魔界に堕ちよう 60話っと 忍者ブログ
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まさかここまで続くとは。




「——ハウンドか。丁度こちらも処理が終わった所だ」
アレスは片手で携帯電話を持ち、もう片方の手で頬に飛んだ液体を拭い取る。
不機嫌さを隠そうともしない電話の相手に心の中で盛大に溜め息を吐く。こちらだって連絡を取りたくて取っている訳ではない。仕方がないから取っているのだ。
「……相変わらず皮肉屋だな、貴様は」
苦笑混じりにそれだけを言うと、言い終わったそのタイミングで電話が切られた。届いたかどうかは解らないが、届いていても届いていなくとも別に構わない。所詮これはただの一言二言交わすだけの雑談だ。
「……私の修理費といい宿の修理費といい、またこれで出費がかさむな。……後は一人の人間をデータから消すだけ、か」
我が主にどう説明すればいい。自分の故障はそこまで重大な物ではないから良い。いざというときの為に代用のボディもある。
だが、宿の修理費が必要ですなんて事を言ったらどうなると思っているんだ。
そんな思いを込めて肩を竦め、アレスは携帯電話をパタンと音を立てて閉じながら、数メートルも離れていない所に倒れている男を見遣った。
「死因は……あれだけ葛藤していた貴様の事だ、自害が一番偽るとしては妥当だろうな? 丁度銃もある」
銃弾によって撃ち抜かれてしまったらしく焦げ付いた穴が空いているメモ帳を取り出すと、彼はどこか気品漂う動きで付属のボールペンを走らせた。
「『ザクスト=フェスレイン 死亡 死因は拳銃による自害』」

RELAYS - リレイズ - 60 【隠し事】

車にがたがたと揺られながら、俺はまだ夜の明けきっていない外を見た。
あの後すぐに電話を掛けて快く応対してくれたダグラスさんには本当に頭が下がる。……というか、普段ダグラスさんはいつまで起きているのだろうか。もしかすれば徹夜というわけではなくただの早起きかも知れないが、まさかこの時間に迎えを頼んで普段通りに了承して貰えるとは思っていなかった。
運転手も、眠そうな素振りは全く見せない。
そんな今の状況を一言で表すと、沈黙。誰も一言も喋らない。喋ろうとしているのかすら解らない。
サイラスは車に乗ってからすぐに後部座席の端で座ったまま寝てしまった。ファンデヴは彼を呆れたように見ているが起こすようなことはしない。イーナも、俺と同じく窓の外を見たまま。
ソーマが喋らないのはいつも通りだとして、シェイド大佐とラスターさんが一言も言葉を発さないのが一番不思議だった。シェイド大佐はまだしも、ラスターさんならば何か喋っても良さそうな物だ。
そう考えているのだが、彼は合流してからずっと無表情で黙ったままだった。それも無理して表情を押し殺していると表すのが的確だろう物で。
以前から思っているし言っている事だが、俺はこういう沈黙が苦手だ。重苦しい空気も苦手だ。
身体にのしかかってくるような、息が詰まるような感覚。苦手というよりは……嫌い、嫌いだ。
だからといって自分から何か話題を振ることもできない。結局、俺はこういうところでも臆病なのかもしれない。誰か何か話せと心の中で念じるだけだ。
「……おい」
泣きたくなる程の沈黙を破った低い声がソーマの物だと気付くのに数秒の時間を要した。彼から口を開くなんて本当に珍しい。いつもなら話している俺達を見て黙れとしか言わないのに。
ソーマに目をやれば、彼は何故かこちらを見ていた。その濁ったような深い青の眼に俺が映る。
「……貴様等は何も疑問に思わないのか?」
「どういう意味だよ? アレスの事なら信じるしかないだろうし、アノードなら——」
「違う」
途中で否定の言葉を投げられ、俺は口を止める。では、何だというのか。
「貴様だけを捕らえろという命令の事だ。それ以外に何がある。……とことん呑気だな」
嘲笑うような響きを持った声で言われ、俺はようやく何のことを言っているのか理解した。今までそれ以上に衝撃的なことが起こりすぎていた為に忘れてしまっていたが、そこも重要だ。
何故俺だけを捕らえようとしたのだろう。普通ならば俺もソーマ達と同じく殺そうとするだろうし、俺を逝かす理由が見当たらない。
「……確かにそれはオレも気になってはいた。……ソーマ、お前は何か思い当たる事でもあるのか?」
「ない。……予想ならばあるがな」
シェイド大佐の問いに対し間髪入れずに否定すると、彼は呟く程度の声で意味深な言葉を吐いた。
「……予想? 何だ?」
皆意味が汲み取れなかったのか、俺を含めたほぼ全員がソーマに聞き返した。サイラスだけは寝ているから自動的に除外となる。
「言う程の物ではない。貴様等全員、薄々気付いているだろうからな」
ソーマはそう言っているが、俺には何のことなのか全く見当も付かない。他の皆はどうだろうか。
全員が、何かを考え込むように俯いている。何か思い当たる事がある、という雰囲気だった。
「も、もしかして何も思いつかないのって俺だけ……なのか?」
「……貴様はただ目を背けているだけだ。考えろ」
恐る恐る問いかければ、いつになく刺々しい口調で返された。何かソーマの気に障るようなことでもしてしまったのかと不安になり、俺はたまらず彼から視線を外す。
目を背けている、というのはどういう事だろうか。ソーマもかなり抽象的な言い方をする。何か違う意味が隠されているのかも知れない。まるで謎解きだ。
シェイド大佐やラスターさん辺りに訊いてみたいとも思うが、今の二人は今までになかった……雰囲気、と表せばいいのだろうか、どこか『今は話しかけるな』といった風の空気を纏っている。
イーナは、今はそっとしておいた方がいいと俺は考えている。下手に話しかけるのも駄目だろうと考える俺が居る。
……となると、今普通に話せそうなのはファンデヴ一人だけか。彼女の話し方にも癖があるが、話せないという程でもないから大丈夫だ。
「……なあ、ファンデ」
「解らない」
「そんな即答するなよ、まだ何も言ってないだろ?」
名前さえ呼び終わらない内に否定され、俺は溜め息を漏らすと抗議してみる。何もそこまですぐに答えることはないじゃないか。
「何が言いたいのか解る。……ただ、余り気にしすぎても駄目、少し心のどこかに置いておくだけでいい、と思う」
ファンデヴは俺を見て微笑み、そう答えてくれた。要するに、明確な答えは分からないがこうしておけばいいんじゃないかという方法の提示だ。
「解った。有り難う」
彼女に礼を言い、座席に座り直す。
再度訪れた沈黙をどうすることもできず、俺は窓の外に視線をやる意外にすることがなかった。
あと1,2時間もこの重苦しい空気に押しつぶされないようにするのは至難の業だが、これは頑張るしかない。
流れていく景色を見ている内、俺は眠りに落ちていった。

突然大きな揺れを感じ、反射的に目を開く。それと同時に視界が揺らぎ、俺は車の窓ガラスに頭を打ち付けた。強打という程ではないが痛い。
何故急にこんな揺れを感じたのだろうかと車内を見渡せば、丁度機関前に着いたところだったらしい。
もう少し丁寧に駐車してくれると有り難いと思いながら、俺は車を降りる。車のなかではまだ明けきっていなかった夜も既に明け、朝日が降り注いでいた。
寝起きの所為か、まだ頭がぼんやりしている。霞む視界を確保する為に目を擦り、数度瞬きをすると目の前にある毎回恒例の長い階段を見た。
「……さすがに大した睡眠もなしに上るのは……きついな」
どうやらシェイド大佐達は一睡もしなかったらしい。……いや、もしかすれば眠ることができなかったのかも知れない。彼等は何か思い悩んでいるようだったし、それも当然といえば当然だ。
「し、仕方ないんですよ……行きましょう」
こればかりはどうしようもない。本部の立地条件からしても。まさかヘリで迎えに来て貰うわけにも行かない。
盛大に溜め息を吐き、シェイド大佐やラスターさんは階段を上っていく。ソーマはいつの間に上っていたのか、もう中間地点の辺りに居る。サイラスは未だに眠そうだが、それでもしっかりとした足取りをしている。
それを見ながら、階段の一段目に足をかけた。

結局、本部の正門前に着いたのは車を降りてから30分以上経ってからの事だった。本当にどうにかならないのだろうか。どうしようもないことは解っているが、そう思わずにはいられない。
息を切らしながら、黒い鉄製の正門を開ける。そこで、内部への入り口の前にダグラスさんらしき人影が立っていることに気付いた。
「——おかえり、皆。……何か息切れてるけどどうしたの?」
「あ、あの長い階段の所為ですよ……!」
普段通りのおどけた様子で訊いてきたダグラスさんに、俺は絞り出すようにして反論する。確かに今までは少し息を整えてから内部に入っていた。彼にしてみれば、そんな俺……俺達か? 俺達が息切れしながら帰ってくるのは不思議なのかも知れない。
「あー、成る程ね。やっぱり小型のヘリコプターでもあった方が良い?」
「是非そうしてくださいお願いします」
彼の言葉が終わるか終わらないか、という所で俺はまくし立てる。そうしてくれると本当に有り難い。
「まあそれは後で検討するとして……どうだった?」
ベガジールに行ってみてどうだった、というニュアンスを含んだ質問に、俺を含めた全員が沈黙する。アレスとザクストに襲撃を受けて、その後にラスターさんとシェイド大佐の生き別れである兄弟が出てきたなんて、どうやって説明すればいいのか解らない。
「……それが……なぁ……」
言いづらそうに言葉を濁したラスターさんを見て何かを察したのか、ダグラスさんは数秒程思案すると顔を上げた。
「……それじゃあ、司令室で話そう。何があったのかは知らないけど、そっちの方が話しやすいだろう」
「……有り難う、御座います」
「いや、僕も寒いし立ち話は面倒臭い」
礼を言った直後にこれか。俺達の緊張を解く為だろうとは思えるのだが、如何せん彼が言うと冗談に聞こえない。本当にそう考えていてもおかしくない。半分冗談で半分本気、半々といったところだろうか。
それは置いておいて、だ。ダグラスさんは、もう既に本部の両開きの扉を開けてしまっている。
ここで立ったまま呆然としていても何にもならない。俺は一度皆の方を振り向くと、後を追って歩き出した。




最近更新ペースが鈍いな。

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