こそごめん……って、あれ?」
「何だ?」
「いや……何でもない。ごめんね。それじゃ!」
一瞬怪訝そうに彼の手を見たイーナは軽く首を振ると、すぐに背を向けて部屋を出て行った。それに続いて、ファンデヴも少し振り返って俺達を見た後に出て行く。
全員が口を閉ざしたままで二人が出て行ったドアを見つめていた。
「……何だったんだ……?」
さっきのイーナはどこか不安そうというか、彼女の目には戸惑い以外の感情も浮かんでいた気がする。
「ま、そんな気にしなくてもいいんじゃねーの……っと」
欠伸をかみ殺しながら、サイラスは猫耳を隠すために被っていたらしい黒いフードを取った。それと同時に髪の色よりも若干濃色の耳が微かに揺れながら出てくる。……やっぱり慣れないな。
「取り敢えず俺はもう寝るわ」
「あーおやすみ……ってまだ夕方!」
寝る、と言って部屋の左隅に置かれているベッドに横たわったサイラスに条件反射で「おやすみ」、と言い終わってから突っ込んだ。
幾ら何でも、寝るには早過ぎる。少なくとも俺は、せめて夕食を食べてからの方がいいと思う。
「猫は寝るのが仕事とか良く言うだろ……」
「いや俺には解らない! それより夕食! どうするんだ!」
「……ヘメティ、ほっといてやれ」
自分で言うのは何だが、不毛な言い争いを見かねたのかシェイド大佐が溜め息混じりに制止をかけてきた。
もうこうなったら仕方がない、俺は気付かれない程度に溜息を漏らすと彼から視線を外した。
それから数分も経たずに寝息が聞こえてくる。……寝付きが良いにも程があるぞ。
「さて……何もすることがないな」
ラスターさんはイーナを見送った後にすぐ傍の椅子に座って何かを考え込んでいるようだし、ソーマは窓の傍に立って外を見たままで何も話そうとしない。ソーマが自分から何か雑談することはないけれど。
シェイド大佐が髪を掻き上げて口にしたと同時に、ドアがノックされた。ラスターさんが立ち上がるとドアを開け、誰かと——恐らく店主だとは思うが、数度会話するともう一度ドアを閉めた。
彼の手には、木目が綺麗な木製のトレイが持たれている。トレイの上には耐熱ガラスで出来ているらしい透明なポッドに人数分のカップが乗っていた。それに角砂糖が入っている容器も。
「店主から。何か紅茶だってよ」
テーブルにトレイを置くと、ラスターさんは手慣れた様子で人数分のカップに紅茶を注いでいく。
「紅茶?」
「そ。兄サンは角砂糖一つでいいんだよな? サイラスは寝てるから良いとして……ヘメティとソーマは何個だ?」
彼は銀色の短く細いトングのような物で角砂糖を入れていく。俺は殆ど飲まないからあまりそういうのに拘ったことはない。……どうすればいいだろうか。
「あまり飲まないから解らないんですけどね……」
「そうなのか? じゃあ二つにしておくぞ?」
微かな水音を立てて角砂糖が入れられ、カップが手渡される。熱すぎない丁度良い温度だ。あまり熱いと飲めない。所謂俺は世間で言う猫舌だ。
「オレはいつも通り入れないで良いか。……おーい、ソーマ。お前は」
「五つ」
「……え?」
「五つでいい」
提示されたその個数は、この小さなカップの紅茶一杯分に入れるには明らかに多い。
「……あ、ああ、解った」
俺とシェイド大佐が唖然としている前で、ラスターさんは戸惑いながらもしっかりと五つの角砂糖を入れていく。
ちゃんと融けるように、と付いていた細いスプーンで混ぜてはいるが、案の定しっかりと融けきってはいないらしい。そりゃそうだ。
「まだ全部融けきってねぇけど……これでいいのか?」
「構わない」
カップを受け取ると、ソーマは躊躇うことなくその常人にとっては甘すぎるであろう紅茶に口を付けた。
その直後、いつも真一文字に引き締められている彼の口許が少し緩んだ気がした。
「……にしても、何でいきなり紅茶なんか持ってきたんだろうな」
まだ十分に量が残っている紅茶のポットを見ながら、つい思ったことが口に出てしまう。
「……この町は昔から紅茶が特産品だった、恐らくその所為だ」
ソーマは早くも飲み終わったのか、既に空になっているカップをテーブルに置くともう一度窓際に立った。
「……おい、ヘメティ、あいつは甘党だったのか?」
本人に聞こえないように小声でシェイド大佐が耳打ちしてきた。
実を言うと、自分も知らなかった。……食事に関する他の事だったら知ってるんだけどな。
「いや、知りませんでした。……違うのだったら知ってます」
「何だ」
「オレも気になる」
ラスターさんとシェイド大佐の二人に同時に訊かれ、俺はソーマを横目で見る。気付いてはいないようだ。
「あまり機関の中で一緒に行動したことがないから正確には解らないんですけどね……ソーマ、ああ見えてかなりの量喰いますよ」
あの細い身体のどこに入るんだよ、と問い質したくなるくらいに喰う。一度機関の食堂で偶然隣の席になったときに見ただけだから今はどうか解らない。
「……人は見かけによらない、か……その通りだな」
「何かアイツの意外な一面見た……」
思った通り、二人とも意外だったらしく、信じられないといった表情でいる。俺も最初見たときは驚いた。
「——だが、それなら心配は要らないな」
「言われてみればそうだな。アンタの分も喰って貰えよ」
苦笑しながら言う二人の言葉の意味が解らず、俺は思わず眉を顰めた。
「そういえばまだ言っていなかったな。オレは普通に喰うと思われているようだが、かなりの小食だぞ」
「兄サンに普通の量で朝食喰わせてみろよ、腹痛でブッ倒れて寝込むから」
「……俺にしてみればそっちの方が意外なんですけど!!」
よくそんな小食なのに軍人なんてやっていられるな……俺にしてみれば、ソーマの甘党に大食いよりもそっちの方が驚いた。
「兎に角、それまでは適当に暇潰しだな」
ラスターさんは大きく伸びをすると立ち上がった。
暇潰しといっても、俺は例によって読書は苦手だ。要するに何もすることがない。
夕食の時間まであと2,3時間は普通にある。その時間をどうやって過ごすか。
街を出歩けば、またアレスとザクストに出遭う可能性も十分にある。かといって、このままで居るのも辛い。
じゃあサイラスみたいに寝たらどうなんだ、という話にもなるが、今寝たら確実に夕食を逃す。
誰かが起こしてくれればいいが、それを頼むのもちょっと、という考えが頭にある。
だが、これはもう仕方がないような気もしてくる。
「……すみません、何もすることがないので俺も寝ます。夕食の時になったら誰でも良いので起こして下さい……」
「別に良いぜ? まあ忘れたらごめんな!」
「忘れないで下さい、本気で。本気と書いてマジで忘れないで下さい」
念を押すと、俺はベッドに横たわった。そして目を覆うように腕を乗せる。
光が透ける事もない闇の中で、不意にソーマの墓石に供えられていた彼岸花が思い出された。
彼は何を思ってあれを自分の墓石に供えたのだろう。あの墓の前でも考えた問いをもう一度してみる。
だが、当然の事ながら結果は変わらなかった。解らないまま。
いっそ、ソーマに直接訊いてみようか。……それはあまりにも非常識だ。
考えている内、俺の意識は闇に落ちていった。

「——んー……あれ、ほんとに俺寝たのか……」
入ってきた光に一度目を瞑ると、俺は身体を起こしながら目を擦った。
「……あ、やべ、起きた」
そんな声に顔を上げれば、そこには引きつった笑みを浮かべているラスターさんが居た。
視界の端に見えるカーテンの引かれていない窓の外は、もうすっかり暗くなっている。
寝起きの頭で色々と整理しきれずに、未だにぼんやりとしている俺の顔をラスターさんが覗き込んできた。
「……悪ィ、起こすの忘れてた」
「……あんだけ念を押したでしょうが!! なのに何で忘れるんですか!! 大佐も起こしてくれれば良いじゃないですか!!」
もう悲鳴に誓い声を上げながら彼の胸倉を掴む。シェイド大佐にも抗議してみるが、本人は少し申し訳なさそうにしながら
「……すまない、オレもすっかり忘れていた」
「何で二人揃って忘れるんですかー!! そうだ、ソーマ! ソーマが起こしてくれれば」
「何故俺が貴様を起こさなければならないんだ」
いつも通りの冷たい声ではっきりと言い放たれ、二の句が継げなくなる。……いや、起こしてくれればいいじゃないか、それくらい。
「だーから悪かったっつーの、今度は起こすって。多分な」
「多分って、多分って……!」
もう何も言えない。俺は盛大に溜め息を吐くと手を離し、がっくりと項垂れた。
「大丈夫だ、人間一食抜いたからといって死にはしない」
「も、もういいですよ! 俺はもう今日は寝ますからね!」
「さっきまで寝てた癖に……」
ラスターさんの突っ込む声が聞こえてきたが、それは無視することにした。いちいち答えていたらきりがない。
「……まあ、オレ達もそろそろ寝るつもりだ。お休み」
「え、兄サン軍服で」
「誰が寝るか!」
軍服で寝るのはさすがにまずい、まずすぎる。いや、もしかしたら寝る人もいるかも知れないけど。
言い合っている二人の声を聞きながら、俺はもう一度横になった。

夜の大通りを、二人の男が歩いていた。それ以外に出歩いている人間は居ない。
「……そろそろ戻るぞ」
アレスは肩にかけている大きな黒い鞄を片手で支えながら、隣を歩いていたザクストに告げた。
「あ? マジでアイツ等ほっといていいのかよ」
「殺せという命令は出ていない、それ以外に理由はない」
眼帯で隠されていない右目が彼を捉え、抑揚のない事務的な口調でアレスは言った。
「命令命令ってねー……そんなに大事か?」
「当然だ。私はマーヴィン様に——」
彼の言葉を遮るようにして、無機質なアラーム音が鳴り響く。アレスは執事服のポケットから、自分の黒い携帯電話を取り出した。
「——もしもし。……はい、……——畏まりました」
数分にも満たない短い通話、それを終えるとアレスは誰も近づきそうにない路地裏に鞄を置いた。
「どうした……まさかとは思うけど、今来たってか?」
「その通りだ。命令だ、『アイツ等を探して殺せ、ただし茶髪にオッドアイの男は生け捕りに』、とな」
アレスはどこか楽しそうに言うと、軽く指を鳴らす。
「……あんな餓鬼に何の用があるのかね、マーヴィンは」
「それは私達が知る事ではない。——行くぞ」
視線の先、そして足の向かう先は、この町で一軒だけの宿屋。
そんな彼等の様子を、一人の男が路地裏から窺っていた。
「——他の奴等はどうでもいいが……アイツを殺されるのは困るな」
言いながら、男はサングラスを外すと路地裏を出た。
「……復讐、邪魔はさせやしないぜ?」




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