魔界に堕ちよう 51話ー 忍者ブログ
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もうそろそろまた戦闘入るかな…戦闘難しいです(´・ω・`)
特に描写とか展開とかが。そのくせしてWantみたいな戦闘メイン書くのな!




RELAYS - リレイズ - 51 【紅茶】

ほぼ飛び込むようにして宿の扉を開けて入れば、目の前でとんでもない言い争いが繰り広げられていた。
「だーから、何でそこにばっかり拘りやがる!!」
「仕方ないでしょう、こっちは商売なんですから」
だが、声を張り上げているのは本気で切れる五秒前といった感じのラスターさんだけで、宿の店主と思われる黒に近い茶髪を顔の辺りで切り揃えている男性はポーカーフェイスで冷静に対応している。
「ラスター」
「大体なあ、こっちは客だ客!! 儲けんのが仕事なら少しはそこも折れろ!!」
「しかし、これは決まりですから」
「……おい、ラスター」
「決まり決まりってなあ、そんなモンにばっか縛られてんじゃ」
「ラスター!!」
シェイド大佐の声は宿屋中に響き、その場にいた全員——勿論ソーマは除くが、ほぼ全員の肩を竦めさせた。勿論店主も例外じゃない。
現役の軍人の怒鳴り声、それをこうも間近で聞く機会など一般人にとっては無いに決まっている。
「あ? あー、やっとかよ! お前等遅いんだよ! どれだけオレが説得すんのに苦労したか解ってるのか!?」
説得というより脅迫じゃないだろうか。あれは説得とは言えない気がする。それを言ってもラスターさんが断固として認めない事は解りきっているのだから言わないでおこう。
「……店主、すまなかった。約束通り二人を連れてきた。これでいいか?」
ラスターさんの襟首を掴んでカウンターの前から退かすと、シェイド大佐は俺達二人を指し示しながら言った。
「え、ええ……有り難う、御座います……。それでは、大部屋の方はこちらになります」
先程の怒声と全く違う落ち着いた声に、店主は呆気にとられながらもぎこちなく頭を下げ、カウンターから出てくると俺達を先導し始めた。
「……やっぱり軍人の怒鳴り声って怖いわね……」
ふと隣を歩いていたイーナを見れば、引きつった笑みを浮かべてそんな事を呟いていた。
確かにあれは怖い。俺だって怖かった。シェイド大佐のあんな怒声を聞くのは、ソーマとの手合わせで説教されたとき以来だ。
「——人数が多すぎるので、二人程別室、という事になりますが……こちらになります。それでは」
軽く頭を下げて隣を擦れ違っていく店主の背中を見送りながら室内に入る。
小さめの棚を挟んで等間隔に置かれているベッド、それに大きめのテーブルに数個の椅子があるだけの典型的な宿の部屋だった。
「……確かに二人程足りないな。ファンデヴとイーナが別室で良いな?」
軽く部屋を見渡してベッドの数を数えたシェイド大佐は彼女たちを振り返り、問いかけた。
「あ、私もそれ言おうと思ってた」
「……自分も」
二人揃って片手を上げて笑いながら答えた。確かに女性が二人だけというのもどうだろうか。
「何だよ、大部屋とはいえ男だらけの空間って……」
「何かアンタ一番色んな意味で危険そうだし」
「いや、それは酷くね? オレ常識ないように思われてる?」
「……何となく」
自分達の近くでぼやいたラスターさんの声にびしっとイーナの突っ込みが入る。しかもその直後にファンデヴの鋭い言葉が浴びせられる。それも彼が今一番聞きたくないであろう言葉だ。
何となく、ラスターさんの周りの空気が暗く淀んだ気がした。
「兎に角、もう部屋に行く——」
踵を返したイーナが床の段差につまづき、声にならない悲鳴を上げた。
誰よりも早く気付いたラスターさんがイーナの腕を掴む。それと同時に彼女の身体が強張った。
それに彼自身も驚いたのか、すぐに手を離すと微かに不安そうに眉を顰めるとイーナの顔を覗き込んだ。
「……どうしたんだ?」
「び、びっくりした……ごめん」
戸惑っている二人に俺が問いかければ、イーナは戸惑いの表情を浮かべたままで視線を彷徨わせると小声で呟いた。
「あー……悪ィ、驚かせたな。オレ昔っから冷え性なんだよ」
彼女を安心させようとしているのだろう、ラスターさんは笑いながら頭を掻くと言った。
「私こそごめん……って、あれ?」
「何だ?」
「いや……何でもない。ごめんね。それじゃ!」
一瞬怪訝そうに彼の手を見たイーナは軽く首を振ると、すぐに背を向けて部屋を出て行った。それに続いて、ファンデヴも少し振り返って俺達を見た後に出て行く。
全員が口を閉ざしたままで二人が出て行ったドアを見つめていた。
「……何だったんだ……?」
さっきのイーナはどこか不安そうというか、彼女の目には戸惑い以外の感情も浮かんでいた気がする。
「ま、そんな気にしなくてもいいんじゃねーの……っと」
欠伸をかみ殺しながら、サイラスは猫耳を隠すために被っていたらしい黒いフードを取った。それと同時に髪の色よりも若干濃色の耳が微かに揺れながら出てくる。……やっぱり慣れないな。
「取り敢えず俺はもう寝るわ」
「あーおやすみ……ってまだ夕方!」
寝る、と言って部屋の左隅に置かれているベッドに横たわったサイラスに条件反射で「おやすみ」、と言い終わってから突っ込んだ。
幾ら何でも、寝るには早過ぎる。少なくとも俺は、せめて夕食を食べてからの方がいいと思う。
「猫は寝るのが仕事とか良く言うだろ……」
「いや俺には解らない! それより夕食! どうするんだ!」
「……ヘメティ、ほっといてやれ」
自分で言うのは何だが、不毛な言い争いを見かねたのかシェイド大佐が溜め息混じりに制止をかけてきた。
もうこうなったら仕方がない、俺は気付かれない程度に溜息を漏らすと彼から視線を外した。
それから数分も経たずに寝息が聞こえてくる。……寝付きが良いにも程があるぞ。
「さて……何もすることがないな」
ラスターさんはイーナを見送った後にすぐ傍の椅子に座って何かを考え込んでいるようだし、ソーマは窓の傍に立って外を見たままで何も話そうとしない。ソーマが自分から何か雑談することはないけれど。
シェイド大佐が髪を掻き上げて口にしたと同時に、ドアがノックされた。ラスターさんが立ち上がるとドアを開け、誰かと——恐らく店主だとは思うが、数度会話するともう一度ドアを閉めた。
彼の手には、木目が綺麗な木製のトレイが持たれている。トレイの上には耐熱ガラスで出来ているらしい透明なポッドに人数分のカップが乗っていた。それに角砂糖が入っている容器も。
「店主から。何か紅茶だってよ」
テーブルにトレイを置くと、ラスターさんは手慣れた様子で人数分のカップに紅茶を注いでいく。
「紅茶?」
「そ。兄サンは角砂糖一つでいいんだよな? サイラスは寝てるから良いとして……ヘメティとソーマは何個だ?」
彼は銀色の短く細いトングのような物で角砂糖を入れていく。俺は殆ど飲まないからあまりそういうのに拘ったことはない。……どうすればいいだろうか。
「あまり飲まないから解らないんですけどね……」
「そうなのか? じゃあ二つにしておくぞ?」
微かな水音を立てて角砂糖が入れられ、カップが手渡される。熱すぎない丁度良い温度だ。あまり熱いと飲めない。所謂俺は世間で言う猫舌だ。
「オレはいつも通り入れないで良いか。……おーい、ソーマ。お前は」
「五つ」
「……え?」
「五つでいい」
提示されたその個数は、この小さなカップの紅茶一杯分に入れるには明らかに多い。
「……あ、ああ、解った」
俺とシェイド大佐が唖然としている前で、ラスターさんは戸惑いながらもしっかりと五つの角砂糖を入れていく。
ちゃんと融けるように、と付いていた細いスプーンで混ぜてはいるが、案の定しっかりと融けきってはいないらしい。そりゃそうだ。
「まだ全部融けきってねぇけど……これでいいのか?」
「構わない」
カップを受け取ると、ソーマは躊躇うことなくその常人にとっては甘すぎるであろう紅茶に口を付けた。
その直後、いつも真一文字に引き締められている彼の口許が少し緩んだ気がした。
「……にしても、何でいきなり紅茶なんか持ってきたんだろうな」
まだ十分に量が残っている紅茶のポットを見ながら、つい思ったことが口に出てしまう。
「……この町は昔から紅茶が特産品だった、恐らくその所為だ」
ソーマは早くも飲み終わったのか、既に空になっているカップをテーブルに置くともう一度窓際に立った。
「……おい、ヘメティ、あいつは甘党だったのか?」
本人に聞こえないように小声でシェイド大佐が耳打ちしてきた。
実を言うと、自分も知らなかった。……食事に関する他の事だったら知ってるんだけどな。
「いや、知りませんでした。……違うのだったら知ってます」
「何だ」
「オレも気になる」
ラスターさんとシェイド大佐の二人に同時に訊かれ、俺はソーマを横目で見る。気付いてはいないようだ。
「あまり機関の中で一緒に行動したことがないから正確には解らないんですけどね……ソーマ、ああ見えてかなりの量喰いますよ」
あの細い身体のどこに入るんだよ、と問い質したくなるくらいに喰う。一度機関の食堂で偶然隣の席になったときに見ただけだから今はどうか解らない。
「……人は見かけによらない、か……その通りだな」
「何かアイツの意外な一面見た……」
思った通り、二人とも意外だったらしく、信じられないといった表情でいる。俺も最初見たときは驚いた。
「——だが、それなら心配は要らないな」
「言われてみればそうだな。アンタの分も喰って貰えよ」
苦笑しながら言う二人の言葉の意味が解らず、俺は思わず眉を顰めた。
「そういえばまだ言っていなかったな。オレは普通に喰うと思われているようだが、かなりの小食だぞ」
「兄サンに普通の量で朝食喰わせてみろよ、腹痛でブッ倒れて寝込むから」
「……俺にしてみればそっちの方が意外なんですけど!!」
よくそんな小食なのに軍人なんてやっていられるな……俺にしてみれば、ソーマの甘党に大食いよりもそっちの方が驚いた。
「兎に角、それまでは適当に暇潰しだな」
ラスターさんは大きく伸びをすると立ち上がった。
暇潰しといっても、俺は例によって読書は苦手だ。要するに何もすることがない。
夕食の時間まであと2,3時間は普通にある。その時間をどうやって過ごすか。
街を出歩けば、またアレスとザクストに出遭う可能性も十分にある。かといって、このままで居るのも辛い。
じゃあサイラスみたいに寝たらどうなんだ、という話にもなるが、今寝たら確実に夕食を逃す。
誰かが起こしてくれればいいが、それを頼むのもちょっと、という考えが頭にある。
だが、これはもう仕方がないような気もしてくる。
「……すみません、何もすることがないので俺も寝ます。夕食の時になったら誰でも良いので起こして下さい……」
「別に良いぜ? まあ忘れたらごめんな!」
「忘れないで下さい、本気で。本気と書いてマジで忘れないで下さい」
念を押すと、俺はベッドに横たわった。そして目を覆うように腕を乗せる。
光が透ける事もない闇の中で、不意にソーマの墓石に供えられていた彼岸花が思い出された。
彼は何を思ってあれを自分の墓石に供えたのだろう。あの墓の前でも考えた問いをもう一度してみる。
だが、当然の事ながら結果は変わらなかった。解らないまま。
いっそ、ソーマに直接訊いてみようか。……それはあまりにも非常識だ。
考えている内、俺の意識は闇に落ちていった。

「——んー……あれ、ほんとに俺寝たのか……」
入ってきた光に一度目を瞑ると、俺は身体を起こしながら目を擦った。
「……あ、やべ、起きた」
そんな声に顔を上げれば、そこには引きつった笑みを浮かべているラスターさんが居た。
視界の端に見えるカーテンの引かれていない窓の外は、もうすっかり暗くなっている。
寝起きの頭で色々と整理しきれずに、未だにぼんやりとしている俺の顔をラスターさんが覗き込んできた。
「……悪ィ、起こすの忘れてた」
「……あんだけ念を押したでしょうが!! なのに何で忘れるんですか!! 大佐も起こしてくれれば良いじゃないですか!!」
もう悲鳴に誓い声を上げながら彼の胸倉を掴む。シェイド大佐にも抗議してみるが、本人は少し申し訳なさそうにしながら
「……すまない、オレもすっかり忘れていた」
「何で二人揃って忘れるんですかー!! そうだ、ソーマ! ソーマが起こしてくれれば」
「何故俺が貴様を起こさなければならないんだ」
いつも通りの冷たい声ではっきりと言い放たれ、二の句が継げなくなる。……いや、起こしてくれればいいじゃないか、それくらい。
「だーから悪かったっつーの、今度は起こすって。多分な」
「多分って、多分って……!」
もう何も言えない。俺は盛大に溜め息を吐くと手を離し、がっくりと項垂れた。
「大丈夫だ、人間一食抜いたからといって死にはしない」
「も、もういいですよ! 俺はもう今日は寝ますからね!」
「さっきまで寝てた癖に……」
ラスターさんの突っ込む声が聞こえてきたが、それは無視することにした。いちいち答えていたらきりがない。
「……まあ、オレ達もそろそろ寝るつもりだ。お休み」
「え、兄サン軍服で」
「誰が寝るか!」
軍服で寝るのはさすがにまずい、まずすぎる。いや、もしかしたら寝る人もいるかも知れないけど。
言い合っている二人の声を聞きながら、俺はもう一度横になった。

夜の大通りを、二人の男が歩いていた。それ以外に出歩いている人間は居ない。
「……そろそろ戻るぞ」
アレスは肩にかけている大きな黒い鞄を片手で支えながら、隣を歩いていたザクストに告げた。
「あ? マジでアイツ等ほっといていいのかよ」
「殺せという命令は出ていない、それ以外に理由はない」
眼帯で隠されていない右目が彼を捉え、抑揚のない事務的な口調でアレスは言った。
「命令命令ってねー……そんなに大事か?」
「当然だ。私はマーヴィン様に——」
彼の言葉を遮るようにして、無機質なアラーム音が鳴り響く。アレスは執事服のポケットから、自分の黒い携帯電話を取り出した。
「——もしもし。……はい、……——畏まりました」
数分にも満たない短い通話、それを終えるとアレスは誰も近づきそうにない路地裏に鞄を置いた。
「どうした……まさかとは思うけど、今来たってか?」
「その通りだ。命令だ、『アイツ等を探して殺せ、ただし茶髪にオッドアイの男は生け捕りに』、とな」
アレスはどこか楽しそうに言うと、軽く指を鳴らす。
「……あんな餓鬼に何の用があるのかね、マーヴィンは」
「それは私達が知る事ではない。——行くぞ」
視線の先、そして足の向かう先は、この町で一軒だけの宿屋。
そんな彼等の様子を、一人の男が路地裏から窺っていた。
「——他の奴等はどうでもいいが……アイツを殺されるのは困るな」
言いながら、男はサングラスを外すと路地裏を出た。
「……復讐、邪魔はさせやしないぜ?」




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