魔界に堕ちよう RELAYS - リレイズ - 忍者ブログ
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作業用BGM:Bad Apple!!




RELAYS - リレイズ - 64 【再度邂逅】

その三人組は、突然機関の敷地内——もとい本部の一階に姿を現した。
突然と言えば語弊があるかもしれないが、誰も予想していなかったのだから『突然』としか言いようがない。というよりも、予想できるわけがない。
真っ先に彼等の姿を発見したのは、丁度一階に訪れていたホリックだった。普段ならば研究室に籠もって何やら実験していたりするだけの彼が、珍しいことに暇潰しにと一階まで降りてきていた。
重厚な金属製の正門が突如として開け放たれる音に、彼はちらりとそちらを見る。
扉の向こうに立っているのは、恐らく姿からして男が三人。今の時刻は丁度昼過ぎの為に逆光になっていてよく見えないが、それだけは確認できた。
それにしても、誰だろうか。……いや、それよりも。どうやって彼等は入ってきた?
それなりに腕の立つ人間を門番として配置しているし、部外者はそう易々と入ってこられないような造りになっている……筈なのだが。
周囲の人間達も大半は立ち止まり、彼等を見て何やらざわついている。
誰しもが彼等を怪しがって近付こうとしない。賢い行動だとは思うが、それでは自体は何も進展しない。
ホリックは意を決し、彼等に一歩一歩ゆっくりと近付き始めた。普段ならば面倒だからとさり気なく研究室に戻ってしまうが、今日は何となくだ。所謂気紛れ。
数人程から止めろ、という制止の声が聞こえたが、構わず足を進めていく。
丁度彼等と数歩程の距離を保った所でホリックは立ち止まり、目の前にいる男達を見た。
黒いフードを纏ったその姿は、何となく魔術師にも見える。フードを目深に被っている為に顔は見えず、表情も窺えない。
「……申し訳ありませんが、どちら様でしょうか? 門番の方が居た筈——」
『居た筈ですが、どうやって入られたのですか』という彼の言葉は続かなかった。続かなかったのではなく、続けられなかったというのが正しい。
ホリックの腰の辺りから、明らかに異常である物が姿を現していた。
それは無機物で、金属で、一言で例えるならば剣の切っ先。勿論それを手に持っているのは、目の前にいる黒いフードを被った男。
男が、手に持った細身の長剣でいとも容易くホリックの身体を貫いていた。
彼の白衣に血が染み込み、赤く染まっていくのと同時に辺りから悲鳴が湧き起こる。それと同時に、フードを被っていた男達も行動を起こす。
剣を携える一人以外の男二人がフードへと手を掛ける。その内の一人は、まるでうざったくて仕方がないとでも言いたげに乱暴に取り去った。
降り積もったばかりの雪のように白い髪を持つ執事と、黒に近い茶、例えようのない色をした髪を持つ到底執事に見えそうにもない執事を引き連れた男はホリックから剣を引き抜くと、フードをぱさりと音を立てて取る。
「あんな弱い門番を配置するなんて不用心だ、って司令官に伝えておきなよ? 僕でさえ殺せたんだから」
好青年の如くにこやかな笑みを浮かべたマーヴィンは、何のことでもないように言った。

「——何が、どうなったんだ」
目の前の惨状が理解できない。何がどうなったのか、何が起こったのか、何も全く解らない。そんな俺の心境や考えている事が、そのまま口をついて出る。
シェイド大佐も、俺と同じで現状を余り理解できないのか表情を驚愕に彩ったままで絶句していた。
このフロアに研究員達の姿はない。全員避難したのか、入り口の辺りに立っている三人と俺達を除いて他の人間は一人も居なかった。
中もあまり荒らされたような様子はない。瓦礫や土煙、土埃が床を覆っている訳でもなければ家具や本、資料が散乱しているわけでもない。
それでも、この空間が異常なこと等十分に解る材料が揃いに揃っていた。
侵入者らしい三人と俺達は十メートル離れているか離れていないかといった程度の位置で互いに向き合う。
焦げ茶の長髪に赤いロングコートを羽織った青年と白い長髪に燕尾服を纏った機械人形。青年の手にはここから見ても若干色が変わっている長剣が握られている。
その足下に見覚えのある白衣姿の男が倒れているのをここまで来てやっと視認した瞬間、その驚きを塗り潰すようにして青年の声が響いた。
「……やあ、また会ったね」
不思議な響きを持ったテノールの声は反響し、鼓膜を揺さぶってくる。
「…………また会ったな、機械人形とやら」
隣から、激情を押し殺したように低いシェイド大佐の声が聞こえてくる。それは青年の後ろに立っている執事——アレスに対しての物だとすぐに解った。
そうすれば後は誰が誰かという特定は容易い。赤いコートといい『また』という言葉といい、機械人形を引き連れた人間なんて、少なくとも俺は一人しか知らないしそんな人間は一人居れば十分だ。
「久しぶり……でもないかな。改めて自己紹介しようか? そうしよう。君も覚えていないだろうし」
状況を全く理解できていないこちらの事など当然考えず、彼はほいほいと自分のペースで話を進めていく。
恐らく俺に向けられた言葉もあったが、その意味がどうも上手く理解できない。
「僕の名前はマーヴィン。君達のよーく知る大都市の支配者だよ」
「お前の名はマーヴィン、あの機械大都市の支配者だろう」
シェイド大佐の口から青年——マーヴィンと同じような言葉が吐き出される。
彼の声と自分の声が被ったことに驚いたのか、マーヴィンは僅かに目を瞠るとにこっと笑みを浮かべた。
「正解。やっぱり知らない訳がないんだよね。当然か、だって僕は……」
「あー、もう止めね? めんどくせぇ」
僕は、の後に何が続くのかは大体解るが、何やら演説を始めようとしていたマーヴィンの声を誰の物とも取れない気怠そうな低い声が遮った。
それに聞き覚えはなく、その声の主を捜してみる。
今までマーヴィンとアレスの後ろに居た所為でよく姿が見えなかったもう一人の男が、荒々しい足音を響かせながら二人を追い越して前に出てきた。
彼もだらしなく着崩しているながらも燕尾服を纏っており、マーヴィンの部下であり執事というのが窺える。アレスのように白い手袋は嵌めていない。
黒に近い茶髪を揺らしながら前に出てきた男は、黄緑に近い緑の眼を細めて口角を緩やかに吊り上げる。
「……何だ、まだ気付かないのか? まさか一週間やそこらで忘れたとか言わないよな?」
小馬鹿にしたような言い方は置いておいて、男の口ぶりからして俺達は彼に出会ったことがある、らしい。一週間前と言うと、丁度ソーマの故郷に行ったときだ。
しかし彼のような柄の悪い執事に会った記憶はない。
記憶を掘り返して今まで会った人物に男の姿を当て嵌めているとき、隣でシェイド大佐が静かに息を吐く音が聞こえた。
「……まさかとは思うが、お前は……その髪の色といい眼の色といい、あの時の宿屋の店主か?」
予想もしていなかった男の正体への予想に、俺はシェイド大佐に視線を注ぐ。こんな細かいところまで覚えていたのか、という感心のようなものもあった。俺も彼のことは覚えていたが、まさか目の前にいる男が宿屋の店主だとはそれこそ思ってもみなかった。
彼に自分の事を指され「へぇ」と男は驚いたような過人したような声を上げる。
「勘が良いな。いや、記憶力か? まあどっちでもいいんだ、それじゃあ俺も改めて自己紹介って所だ」
わざとらしく肩を竦め、彼は自分の背後を指差すと自分の名を告げた。
「俺はハウンド。そこの馬鹿で女顔で主中毒者の弟に当たる機械人形弐号機だ」
ハウンドに馬鹿——それだけではないが、悪く称されたアレスが彼に殺意を向けているのがありありと見て取れる。だがそんなのはどうでもよかった。
何故彼も機械人形であるのか。アレスのように自分の身体が無機物であるという証拠があれば話は別だが、その証拠もない。
「……成る程、大方アレスのデータを複製して人格だけを変えて新たな機械人形に、と言ったところか?」
「すげーな、流石軍人ってか? 大正解。俺はこのマーヴィン狂信者から派生しただけの代用品さ」
余りにも自虐的な言葉だった。浮かぶ笑みも禍々しく、見る者の身を竦ませるようなものだった。
ハウンドは言い終わると、燕尾服の左袖から手の甲に沿う形になる仕込みナイフを展開させるとそれで自分の右手の甲を切り裂く。
予想通りというか予想外というべきか、血は一滴も出ていない。その代わり、人工皮膚のようなものの下には鈍色に光る金属が見えた。
「……ハウンド、そこまでにしよう。そろそろ話も僕は飽きてきたんだ」
「それはお前が、だろ。アッチはまだまだ話し足りないみたいだぜ?」
「みたいだけどね。彼等はこの人を救いたいのか救いたくないのかも解らないな。今はまだ生きてるみたいだけど、このまま放っておいたら死んじゃうだろうし」
マーヴィンは長剣の切っ先で床に倒れているホリックさんをつんつんと突き、世間話でもするような軽い口調で言った。
助けたい気持ちは勿論ある。それこそ狂おしい程に。目の前で助けられもせずに死んでいくのを見るなんて御免だった。だからといって、迂闊に近付けば逆に様々な被害を大きくしてしまう可能性もある。究極の選択やら板挟みという言葉の意味がやっと理解できた気がする。
「……ああ、助けたいなら勝手に助けてくれて構わないよ。用があるのはこの人じゃないんだ。助けるっていうなら『助けたときだけは』手は出さないよ」
悪魔の囁き——とは少し違うだろうか、兎に角甘い言葉で他人を惑わすような言葉だった。それを鵜呑みに思想になった自分自身にも腹が立って仕方がない。
誰がそう簡単に敵、それも黒幕の話を信じるだろうか。少なくとも俺は信じないし、シェイド大佐だって同じだろう。
「オレ達がそれを信じるとでも思っているのか? だとすればそれは大きな誤りだ」
「うん、思ってないね。だから君達は現に迷っている。誰かが助けに来るまで、無力な子供みたいにそこに突っ立ってるだけ」
彼は言い回しがいちいち感に障るというか、こちらの神経を逆撫でするような言葉ばかりを使って話してくる。それがマーヴィンの狙いなのだという事は知っている。
「——餓鬼なのは貴様等だ」
今までに何度も聞いたよく通る声が聞こえたと同時に、一階の周りを取り囲む渡り廊下のような螺旋階段のような所から旗が風に煽られるような音が耳に入ってきた。その音と声の主はよく知っている。
「……また無茶な事を」
隣でぽつりと漏れた呆れたようなシェイド大佐の言葉に、俺も大体同意する。
彼等三人に吐き捨てたソーマはかなりの高さがある廊下の辺りから跳躍し、左手に普段通りにナトゥスを携えたまま空中にいる時点で魔術を発動させようとしているのか右手をマーヴィン達に突き出していた。
あのままではソーマも巻き添えを食う可能性が高くなる。勿論彼のことだからそんな事はしないと信頼しているが、どうしても気になるものは気になるのだ。
そんなこちらの気など全く知る由もないと言いたげに、ソーマは驚愕に頭上を見上げたままのマーヴィン達に向けて明確な殺意を持った凶器を向けた。
「——Lump oficle,」




スランプ抜けたい。

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作業用BGM:魂のソフラン、残酷な天気のせいで




RELAYS - リレイズ - 63 【急襲】

数日間、本当にゆっくりとした時間が流れていた。任務が来ないのも当然の事、目立った動きも本当にない。
ゆっくりとした時間も一日二日は楽しめた。だがそれを過ぎるとどうしても退屈、暇としか思わなくなってしまう。
しょっちゅうソーマやシェイド大佐達と手合わせをして自分の力量を計ってみたものの、退屈や暇は拭えない。
こういう時は研究班の手伝いでもすればいいとは思うが、以前一度手伝ったときに薬品の瓶を割ったりその他諸々に足を引っ張ってしまったこともあって何となく申し出ることができない。
ソーマのように読書が趣味ならば本を読む事も出来る、だが俺は——いい加減にしつこいし言い飽きたからいいか。
兎に角、俺は何もすることがなかった。
今日もまた、暇を持て余して最早恒例となってしまっている本部内の散歩をしていた。ラスターさんやサイラスのように毎日手合わせするなんてできないしそこまでの体力もない。
サイラスは手合わせし終わったらさっさと寝てしまうし。あそこまで眠りに落ちるのが早いと、逆に見ていて清々しささえ覚える。どうやって寝ているのか訊きたいくらいだ。
頭を掻くと、俺はないと落ち着かないからという理由で背負っている闇霧を背負い直した。
それから、腰にある拳銃の位置も確認する。何となく、というのだろうか。二つとも揃っていないと落ち着かない。自分でも不思議だと思う。
今度は頭を掻いた手とは違う手で口を覆い、欠伸をする。寝ている筈なのにどうにも眠気が取れてくれない。これが春なら、春眠暁を覚えずだとか五月病だとか言い訳できるが。
目に浮かんだ涙を指の背で拭うと同時に、背中に衝撃が走った。
凄く在り来たり……というか、今まで何回も経験しすぎた展開だ。数日前に、全く同じ事をされている。
振り返れば、そこにいるのは予想を裏切らないパステルカラーの水色の髪をした男。勿論それはアイドでしかない。
「……何回目だよこの展開は……!」
絞り出すように、彼を恨めしそうに睨み付けて言ってやる。本当に何回目だ、これで。
「何回目だろうなー、俺も覚えてないな」
冗談だと気付いていないのかそれとも解っている上でそんな事を言っているのか、アイドは真面目な表情で真面目に答えてくれた。これは彼の性格からして後者と考えるのが的確だろう。
それにしても、何故アイドはいつも背後から近付いてくるのか。偶然なのか故意的なのかよく解らない。
まあアイドの行動がよく解らないのは何時も通り、今まで通りだからそこまで気にしなくても大丈夫か。
そこでふと彼の背後に視線をやれば、正に『何をしているんだ』とでも言いたげな目で俺とアイドのやり取りを見ているシェイド大佐が立っていた。
「……何でシェイド大佐まで居るんですか?」
彼がアイドと共に行動している理由がどうしても分からず、俺は恐る恐る問い掛けてみる。というか、二人とも接点やら交流やら付き合いがあったのか?
「別に何も付き合いはない初対面なんだが……ただ呼ばれたからついて行っているだけだ。渡したい物があると言われてな。恐らくお前にも同じ用件だろう。……そうだな、研究員」
「いや、アイドな。まあ平たく言えばそうだな。大佐とお前に渡したい物があったんだよ」
まるで俺の心を見透かしたようにシェイド大佐は初対面だと言うことを明かし、簡潔に理由を言ってくれた。
研究員、と言われた本人はそれを速攻で訂正すると俺の肩をぽんぽんと叩いてくる。
彼が渡したい物、というのは一体何なのだろう。それもラスターさんやソーマにはなしで俺とシェイド大佐の二人だけに。到底見当も付かない。
「兎に角ついてきてくれ、あっちに着いてからじゃないと渡せないんだ」
「……あっちと言われても解るか……」
特定の固有名詞ではない言葉で言われ、アイドの背後にいるシェイド大佐は呆れ果てたように肩を落とすと諦めきったような声で呟いた。
アイドは言い残すとさっさと人の間を縫ってどこかへと歩いていく。このまま着いていかなかったら逆に自分達はアイドを捜し出せずに迷って、結局彼が渡したかった物も受け取れずに日が暮れてしまうかも知れない。
いや、日が暮れるは大袈裟か。
「……仕方がない、早くついて行くぞ。見失うなんて冗談ではないからな」
既に気持ちを切り替えているのか、シェイド大佐はアイドに習って人の波を掻き分けて進んでいく。
よく思っていたが、彼は切り替えが早いと思う。軍人だから当たり前かもしれないが。——と、思うのは俺の勝手な偏見だろうか。
そこで指向を打ち切り、俺はその雑念を振り払うように緩く頭を振る。それから顔を上げ、既に遠ざかっているシェイド大佐の後ろ姿を目指して止まっていた足を再び踏み出した。

結局、アイドについて行って到着したのは研究室だった。最初に研究室に行くと言っておいてくれれば、ここまで慌てずとも済んだものを。終わったことをとやかく言うのもしつこいだけだろうから、これは心の中にしまい込んでおく事に決めた。うん。
シェイド大佐と二人で研究室の扉をくぐり、中に入る。それから、邪魔にならない辺りに立った。
別に忙しそうな訳でもないし、何か薬品を零したり何かに引火した、といった騒ぎでもない。それもアイドが殆ど焦っていなかったのだからそのような事ではないと理解できる。
何回も言うが、ならば彼は何故俺達だけを呼んだのか。
研究室に入った瞬間に奥の方へと駆け出していってしまったアイドを待つ間、俺とシェイド大佐は手持ちぶさたでぽつんとその場に残された。
「……それにしても、何なんですかね?」
このまま黙っていれば、また重苦しい沈黙が場を支配してしまう。いや、実際は沈黙ではない。研究員達の声や物音も聞こえている。だが、自分達の間に流れるのは静寂だ。
普段からそこまで話すような人間ではない彼から口を開くのを待つよりも、自分が話を振った方が良い。そう考え、俺はそんな心の内を悟られないよう尋ねてみた。
「オレが訊きたい。予想も出来ないからな」
腕を組み、シェイド大佐はその薄い黄色の眼をこちらに向けることなく短く答える。その視線は、奥で何やら探しているアイドが居るらしい半開きの扉に向けられている。
自分も彼と同じだ。何なのか全く予想できない。
それから数分経ってから、やっとアイドが扉の向こうの倉庫らしき部屋から姿を現した。
その手には、何やら黒い箱がある。大きさとしてはそこまで大きな物でもない。小さめのクッキーの缶程度のものだ。
「いやー、悪かった。見付けるのに手間取ってなー。何で俺あんな所入れたんだろ」
いや、そんな事言われても知らないぞ。
照れたように笑いながら現実離れした水色の髪を掻き上げ、アイドはその黒い箱を何故だか俺に差し出してくる。
「……何で俺?」
「何となく」
何となくなんて理由にならないだろう、どれだけアバウトな理由なんだ。
それでも差し出されてしまった手前受け取らないわけにもいかず、渋々それを手に取る。
箱の重さに、俺は思わず眉を顰めてしまった。大きさとしてはそこまで大きくないのにずっしりと重いそれは、金属を思い起こさせた。
これを開けてもいいのか、とアイドに目線で訊いてみれば、彼は笑顔のままで頷く。
その肯定を確認してから、中に入っているものを弾みで落としてしまわないように蓋を開けた。
中に入っていたのは、最早見慣れてしまった何の変哲もないただの銃弾。それがしっかりと整頓して並べられていた。弾数は恐らく百は軽く越えている。
「……銃弾か。こんな平凡な物を渡す為だけに呼んだ訳ではない。……そうだろう?」
シェイド大佐は箱の中から一つの銃弾を摘むとそれを数秒ほど観察した後にそれを箱の中に戻すとアイドに視線を注いだ。
「勿論。数日前の報告の事知って速攻で作ったんだよ。——機械人形でも撃ち抜けるような奴を」
それこそ不敵な、と表すのが的確だろう笑みを浮かべた彼は言い、銃弾を手に取るとそれを空中に放ったり受け止めたりを繰り返す。
「普通の銃弾なら殆どダメージも負わせられないだろ? 機械人形に対しては貫通する程の殺傷力。勿論普通に使うこともできるから汎用性も高い。確か銃を持ってたのは二人だけだったからな」
確かに、普通の銃弾を雨のように受けて尚アレスは直立不動のままだった。当然と言えば当然の事だ。それに彼は痛覚がないのを良いことに堂々と鎌の刃や刀身を堂々と手で受け止めてくる。
「成る程、それでオレとヘメティだけが呼ばれたという事か」
シェイド大佐は得意げに話すアイドに納得したように頷く。これで何故俺達だけが呼び出されたのかという謎が解けた。
「そういう事。それじゃ、是非活用してくれよ。それと突貫作業みたいなモンだったからその弾数しか作れなかったけど、後々数は増やすつもりだからな。もう銃に入れておいてくれて構わないぜ?」
彼の最後の一文を聞いたシェイド大佐が、突然その場に跪く。何かあったのかと視線を注いでみれば、彼は自分の軍服のベルトに手を掛けていた。
「……大佐?」
「……銃に入れておいて良い、という事は『全ての銃』と取って大丈夫だろうな?」
「あ? ああ、大丈夫だ。全部に入れておいて大丈夫だ。……つっても、そんなに持ってる訳じゃないだろ?」
一度手を止め、彼はアイドを見上げて尋ねる。尋ねられた本人は何のことでもないように頷くと表情を崩して笑った。
持っていても三、四丁程度だろう。そういえばシェイド大佐はライフルも使っていたが、最近は拳銃ばかり使っている気がする。
そんな数丁程度、という俺とアイドの予想を、彼は悉く裏切ってくれた。
シェイド大佐が軍服の上着を脱ぎ、軽く手を入れて何かを掻き出したかと思えば研究室に響く金属同士が擦れ合う音。それが彼の持っている短銃やら拳銃から発せられている物だと気付くのに数秒ほど時間がかかった。
彼の前には黒光りする銃器が山を作っている。それだけでは飽きたらず、シェイド大佐は更に腰のホルスターからも拳銃を取り出した。
「……これで全てだ。ヘメティ、箱を貸せ」
「……大佐、どれだけ持ってるんですか……」
金属の塊が作り出す山を見て、俺は若干引きながらも箱を渡して訊いてみる。アイドは唖然として何も言えずにいた。
十丁なんて物ではない。その倍程度はある。一体これだけの銃器をぶら下げてどうやってあんな身軽に動いていたのか。
「数えたことが無いから正確には解らないが、二十丁近くはある……だろうな」
だからどうやってそれだけの重量で行動していたんですか。そんな俺の更なる問いは言葉になることはなく、そのまま胸の中で消えていく。
兎に角、言えること……もとい思ったのは『軍人って凄いんだな』という事。偏見が入っているかも知れないが、シェイド大佐に対してこう思ったのは事実だ。
彼に習って、自分も銃に弾を込めていく。すっかり圧倒されてしまったらしいアイドは呆然と突っ立っているだけで、何も言葉を発そうとはしない。
俺が弾を込め終わってからも、シェイド大佐は黙々と全ての銃に弾を入れ続けている。その姿は内職をしているようにも見える。そこでふと彼の特技である裁縫と洋裁を思い出し、案外似合うのかも知れないと思い直す。
「……大佐、手伝いますか?」
「いや、大丈夫だ。そろそろ終わる」
その言葉通り、数分と経たずにシェイド大佐は全ての銃に弾を込め終わった。箱の中の銃弾は七、八割程なくなっている。
彼はそれをまたもや黙々と適当に羽織った軍服の上着、その元あった所にしまい込んでいく。それも終わってから、彼は漸く短く息を吐いてアイドを見た。
「感謝する。これでかなり戦況も変わりそうだ」
「ハハッ、そりゃ何よりだ」
彼が笑いながら言い終わった瞬間、耳を劈くような警報が鳴り響いた。
殆ど俺も聞いたことがない警報音に、一瞬にして空間全体が緊張感を持つ。シェイド大佐は既にどこから取り出したのか短銃を片手に持っていた。
「何、だ……!?」
どこからか僅かに悲鳴やざわめきも警報音に掻き消されそうになりながらも聞こえてきて、その声に自分の心が焦燥感で満たされていくのを感じる。
「……この状況で考えるなら……侵入者、と考えるのが妥当だろうな。階下から派手な銃声も何も聞こえないとなると……相手は数人、か」
この状況でも冷静に思考を巡らせて推測を述べるシェイド大佐の姿を、俺はこんな状況だというのに呆然と見つめる。
何故そこまで冷静に考えられるのだろう。自分ならば、情けないことだがそんな事はできそうにない。絶対に焦って、自分から飛び出していってしまうに違いない。
やはりこれは経験の差、なのか。
「——非戦闘要員は避難通路があるのならそれで避難しろ。オレは勿論下に行く。良いな、『研究班班長』」
「だからアイドだ。……ああ、解ってるさ。死ぬなよ」
短く言葉を交わしてから、アイドは残っている研究員達に指示を出すために踵を返した。
「……訊くまでもないだろうが、お前はどうする」
アイド達と共に逃げるか、それとも彼と下に行って戦うか。それをシェイド大佐は問うているのだとすぐに理解できる。
考えている暇もないし、考える意味もない。逃げるなんて真似はしたくないし、彼を、仲間を一人で行かせたくはなかった。
「……行きます。……逃げたくないんです」
もうこれ以上逃げていたくない、目を背けていたくない。だからこそ、自分は戦う事を選んだ。
俺の答えを聞き、シェイド大佐は「解った」と短く肯定を示すとすぐに踵を返し、研究室の扉へと向かっていく。
背中に背負ったままの闇霧を鞘から引き抜き、それを肩に担ぐと俺も彼の後に続いて足を踏み出した。




そろそろ本気で更新速度を速めないと。
テイルズバトンやりたいのにできないよ…浮かばないよ…orz

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作業用BGM:初音ミク ローリンガール




RELAYS - リレイズ - 62 【暇】

あの後、俺はすることもなく歩き回っていた。端から見ればただの暇人だ。実際暇だったのだから、その表現は間違っていないと思う。
恐らく皆は既に自分の部屋に戻っているらしく、一人も姿が見えない。アイドやホリックさん達も、まだ話が終わっていないようだった。
そうなると、もうすることがない。だからといって部屋に戻って寝るのもどうかと思ってしまう。
頭を掻きながら、俺は堂々巡りに近い思考を繰り返していた。色々と考えすぎて頭痛がしてきそうだ。ただでさえ時折頭痛に襲われるしデジャヴだって感じているのに。
と、そこでふと以前自分でも感じたことを思い出した。
俺は記憶喪失、それは確かだ。だが記憶を失った原因が未だに不明。俺が覚えていないのだから仕方がないが、これがまた奇妙なのだ。
頭部に強い衝撃を受ければ記憶が飛ぶという事もあるようだったが、俺の場合は頭部に傷があるわけでもない。要するに、そのような衝撃で失ったという訳ではないらしい。
それに頭が痛むといっても表面上で痛むような、傷が痛む感じではない。頭の奥底から何かが響いてくるような、そんな感じだ。
最近はないからいいものの、頻繁に起こっていた時期は地獄だった。鎮痛剤だって効きやしない。結局何もできなかったから周囲の人間にかなり迷惑を掛けた、何て事を懐かしく思う。
考え事をしながら歩いていた所為か、無意識の内に俺の足は色々なところをふらふら彷徨っていたらしい。
先程とは明らかに違う景色、それに入れ替わり立ち替わり変わっていく人混み。
白衣を着た研究員が圧倒的に多いが、その他にも話をしたこともない魔術師達や能力者達らしき人間も居る。本当に本部には人が多いのだと再認識させられた。
階段を宛もなく、リズムに乗って上っていく。この行動に意味はない。もしかすれば、ただ階段の上り下りを繰り返している変な人間にも見える……かもしれない。俺だって今の自分のような行動を取っている人間が居たらそう思ってしまいそうだ。
そこまで考え、自分の行動が周りから見れば異常すぎる事をやっと悟る。幾ら暇だからってこれはない。
俺は元来た道を戻ろうと踵を返しかけるが、視界の端を掠めた何かに動きを止めた。
ちらりとそちらに視線を向ければ、そこには活字、それこそ本当に飾り気のない活字で『談話室』とだけ書かれていた。ダグラスさんの司令室の前にある看板とは大違いのシンプルさだ。
そういえば、談話室というものがあるのは知っていたが訪れたことはなかった。というか、来る理由も見当たらなかったというべきだろうか。
アイドとならば研究室で立ち話する程度で十分だし、ソーマは勿論気軽に話すような人間でもない。数えてみれば、案外気軽に話せる人間は少なかった。
丁度暇だったからと理由づけて、俺は何の気なしに談話室へと足を向ける。躊躇することもなく、看板と同じ簡素な両開きの扉を開けた。
談話室はやはり多くの人間が出入りする為か、かなり広々としていた。とはいっても、予想通り人が多い所為でそこまで広く見えないが。ただ、広さはある。
多くはそのまま立ち話をしているが、やはり座る為に所々にソファやテーブルも置かれている。中には簡素な椅子だけが置いてある場所もあった。
談話室、というよりは集会所を喚起させるその中を、これまた宛もなく突き進んでみる。誰か知り合いに出会ったら話せばいいし、もしも誰も見当たらなかったらそのときこそ戻ればいい。
目にかかる前髪を適当に手で払い、地面に落としていた視線を水平に戻す。
それと同時に、見慣れた後ろ姿が目に飛び込んできた。
黒いジャケットに黒いスラックス、その黒に良く映える焔のようなと表すのが的確だろう長い赤髪。俺が知っている赤髪の人間なんて殆どいない。おかげで、すぐに誰なのか特定できた。
ファンデヴはその手に何かを持って、誰彼構わず——というのは失礼かも知れないが、会った人全員に何らかを尋ねているようだった。
彼女は手に持っているものを見ながら俺の方へと歩いてくる。どうやら、まだこちらには気付いていないらしい。
「……ファンデヴ、どうしたんだ?」
声を掛けてみれば、ファンデヴはやはり今気付いたと言わんばかりの表情で顔を上げ、俺を見てきた。
「……いや、ただ少し、訊いて回ってた。これだけ人が居れば、一人くらいは知ってるんじゃないか、って」
その言葉の意味が一瞬解らなかったが、彼女の手にあるものを見てすぐに理解できた。
最初に俺に会ったときにも訊いてきた、今現在行方不明になっている自分の兄についての事だろう。
ファンデヴは少し古いと思われる程度の写真を無言で俺に差し出してくる。見てくれ、という事だろうか。
素直にそれを受け取り、目を通してみる。それには殺風景な白い壁を背に立つ一人の男性の姿が写っていた。
彼女とは違い、暗い赤……それこそ、表現が悪いかも知れないが血のような色をした赤髪をオールバックにしている。長髪らしく、肩には低い位置で一まとめにした髪が垂れていた。服装は、それこそ社員達が着るような黒スーツ。白いシャツのボタンは第二ボタンまで開け放たれ、青いネクタイを緩めに締めている。
格好は別に特別な物ではなかったが、彼の整った顔には表情が浮かんでいなかった。彼女とは若干違うらしい色合いの目は普通の人間の目にあるような光ではなく、何か別の感情で輝いている。
ファンデヴの兄である彼のそんな風貌に、目を奪われていた。美しい物に惹かれるような感じではなく、恐ろしい物から目を離せないような感覚に似ている。
「……2,3年前の写真だから殆ど役に立たないかもしれない、けど。……知らない?」
「え? あー……悪い、知らないんだ。悪いな」
気付けば食い入るように見つめていた事に気づき、俺は顔を上げるとそれをファンデヴに返す。
彼女はそれをジャケットのポケットに入れると、短く息を吐いた。口には出していない物の、やっぱりかと思っている事がありありと解ってしまい、更に何となく申し訳なくなってしまう。
「……なあ、その……お兄さんってどんな人だったんだ?」
気紛れでこんな事を訊いていいものかどうか若干悩んだが、どうしても訊いてみたかった。彼がどのような人間だったのか。彼がどのような人柄だったのか。
ファンデヴは怪訝そうに見返し、傍にあった椅子に座った。丁度空いていた隣に俺も腰を下ろす。
「どんな……何て表せばいいのか、解らない。……ただ、自分は兄さんを救えなかった」
抽象的すぎる言葉でどういう意味なのか聞き返したかったが、彼女が悲しそうに目を伏せた事もあり訊くことができなかった。他人の傷を抉るような真似はしたくない。
「……ああ、ごめん。気にしなくて良い。上手く教えられないんだ」
そんな俺の心境を察してくれたのかそうでないのか、ファンデヴは片手を上げて言ってくれた。彼女なりの気遣い、と取って大丈夫だろうか。
気にしなくていいと言われても、やはり少しでも気にしてしまう。これが俺の性分なのだと自分でも解っている分タチが悪い。直したいが、この不安症じみたこれはどうしても直せないらしかった。
突然ファンデヴが音も立てずに立ち上がる。それに若干ではあるが驚きながら彼女を見上げれば、ジャケットの襟を正していた。
「……そろそろ自分は戻るけど、どうする?」
ファンデヴは恐らく、本当に自分の兄のことを訊く為にこの談話室を訪れたのだろう。誰もが知らないというのなら、最早彼女は居る理由もないと考えているようだった。
俺も、別に話したい相手もいない。暇潰しの為に入っただけで、何の理由もなかった。
「俺も戻る。誰も居ないし、部屋に戻ってホントに寝るか何かする」
寝るのは別にいいが、夜中に眠れなくなる可能性もある。できれば違うことが良いが、例によって俺は読書嫌いだ、何もすることがない。
それでも、ただ暇を持て余すよりはマシだろうと考えての結論だった。寝る。これでいい。
俺の答えを聞いてから頷いたファンデヴの後ろに付き、俺も談話室を出る。まだ耳に大勢の人間の話し声が残響のように残っていたが、気にしない。
「それじゃあ、また。……多分、明日も会う」
「そう、だな。……また明日」
彼女の言うとおり、恐らく明日も自分はファンデヴと顔を合わせるのだろう。
俺は軽く手を振ると、ファンデヴとは別方向にある自室へと足を向けた。

ある程度の広さがある部屋の中心に、二人の男が立っていた。
一人は赤いロングコートを羽織った青年、もう一人が黒い燕尾服を着用した男。男は青年に添い従うように傍に立っている。
二人の間に会話はなく、静寂だけが室内を包んでいる。時折男が銀色の懐中時計で時刻を確認する以外、目立った動きもない。
そんな静寂を破ったのは、荒々しく扉が開け放たれる音だった。その残響に被さるようにして、この場に似付かわしくないとも思える足音が響く。
不機嫌そうに足音を立てながら歩いている張本人である男もまた燕尾服を身に纏っていたが、雰囲気は燕尾服などという服を着る人間とは思えないようなものだった。
「——今回は遅れなかったのか、貴様にしては珍しい」
皮肉を交えてアレスが言い、慣れない燕尾服をまだ気にしているらしい男に嘲笑を向ける。馬鹿馬鹿しい、と言わんばかりに。
「ハッ、黙れよ女顔」
酷く不釣り合いな、子供じみた反論だった。アレスは子供臭いと理解しているのに反応しそうになる身体と自分を恨んだ。ここで軽くやり過ごせればいいが、どうにも自分はそうできないらしい、という自嘲も。
男は黒に近い茶髪を揺らしながら、隣にいる青年に眼をやる。
「……何も変わってねぇな、マーヴィン」
喉の奥で笑い、まるで小馬鹿にするように声を掛ける。世界の支配者と言っても過言ではない地位に居る人間に対する態度ではなかった。それでも男には、敬う気すらない。
「君もね、ハウンド」
そんなハウンドに気を悪くした素振りも見せず、マーヴィンはにこにこと笑みを浮かべた。その笑みはどこか作り笑いのようで、真意が読めない不確かなものだった。
全く気分を害したように見えない自分の主にアレスは心配そうな視線を向けるが、それにも彼は笑っているだけだ。
「……で、今回は車で移動するんだっけか。めんどくせぇな。……ま、しょうがねーか」
「解っているのなら文句を言うな」
「……どうして君達は会えばいつもそうなのかな。別に良いけど」
嫌味のような皮肉のような。そのマーヴィンの呟きは彼等二人には幸いと言うべきか届かなかったらしい。会えばいつもいがみ合う二人。こうなったのは恐らく自分の所為だと解っているからか。
「——さて、もう無駄話は終わりにしよう」
白い革手袋を嵌めた手を軽く叩き、彼は未だに続いている——それどころか逆に激しさを増しているアレスとハウンドの口喧嘩を強制的に打ち切った。
それで途端に口喧嘩を止めた二人に笑みを深め、マーヴィンは鮮血のように赤いコートを翻して歩き出す。
「さあ、行こうか。……彼等に教えてあげないとね」
今までの戦いが、単なる序曲に過ぎなかった事を。




次の次辺り書きたいよ^p^

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何か目次まとめるのが怠くなってきt(ry




RELAYS - リレイズ - 61 【偽り】

司令室のソファに座り、俺達はダグラスさんと向き合っていた。
普通ならば司令官は椅子に座って、俺達はその前に一列に並んで報告するのだろう。だが、何故かそのスタイルを彼は取ろうとしない。別にそれで何か問題が起こるというわけでもない為、もう黙認している。
「——成る程、奇襲か」
ダグラスさんは苦々しく呟き、ポットを手に取り紅茶をカップに注ぐと角砂糖を一つ落とし、数回スプーンでかき混ぜてから口を付けた。
「……迂闊だったとしか言い様がない。……これは僕の落ち度だ。申し訳ない」
カップを置いて俯いたダグラスさんに、俺は頭を振って否定する。
彼に罪はない。あの状況で緊張感もなしにふらふらと歩いていた自分達の責任だ。アレス達と接触した時点であの町を出ていれば、こんな事にはならなかった筈だ。
逃げる時間、猶予は十分にあった。それなのにそれをしなかった俺達が悪いのは明白だった。
「……それでも、良く生きていてくれた」
顔を上げてふっと微笑んで、彼は言ってくれた。彼がこのような状況で、このような話の時に冗談を言ったりしないという事はよく知っている。
今俺達が生きているのは、恐らくアレスとザクストの二人と戦っている時にアノードが割り込んできた事も影響しているのだと思う。予測もしていなかった乱入者、それは彼方も考えていなかった筈だ。
「……どうやら、今回の事から解釈するにアッチも本格的に皆を確実に始末する為に動いているみたいだね。……さて、これからどうするか」
これからどうやって動けばいいのか、ダグラスさんは思案する為に口を閉ざす。誰も口を開かず、ただ静寂だけが司令室を包んでいく。
ちらりと皆を見てみれば、俺の横に座っているソーマは何を考えているのか紅茶のカップに大量の角砂糖を放り込んでいるし、サイラスは何も言わずに身じろぎもしないまま……だが、彼の頭の上にある猫耳だけが時折動いている。
かと思えばラスターさんは心此処に在らずといった風にぼんやりとしているし、ファンデヴは何時も通り何を考えているのか解らない。イーナは先程から紅茶のカップを手に持ったまま。見ただけで考えていると解るのはシェイド大佐だけ、だった。
勿論皆も何か考えているのだろうから別にそこを気にしたりはしないが。
「——しばらくは、余り動かない方が良いだろうな。それだけは確かだ」
シェイド大佐が口を開き、ダグラスさんの目を見据えてはっきりと口にする。やはり軍人というだけあって、こういう部分は判断に長けている。
「動かずにいれば、その間に色々と作戦も立てられる。これからの動きも考えやすい。……どうだ、司令官」
「……僕も、それがいいと思っていた。しばらくの間、何もせずに居よう。その間に、今後どうするか考える。……これでいいかな?」
俺を含めて、誰も反対する人間は居なかった。ダグラスさんとシェイド大佐の言っている事は正論だし、丁度俺もそう考えていたところだったから。
「しばらく僕は何もしない。この間にゆっくり休むか鍛錬をするかは君達の自由だ。……ただし、絶対に本部の外に出ないように」
彼は俺達に釘を刺し、残っていた紅茶を一息に飲み干した。だからといって乱暴という訳でもなく、どこか優雅さが漂っているように見えた。
「それじゃあ、もう戻って良いよ。——ああ、そうだ」
そこで思い出したように声を上げたダグラスさんに、ソファから立ち上がろうとしていた全員の動きが止まる。そrめお見事なまでに全く一緒のタイミングで。
「……ヘメティ、君だけは少し残ってくれ」
いつものあだ名ではなく普通に名前を呼ばれ困惑するも、俺は黙って頷いた。あだ名を使えるような話ではない、という事に違いない。
何を話されるのかは解らないが、気を引き締めておくに超したことはない。
「じゃ、オレ達は先に戻ってるぜ?」
「あ、解りました。それじゃあ、また後で」
ラスターさんに軽く手を振り、ぞろぞろと司令室を出て行く皆の背中を見送る。
サイラスはあんな話をした直後だと言うのに既に眠そうにしていた。後ろ姿からそれが解るのかと問われれば、肯定する。うつらうつらと舟を漕いでいるのだからすぐに解った。
全員が司令室から出たのを見計らい、ダグラスさんはこちらを振り向いた。
「……突然すまない。ただ、どうしても言いたくてね」
ぎこちなく笑い、彼は司令官が座るべき椅子へと腰掛ける。思えば、彼がその席に座っているのを見るのは本当に久々だった。
いつも普通にソファに座っているから忘れかけていたが、本来司令官であるダグラスさんが座るのはその席だ。
「……何、ですか?」
彼が身に纏う雰囲気が普段とは違うことを感じ取り、妙に不安になる。恐る恐るといった風に、それを尋ねてみる。
「いや、そこまで……大したことじゃないんだ」
大したことじゃない、とは到底思えない。だが、それをしつこく食い下がって追求するわけにも行かず、俺はただダグラスさんの次の言葉を待った。
「君は一度あちら側に捕らえられそうになった身だ。今回は良かったものの、今後どうなるか解らない。……兎に角、用心してくれ」
「……はい」
彼は普段とは違う真面目な光を帯びた目で俺を見据え、はっきりと固い口調で言った。
言われなくても、そうするつもりだった。どうなるか解らないのだから、用心するのは当然のことだ。
それでも、まだ解らないことはある。
「それにしても、何で俺だけ捕まえようとしたんでしょうかね?」
何気なしに俺が口にした瞬間、ダグラスさんの表情が強張った。見たこともない、所謂狼狽と呼ばれるような物だった。
「それは……——解らないね」
少しの間をおいて、ぽつりと彼が漏らす。どこか堅苦しい、演技のような響きを持っている言葉だったが、これ以上訊くことも出来ない。彼の纏っている雰囲気が、そう告げていた。
俺は頭を掻き、首を傾げる以外にできることがなかった。
「さ、ヘメ君ももういいから。引き留めてしまってすまなかった」
今まで通りの微笑と声音で言われ、思わず頷く。もうこれ以上訊いてもダグラスさんは話してくれないだろうと、心の何処かで悟っていた。
「……失礼しました」
俺は頭を下げると扉を開け、司令室を出た。
扉を閉めて息を吐いたのとほぼ同時に肩を叩かれ、僅かに肩を震わせる。誰だと思いながら振り返れば、そこにはアイドが悪戯っぽく笑いながら立っていた。
「よっ、ヘメティ」
「何だアイドか……って、やっと俺の名前覚えたのか?」
今までオッドアイとしか呼ばなかった彼がまともに自分の名前を呼んだことに、俺は少なからず感動を覚えていた。自分の名前を覚えて貰えた、という達成感が胸を満たしていく。
「別に覚えてなかったんじゃなくて、あえてアッチのあだ名で呼んでただけなんだけどな?」
「なっ……覚えてないとか忘れたとか言った癖に!」
まさか、今までの言葉が嘘だったというのだろうか。だからといって別に構わないが、やはり腹が立つ。
彼の白衣の襟を掴んで訊けば、アイドはただ笑っているだけだった。
「ま、いいだろ。今度からはちゃんと呼んでやるから。それじゃ、俺等は司令官に用があるから、じゃあな」
俺等、ということは他にも来ているのだろうかと思い辺りを見回せば、丁度アイドの後ろに隠れるようにしてホリックさんが立っていた。
長い灰色の髪を揺らしながら彼はアイドの後ろから出てきて、俺に微笑んできた。その微笑みはやさしいものだったが、その目は『今まで気付かなかったなんて酷いですね』と冗談無しに語っている。気迫が半端じゃない。
「気配を殺すのは得意ですが……まさか戦う人間にまで通用するとは思っていませんでしたよ」
含み笑いをしながら、ホリックさんは眼鏡を指で押し上げる。それだけを言い残し、彼はさっさと司令室に入ってしまった。
「アイツの嫌味は気にしなくていいぜ? どうせ冗談だろうから。それじゃ、今度こそな」
アイドは短く切られたパステルカラーの水色の髪を掻き上げながら、ホリックさんの後を追って司令室へと足を踏み入れた。
どんな話をするのかは少し気になったが、そこまで気にする必要もない。どうせまた研究班に何か妙なものでも作らせるつもりなんだろう。ダグラスさんの思考回路から行けばそうなる可能性が高い。
一度司令室の扉に目を向けてから、その場を後にした。

「——司令官、またですか?」
紅茶を啜り、アイドは呆れたように、それでいて悲しそうにダグラスへと言った。
向かいにはホリックがソファに腰を下ろしており、ダグラスは司令官の座るべき椅子に腰掛けている。
彼は何も言えず、ただ細く長く溜め息を吐いた。
「……そろそろ、言うべきなんじゃないですか」
普段のアイドからは想像も付かないほどに真面目な固い声で、彼は呟く。その表情は苦しげで、酷く辛そうだった。
「……解っている。……解って、いるんだ……他の皆も、薄々気付いてる。恐らく、ソーマはもう完璧に感付いていると考えていい」
頭を振り、ぼそぼそとダグラスは絞り出すようにして言葉を紡いでいく。
「やっぱり、ですか。……アイツは、昔から勘も良いですからね」
まだその頃は少年と呼べるかも知れない年齢だった頃に、アイドは機関に保護されたソーマと出会った。その頃から、彼が他の人間とは違う事をアイドは見抜いていた。
「後々気付いて絶望するよりも、今言ってしまった方が彼の為にもなると思うんですが、ね……」
ホリックは苦々しく言い、全てを吹っ切るかのようにカップに注がれていた紅茶を全て飲み下した。
「……俺が思うに、アイツはそこまで精神が弱くはないと思うんですよ。絶望しても、それを乗り越えられると……俺は、信じてます」
アイドに返事をすることもなく、ダグラスは立ち上がると机の上に置いてある金属光沢を発する物体を手に乗せる。手の平で軽く包める程度の小さなものだった。
それを握り締め、彼は目を伏せる。
「僕は未だに解らない。このままでいいのか? 彼はこのままで幸せなのか? ここで真実を告げてしまった方が、楽になるんじゃないかって」
「……そんなの、俺だってアイツの顔見る度に考えてますよ」
男三人が同時に溜め息を吐く司令室という空間は、陰気で重苦しくまとわりついてくるような空気に満ちていた。
いつもの明るさなどどこへやら、全員が頭を抱え、苦悩している。
「——彼は何も悪くない。……彼に罪はないんだ……」
呟いたダグラスの声は弱々しく、僅かに震えていた。物体を握り締める手も、声と同じく震えている。
「だからこそ、言う事も必要なのでしょう。……先日やっとまともな会話をした私よりは、あなた達が言った方が……彼の為にもなる筈です」
自分は、真実を告げる程に彼と関わっては居ない。ホリックはそのような意味を込めて、アイドとダグラスに向けて静かに話した。
「……でも、まだ……まだ、時間が欲しい。——こうしていれば、ずっと先送りにしてしまうのは目に見えているのに……」
最早ダグラスの声には涙が混じっていた。それでも頬に涙が伝うことはなく、言葉を詰まらせることもなかった。
アイドはもう一度大きく溜め息を吐き、髪を掻き上げる。
「もう一度、考えてみた方がいいですかね。……司令官も、俺達も」
脱力したように肩の力を抜き、彼はホリックとダグラスを見る。彼等も、言葉には出さずにいるものの同じ考えだった。
今ここで互いに言い合っていても、堂々巡りになるだけなのは目に見えている。
結局、自分達は何もできない無力で覚悟も何もない人間なのだと、三人は否が応にも理解してしまっていた。
「……わざわざ呼んだのに、すまない。……今日は、もういい」
ぽつりと漏らしたダグラスに、二人はまだ何か言いたげだったがソファから腰を上げる。
「——失礼、しました」
その言葉だけを残しホリックとアイドが司令室を出たのを確認してから、ダグラスは大きく息を吐いた。まるで、何かに必死に耐えていたかのように。
指をゆっくりと開いて今までずっと握り締めていたものを見る。余程強い力で握り締めていたのか、手の日は赤く痕がついていた。
「……外さない方が、良かったのかもしれないね」
シルバーのリングに同色の細長い長方形のネームプレートがついたそれを見つめ、彼は何を今更言っているんだと歯噛みし、顔を歪める。
それを机の上、元あった場所に置くとダグラスは紅茶のカップを片付ける為に席を立った。




伏線はあえてバレバレ、それが俺。
何気に五七五とかwww

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まさかここまで続くとは。




「——ハウンドか。丁度こちらも処理が終わった所だ」
アレスは片手で携帯電話を持ち、もう片方の手で頬に飛んだ液体を拭い取る。
不機嫌さを隠そうともしない電話の相手に心の中で盛大に溜め息を吐く。こちらだって連絡を取りたくて取っている訳ではない。仕方がないから取っているのだ。
「……相変わらず皮肉屋だな、貴様は」
苦笑混じりにそれだけを言うと、言い終わったそのタイミングで電話が切られた。届いたかどうかは解らないが、届いていても届いていなくとも別に構わない。所詮これはただの一言二言交わすだけの雑談だ。
「……私の修理費といい宿の修理費といい、またこれで出費がかさむな。……後は一人の人間をデータから消すだけ、か」
我が主にどう説明すればいい。自分の故障はそこまで重大な物ではないから良い。いざというときの為に代用のボディもある。
だが、宿の修理費が必要ですなんて事を言ったらどうなると思っているんだ。
そんな思いを込めて肩を竦め、アレスは携帯電話をパタンと音を立てて閉じながら、数メートルも離れていない所に倒れている男を見遣った。
「死因は……あれだけ葛藤していた貴様の事だ、自害が一番偽るとしては妥当だろうな? 丁度銃もある」
銃弾によって撃ち抜かれてしまったらしく焦げ付いた穴が空いているメモ帳を取り出すと、彼はどこか気品漂う動きで付属のボールペンを走らせた。
「『ザクスト=フェスレイン 死亡 死因は拳銃による自害』」

RELAYS - リレイズ - 60 【隠し事】

車にがたがたと揺られながら、俺はまだ夜の明けきっていない外を見た。
あの後すぐに電話を掛けて快く応対してくれたダグラスさんには本当に頭が下がる。……というか、普段ダグラスさんはいつまで起きているのだろうか。もしかすれば徹夜というわけではなくただの早起きかも知れないが、まさかこの時間に迎えを頼んで普段通りに了承して貰えるとは思っていなかった。
運転手も、眠そうな素振りは全く見せない。
そんな今の状況を一言で表すと、沈黙。誰も一言も喋らない。喋ろうとしているのかすら解らない。
サイラスは車に乗ってからすぐに後部座席の端で座ったまま寝てしまった。ファンデヴは彼を呆れたように見ているが起こすようなことはしない。イーナも、俺と同じく窓の外を見たまま。
ソーマが喋らないのはいつも通りだとして、シェイド大佐とラスターさんが一言も言葉を発さないのが一番不思議だった。シェイド大佐はまだしも、ラスターさんならば何か喋っても良さそうな物だ。
そう考えているのだが、彼は合流してからずっと無表情で黙ったままだった。それも無理して表情を押し殺していると表すのが的確だろう物で。
以前から思っているし言っている事だが、俺はこういう沈黙が苦手だ。重苦しい空気も苦手だ。
身体にのしかかってくるような、息が詰まるような感覚。苦手というよりは……嫌い、嫌いだ。
だからといって自分から何か話題を振ることもできない。結局、俺はこういうところでも臆病なのかもしれない。誰か何か話せと心の中で念じるだけだ。
「……おい」
泣きたくなる程の沈黙を破った低い声がソーマの物だと気付くのに数秒の時間を要した。彼から口を開くなんて本当に珍しい。いつもなら話している俺達を見て黙れとしか言わないのに。
ソーマに目をやれば、彼は何故かこちらを見ていた。その濁ったような深い青の眼に俺が映る。
「……貴様等は何も疑問に思わないのか?」
「どういう意味だよ? アレスの事なら信じるしかないだろうし、アノードなら——」
「違う」
途中で否定の言葉を投げられ、俺は口を止める。では、何だというのか。
「貴様だけを捕らえろという命令の事だ。それ以外に何がある。……とことん呑気だな」
嘲笑うような響きを持った声で言われ、俺はようやく何のことを言っているのか理解した。今までそれ以上に衝撃的なことが起こりすぎていた為に忘れてしまっていたが、そこも重要だ。
何故俺だけを捕らえようとしたのだろう。普通ならば俺もソーマ達と同じく殺そうとするだろうし、俺を逝かす理由が見当たらない。
「……確かにそれはオレも気になってはいた。……ソーマ、お前は何か思い当たる事でもあるのか?」
「ない。……予想ならばあるがな」
シェイド大佐の問いに対し間髪入れずに否定すると、彼は呟く程度の声で意味深な言葉を吐いた。
「……予想? 何だ?」
皆意味が汲み取れなかったのか、俺を含めたほぼ全員がソーマに聞き返した。サイラスだけは寝ているから自動的に除外となる。
「言う程の物ではない。貴様等全員、薄々気付いているだろうからな」
ソーマはそう言っているが、俺には何のことなのか全く見当も付かない。他の皆はどうだろうか。
全員が、何かを考え込むように俯いている。何か思い当たる事がある、という雰囲気だった。
「も、もしかして何も思いつかないのって俺だけ……なのか?」
「……貴様はただ目を背けているだけだ。考えろ」
恐る恐る問いかければ、いつになく刺々しい口調で返された。何かソーマの気に障るようなことでもしてしまったのかと不安になり、俺はたまらず彼から視線を外す。
目を背けている、というのはどういう事だろうか。ソーマもかなり抽象的な言い方をする。何か違う意味が隠されているのかも知れない。まるで謎解きだ。
シェイド大佐やラスターさん辺りに訊いてみたいとも思うが、今の二人は今までになかった……雰囲気、と表せばいいのだろうか、どこか『今は話しかけるな』といった風の空気を纏っている。
イーナは、今はそっとしておいた方がいいと俺は考えている。下手に話しかけるのも駄目だろうと考える俺が居る。
……となると、今普通に話せそうなのはファンデヴ一人だけか。彼女の話し方にも癖があるが、話せないという程でもないから大丈夫だ。
「……なあ、ファンデ」
「解らない」
「そんな即答するなよ、まだ何も言ってないだろ?」
名前さえ呼び終わらない内に否定され、俺は溜め息を漏らすと抗議してみる。何もそこまですぐに答えることはないじゃないか。
「何が言いたいのか解る。……ただ、余り気にしすぎても駄目、少し心のどこかに置いておくだけでいい、と思う」
ファンデヴは俺を見て微笑み、そう答えてくれた。要するに、明確な答えは分からないがこうしておけばいいんじゃないかという方法の提示だ。
「解った。有り難う」
彼女に礼を言い、座席に座り直す。
再度訪れた沈黙をどうすることもできず、俺は窓の外に視線をやる意外にすることがなかった。
あと1,2時間もこの重苦しい空気に押しつぶされないようにするのは至難の業だが、これは頑張るしかない。
流れていく景色を見ている内、俺は眠りに落ちていった。

突然大きな揺れを感じ、反射的に目を開く。それと同時に視界が揺らぎ、俺は車の窓ガラスに頭を打ち付けた。強打という程ではないが痛い。
何故急にこんな揺れを感じたのだろうかと車内を見渡せば、丁度機関前に着いたところだったらしい。
もう少し丁寧に駐車してくれると有り難いと思いながら、俺は車を降りる。車のなかではまだ明けきっていなかった夜も既に明け、朝日が降り注いでいた。
寝起きの所為か、まだ頭がぼんやりしている。霞む視界を確保する為に目を擦り、数度瞬きをすると目の前にある毎回恒例の長い階段を見た。
「……さすがに大した睡眠もなしに上るのは……きついな」
どうやらシェイド大佐達は一睡もしなかったらしい。……いや、もしかすれば眠ることができなかったのかも知れない。彼等は何か思い悩んでいるようだったし、それも当然といえば当然だ。
「し、仕方ないんですよ……行きましょう」
こればかりはどうしようもない。本部の立地条件からしても。まさかヘリで迎えに来て貰うわけにも行かない。
盛大に溜め息を吐き、シェイド大佐やラスターさんは階段を上っていく。ソーマはいつの間に上っていたのか、もう中間地点の辺りに居る。サイラスは未だに眠そうだが、それでもしっかりとした足取りをしている。
それを見ながら、階段の一段目に足をかけた。

結局、本部の正門前に着いたのは車を降りてから30分以上経ってからの事だった。本当にどうにかならないのだろうか。どうしようもないことは解っているが、そう思わずにはいられない。
息を切らしながら、黒い鉄製の正門を開ける。そこで、内部への入り口の前にダグラスさんらしき人影が立っていることに気付いた。
「——おかえり、皆。……何か息切れてるけどどうしたの?」
「あ、あの長い階段の所為ですよ……!」
普段通りのおどけた様子で訊いてきたダグラスさんに、俺は絞り出すようにして反論する。確かに今までは少し息を整えてから内部に入っていた。彼にしてみれば、そんな俺……俺達か? 俺達が息切れしながら帰ってくるのは不思議なのかも知れない。
「あー、成る程ね。やっぱり小型のヘリコプターでもあった方が良い?」
「是非そうしてくださいお願いします」
彼の言葉が終わるか終わらないか、という所で俺はまくし立てる。そうしてくれると本当に有り難い。
「まあそれは後で検討するとして……どうだった?」
ベガジールに行ってみてどうだった、というニュアンスを含んだ質問に、俺を含めた全員が沈黙する。アレスとザクストに襲撃を受けて、その後にラスターさんとシェイド大佐の生き別れである兄弟が出てきたなんて、どうやって説明すればいいのか解らない。
「……それが……なぁ……」
言いづらそうに言葉を濁したラスターさんを見て何かを察したのか、ダグラスさんは数秒程思案すると顔を上げた。
「……それじゃあ、司令室で話そう。何があったのかは知らないけど、そっちの方が話しやすいだろう」
「……有り難う、御座います」
「いや、僕も寒いし立ち話は面倒臭い」
礼を言った直後にこれか。俺達の緊張を解く為だろうとは思えるのだが、如何せん彼が言うと冗談に聞こえない。本当にそう考えていてもおかしくない。半分冗談で半分本気、半々といったところだろうか。
それは置いておいて、だ。ダグラスさんは、もう既に本部の両開きの扉を開けてしまっている。
ここで立ったまま呆然としていても何にもならない。俺は一度皆の方を振り向くと、後を追って歩き出した。




最近更新ペースが鈍いな。

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BGM:ドイジェドイジェとパラジクロロベンゼン




RELAYS - リレイズ - 59 【謝罪】

僅かに震えた声が辺りに反響する。
いつもの彼からは想像できないほどに弱々しい声で、ラスターはシェイドに全てを告げた。その表情は、悲しんでいるようにも苦しんでいるようにも、怯えているようにも見えた。
シェイドは聞き終わった後、驚愕に瞠目するでも、涙を流すわけでもなく彼の目を見据えていた。
「……それで、全てか」
無理に感情を表に出さないようにしているのがすぐに解る程の単調な声で訊いてきたシェイドに、ラスターは小さく頷いた。
彼の肯定の後、シェイドは暫く何も言わずに黙っていたが、不意にラスターが話し出した時からずっと掴んだままの手を離すとその手で彼の頬を叩いた。
勿論少しでも手加減はしているのだろうが、それでもまさか平手打ちが来るとは予想もしていなかったラスターは驚愕と恐れが入り交じった目でシェイドを見返す。
やはり怒らせてしまったのか、という後悔も混じっているように思える目を見据え、シェイドは彼の頬を叩いた手を下げた。
「——ラスター、オレが怒っているのか解るか」
静かだが確かな怒りを秘めた声で言われ、ラスターが言いづらそうに口を噤む。その様は、親に叱られた子供のように思える程弱々しかった。
俯いたままで答えないラスターに、シェイドは諦めたように溜め息を吐いた。
「……別に、オレはお前がそんな身体になった事に対して怒っている訳ではない」
顔を上げた彼を見たシェイドの目には、先程までの冷たい光など何処にもない。代わりに宿っているのは、ただ純粋な悲しみだった。
「……何故その事を、オレに言ってくれなかったんだ」
彼がシェイドに言った事が、とてつもなく言いづらい事だということは容易に解る。それでも、何故言ってくれなかったのだという疑問がシェイドの頭の中に浮かんでいた。
だからといって、ラスターにこれを問うても答えが返ってこないことも理解していた。理解して尚問いかけてしまったのは、心の何処かで『もしかしたら話してくれるのでは』という希望を抱いていたからかも知れない。
だが、予想外というべきか予想通りと言うべきか、はたまた案の定か、ラスターは何も言わずに黙っているだけだった。
シェイドは困ったように溜め息を吐くと、右手に白い革手袋を嵌め直す。
「……もういい、話してくれただけでも良かった、悪かったな」
「っ、違う……! 謝るべきなのはアンタじゃねぇ、オレだろ!? 何で責めないんだよ!」
「責める理由がない。それだけだ。……解ったか?」
ラスターはまだ何か言いたげだったが、服の裾を強く握り締めると口を閉ざした。
「——ラスター、一つ言っておく。……いや、約束しろ」
改まって言われ、ラスターは若干まだぎこちないながらも、ほぼ普段通りに首を傾げる。そんな彼の様子を見て、シェイドは安心したように目を細めると言った。
「お前がオレの弟であることに変わりはない。……ただ、今回の件で今まで通りに過ごせなくなるというのは不快だ」
遠回しではあれど、ラスターは兄の言葉の裏に秘められた優しさを感じ取っていた。
シェイドは、ラスター自身が告げた事柄を気にするなと、全てを許しているのだ。
「……ああ、解ったよ」
肯定すると、ラスターは口許を緩めた。それは乾いた笑いだったが、シェイドはそれを見届けると歩き出した。
「——さて、行くとしようか」

アレス達から逃げてきた方向とは逆から迂回して町を目指したおかげか、途中で彼等に会うこともなく無事にベガジールへと辿り着いた。
途中に背丈の高い草が生い茂っていたりとかなり通り抜けるのは大変だったが、誰か一人がはぐれたりといったこともなかった。
後ろを振り返ってみるが、まだシェイド大佐とラスターさんは来ていないらしい。余程長く重要な話だったのだろうか。ただ、あの二人ならば道に迷ったりといった事はないだろうから安心できる。
兎に角、町の入り口で待っていた方がいいのだろうか。それとももう俺達だけで宿屋に行って謝罪すればいいのか。謝るとはいっても、どんな風に謝ればしっかりと誠意が伝わるのか解りづらい。
ここでシェイド大佐が居れば、その言葉を教えてくれただろうに。生憎、この場にいるのは眠たそうにしているオッサンと真面目そうではあるが無口に近い女性、それに未成年が俺を含めて三人だ。
ならば二人を待った方が良いとも思うが、ここで待っている内に大事にまで発展しかねない、という考えもある。
「——で、どうするんだ? あの二人を待つのか? ここで」
今にも舟を漕ぎそうなサイラスの怠そうな声に、俺は答えることができなかった。
「……別に後から来るって言ってたんだし、待って無くてもいいんじゃない? 時間ももったいないし」
確かに時間ももったいない。このまま朝になればどうなるか解った物じゃない。尤も、あれだけ派手な音がしたのだから住人達は全員気付いているとは思うが。
「もう先に行こうぜ、さっさと終わらせて俺は寝てぇんだ」
「……そういう理由?」
サイラスの頭を軽く叩き、ファンデヴは呆れたように言った。
寝たいからというのは解る。睡眠は人間の三大欲求だ何だと言われていた気がする。……いや、サイラスにもそれは起用されるのか? 彼はあの廃館の地下で『自分が人間じゃない』と口にしていた筈だ。
いや、彼の場合猫耳というだけで他は人間と変わらない。ならば他は人間と同じなのか? ……まずい、混乱してきた。
ふと顔を上げれば、ソーマもサイラスも皆町の中に入っていくところだった。結局待たずに入るらしい。
「お、おい! 置いていくな!」
一瞬自分だけでもここにいるべきかと悩んだが、結局俺は遠ざかっていく皆の背を見て焦って走り出した。

「——本当に、申し訳ありませんでした!」
宿の瓦礫の中で呆然と立ち尽くしていた店主に向けて、俺は精一杯の謝罪と共に頭を下げた。
こんな言葉だけじゃ足りないのは見て解る。だが、俺にはこれしか言葉が浮かばなかった。こんな時、シェイド大佐やダグラスさんだったらどうしたのだろう。
「修理費はこちらが負担するので……すみません」
勢いでそんな事を口走ってしまった。機関からどうにか出せない物だろうか。いや、出せなくても必死で頼み込んでみよう。……うん、それしかない。
おかげで背中に殺気にも似た視線が突き刺さってくる。それが怖くて怖くて仕方がない。恐らくこの視線は主にソーマの物だろうか。
「いえ、大丈夫ですよ。ご心配なさらずに。あなた方に罪はないのは解っていますから」
まだ少し驚愕や狼狽が入り交じった混乱が抜けていないらしい店主は、それでもにこやかに笑みを浮かべて言ってくれた。どこまで優しいのだろう。何か裏があるんじゃないかと思ってしまう。
「……あのまま弁償等という流れになっていたらどうするつもりだ、少しは考えろ」
「わ、悪かった……でもああ言う以外にないだろ」
一オクターブほど低くなった声でソーマに言われるが、ならどう言えばよかったのか教えて欲しい。俺にとっては混乱要素が揃いに揃っているこの状況でどう言えばよかったのか。もしかして、これは皮肉や嫌味になってしまうだろうか。
礼を言いもう一度頭を下げようとしたとき、背後から二人分の足音が聞こえてきた。一つは乱れることのない規則的な足音、もう一つは乱れてはいないもののどこか力強いような足音だった。
聞いたことのあるその音に振り返れば、暗がりの中からシェイド大佐とラスターさんがこちらに向かって歩いてきていた。
「——すまない、遅くなった。終わったか?」
何も変わらない様子で訊いてきたシェイド大佐に、曖昧ではあれど返事を返す。厳密にはまだ終わっていないのかもしれない。
それにしても、二人とも何も変わっていない。俺が気付いていないだけなのだろうか。いったい何の話だったのかは気になるが、それを訊く権利はない上失礼だ。
「……店主、迷惑をかけたな」
「これくらいは平気ですよ。泊まりに来てくれる人間も少ないですし、時間は有り余るほどあります。修理に時間はかかりませんよ。……それに、狙われているのならすぐに出発した方がいいでしょう、じきに夜も明けますから」
もうここまで来ると涙が出そうだ。ここまでいい人が現実にいるなんて考えたこともなかった。
それは兎も角、店主の言うとおりだ。すぐにここを離れた方が良い。
「……解った。それでは、すまないがオレ達はここで失礼させて貰う。……有り難う」
俺達に向き直り、彼は短く「行くぞ」とだけ言うと足早に歩き出した。もうこれ以上、店主に迷惑を掛けたくないという気持ちの表れかも知れない。シェイド大佐が、関係のない他人を巻き込むのを嫌う人間だというのは知っている。
誰もそれに対して何も言わないまま、彼の後を追って歩き出す。
俺は一度店主を振り返ると軽く頭を下げ、それから皆の後を小走りで追った。

ヘメティ達が闇に紛れ見えなくなるまで、店主は人の良い微笑みを浮かべていた。
だが、彼等の姿が見えなくなった瞬間、店主の顔から笑みが消え失せる。それこそ仏頂面や三白眼といった表情になり、彼は舌打ちすると黒いズボンのポケットから黒い携帯電話を取り出した。
迷うことなく一つの番号を押し、店主は先程とは打って変わってドスの利いた低い声を出す。
「……俺だ。こっちはお前みてーな奴と連絡なんざ取りたくねーんだがな。……アイツ等は戻るらしいぜ?」
相手に吐き捨て、ヘメティ達の歩いていった方向を見遣ったままで呟く程度の声で言った。その言葉遣いと声は、およそ好青年とは思えない。
「まあいい、俺はどうせここに居るだけだ。……必要とされてるお前と違ってな。せいぜい『あの方』の護衛でもやってやがれ、必要とされてる分、な」
そこまで一息に言い切ると、店主は相手の答えも聞かずにさっさと通話終了のボタンを押した。相手と話したくないというのがありありと見えている。
「……修理費はマーヴィンから貰ってくりゃいいか。『身内』だからって派手にブッ壊しやがって」
パキパキとガラスの破片を踏む音を聞きながら、店主という仮面を取り去った男は宿屋だった建物へと足を進めた。




頑張ったけど上手く書けてはいないかね。

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今更だけど、リレイズの綴りがこれで合ってるのか不安だ。
しかも消えたよばーかばーか!!




RELAYS - リレイズ - 58 【中断】

アノードが闇に紛れて消えていったのを見届けてから、シェイド大佐は安堵にも似た溜め息を漏らしラスターさんへと向き直った。
「……立てるか、ラスター」
僅かに呻き声を上げ、ラスターさんは自分に差し伸べられた彼の手を取るとふらつきながら立ち上がった。
ラスターさんの白いシャツは所々切り裂かれており、少しだけだが赤く染まっている。腕にも切り傷があったが、そこまで深くなかったのかもう既に血は止まっていた。
最初は綺麗なパステルカラーの水色だった筈のエプロンは土や血、砂で汚れてしまっている。
彼はエプロンの汚れを悲しそうに、残念そうに見つめてがっくりと肩を落とした。
「悪ィ、兄サン。これ汚しちまった。洗濯しても落ちづらいだろうな、こりゃ……折角アンタが作ってくれたのに」
「別に良い、布さえあればいつでも作ってやる。そもそも、汚したくないなら戦う前に脱げばよかっただろう」
「……はい?」
二人の会話の意味が解らず、俺は思わず間の抜けた声を上げてしまった。
ラスターさんの言葉を簡潔にまとめれば、彼の着ているエプロンはシェイド大佐が作った物……ということだろうか? いや、まさかそんな筈はない。仮にも軍人、しかも大佐の彼が洋裁なんてしない筈だ。
「どうした?」
「い、いや、どういう事なのかなー、と……」
何度か言葉を詰まらせてしまったが、やっとの思いでそれだけを口にする。
俺が何を言おうとしているのか、何に驚いているのかがやっと理解できたらしく、シェイド大佐は納得したように声を上げた。
「要するに、オレがエプロンを作ったりといった事ができるのが意外だったということか?」
「そうですそうです、っていうかシェイド大佐何なんですか!? どういう事なのか教えて下さいよ!」
俺の掴み掛からんばかりの勢いに押されたのか、彼は少し驚いたように目を見開くと俺を手で制してきた。
さっきから何が何だか、色々なことが起こりすぎてはいないか。アレス達の奇襲にしろ、アノードにしろ、シェイド大佐にしろ。
「落ち着けヘメティ。これはただ単に、オレの特技が洋裁と裁縫というだけの話だ」
考えていたまさかという予想が見事に的中していた。してしまっていた。
彼が裁縫をしている姿なんて想像できない。どうしても想像できない。というか……似合わない。
「昔っから手先は器用だったもんな、兄サンは」
「お前も器用だろう。何丁もの拳銃を一度に整備するなんてオレには到底無理だ」
茶化すように言ったラスターさんは、できる限りでも汚れを落とそうとエプロンを手で払う。だが、少し土や砂が落ちた程度で、汚れは未だに残ったままだ。
どうやっても汚れが落ちないことを悟った彼の顔が曇る。
シェイド大佐の言ったことも気になったが、それも洋裁や裁縫の話によって思考の外へとはじき出されてしまった。
「……似合わないと思ったか?」
ふっと微笑を浮かべたシェイド大佐の表情は、以前にもこれと同じようなことを言われたことがある、と言っているように思えた。
「え、いや、その……」
「別に気にしなくていい、よく言われる」
何と答えたらいいものか、と思案している内に彼に言われ、俺はただ項垂れて「すみません」と小さく謝罪するのが精一杯だった。
「……人は見掛けによらないのね」
鎖鎌をしまい、気付かない内に俺の後ろに来ていたイーナが小声で呟く。
宿屋でシェイド大佐が言った『自分は小食だ』という言葉よりも、ソーマの甘党大食い説よりも、何よりもこれが意外だった。勿論、他の物も意外と言えば意外だったが、ここまで衝撃を受けた物はない。
「——兎に角、この話は後々ゆっくりするとしよう。もし良ければ、その時にでもお前達の服のほつれた部分でも直してやるぞ?」
会話を打ち切ったシェイド大佐は、最後若干得意げに付け足した。
もし彼が良いというのなら是非やって貰いたいが、生憎俺は丁度良くほつれている服なんて持っていない。シェイド大佐の裁縫の腕がどれくらいのものなのか気になるが、仕方がない。
「……それにしても、どうするんだよ? あのド派手にブッ壊された宿に戻って謝りに行くのか?」
「まずはそれが先になるんじゃないですか? さすがに謝りに行かないのも……」
謝ったところで許されるような事じゃないのは解っている。だからといって、謝らずにこのままというのも駄目だ。結局の所、許す許さないは別として、俺達には宿に戻って謝罪するという選択肢しか残されていない。
「しゃーねぇな、めんどくせぇが戻るか。……その後はどうなる?」
サイラスは欠伸をすると、目に浮かんだ涙を指の背で拭い言った。頭の上にある猫耳が、それに合わせて微かに揺れる。
その後は恐らく、もう一度機関に戻ることになる。元はと言えば、あの廃館を出たらそのまま戻る予定だったのだから。
ただ、ベガジールに来たのはソーマの要望だ。もしかすれば、彼は俺達に言わないだけで何か用事があるのかも知れない。そうなれば、事を決める権利はソーマにある。
「……ソーマはどうしたいんだ?」
離れたところにいる、唯一アノードに武器を向けていなかったソーマに向けて問いかけてみた。
「……別に、用はない。勝手にしろ。俺はただあの町が気になったから見に来ただけだ」
言い終わると、彼は手に持っていたナトゥスの発動を解除する為に短く詠唱する。青白く発光していた巨大鎌は青白い光の粒子となり、空気中に舞いながら消え失せた。
結論からすれば、この後急いで宿屋まで戻り謝罪、その後機関に戻るという形になる。
俺だけでなく他の皆も納得したらしく、もう既に動き始めている。確かに一緒に行動しては居たが、この切り替えの速さは少し驚きだった。
「——ああ、すまない。お前達は先に行っていろ。オレは少しラスターと話す事がある。すぐに追いつく。……来い、ラスター」
シェイド大佐は何のことでもないように言うと、ラスターさんのシャツの襟首を掴むと片手でずるずると引っ張っていく。
「あ!? ンだよ兄サン! やめろって!」
彼のそんな叫び声が聞こえたが、シェイド大佐は立ち止まることなく木が生い茂っている茂みへと歩いて行った。
俺達には聞かれたくない話なのだろうか、そうでなければあんな所で離れて話す意味がない。
「……ま、アイツ等の事はアイツ等に任せるとしようぜ。んじゃ、行くとするか」
「大丈夫だと思うし、ね。それに、早くしないと夜が明ける」
ファンデヴもサイラスに同調し、もう一度大きく欠伸をしている彼の背中を軽く叩くと歩き出した。
先程からやけにサイラスは眠たそうにしているが、一体どうしたというのか。訊いてみたいが、まさか猫だから等と言われてしまってはどう反応すればいいのか解らない。ここは訊かないでおこう。
「……にしても、ソーマの奴何だって言うんだろうな。不思議な奴だ。何かこの町に思い入れでもあんのかね」
独り言のようにサイラスは言うと、ベガジールに来たときのように既に遠くに居るソーマの後ろ姿を見る。全身を黒で固めているソーマは、未だに明けない夜の闇の中に溶け込んでいる。彼の銀髪だけが、辛うじてぼんやりと見えていた。
サイラスやファンデヴ達は、あの町がソーマの故郷だということを知らない。それを言おうとした瞬間、先にイーナが発言した。
「……あの町が、あいつの故郷か何かなんでしょ?」
「な……イーナ、何でそれを知ってるんだ?」
俺はイーナに話したつもりもないし、ソーマが彼女に話すとも思えない。そもそも、ソーマが自分のことを話すこと自体が稀だ。ならば、何故彼女は知っている?
「え? 女の勘で。……何てね。あんな行動取ってたら、誰でも解るわよ」
悪戯っぽく笑い、イーナは歩く速度を速める。
誰でも、とは言うものの、彼女の観察眼が他人よりも鋭いことは今までの事で知っている。あの廃館での戦いの時、アーシラトが回避の時に必ず右足から踏み出すという事を真っ先に見抜いたのもイーナだ。
サイラスとファンデヴが驚いているのを見ながら、俺も歩く速さを早め、ソーマの後を追った。

「——で、何だって言うんだよ、兄サン」
ラスターは、目の前のシェイドを見据えて不服そうに言った。改まって話すことは何もない。それなのに何故こんな所で話さなければならないのだろう。
シェイドは無表情に彼の目を見返した。それは無表情ではあれど、無理に感情を押し殺していると表すのが正しいような表情だった。
「……お前、何を隠している」
低い声で問われ、ラスターは微かにだが確かに眉根を寄せる。
「……何のことだよ」
「惚けるな。……何だ、オレから言わないと解らないか?」
「ああ、解らねぇな。オレが何を隠してるっていうんだ」
シェイドは静かに息を吐くと、右手の白い革手袋を外した。軍人にしては綺麗な傷一つ無い手が晒される。
そして外した手袋を軍服のポケットに無造作にしまうと、無遠慮にラスターの手首を強く掴んだ。
「痛ッ……何なんだよっ!」
「……やはり冷たいな、まるで氷だ」
冷たい光を宿した目を細め、シェイドは刻み込むように、確かめるように呟いた。
『冷たい』、その言葉をラスターが聞き取った瞬間、彼の肩が何かに怯えるように震える。
「それに、ある筈の物も感じない。先程のは間違いではなかったらしいな」
アレスと戦っている際に感じた違和感、ラスターの手首に触れた瞬間に感じた違和感。それが間違いではなかったことに、シェイドは少なからず『驚愕』していた。
「何、を……」
先程までの強気な様子など消え去り、ラスターは掠れて震えた声を喉の奥から絞り出した。
未だに白を切ろうとする彼に、シェイドは苛立ちを露わにすると手首を掴んでいる手に力を込める。
「……言え、何を隠しているのか。……そして、お前の身体の事も、全てだ」
有無を言わさぬ口調、それは兄として、家族である弟に向けるものではない。軍人としての、明らかな『命令』だった。
もう言い逃れはできない、そう悟ったラスターは、辛そうに目を瞑ると口を開いた。
「……言いたく、なかったんだよ……誰がこんな事言えるかよ……」
「何……?」
ラスターは今にも泣き出しそうな表情でシェイドを見ると、話し出した。




今回はさくさく進んだよ!

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