魔界に堕ちよう 忍者ブログ
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戦闘は難しいです。戦闘描写苦手。




「——しっかし、荒れ放題で何が何だか解らねえな。迷路か、これは」
男は手に鞭を提げたまま、所々に生えている自分の背丈程もある草から視界を守りながら歩いていた。
「……さすがにこの中でサングラスは見えづらいな。外すとするか」
宿の前で外し、そして先程着けたサングラスをもう一度外し、コートのポケットに入れる。
道を間違えたのか、無理に最短と思われるルートを通ろうとしたせいなのか、やけに視界と足場が悪い。
聞こえてくる銃声が近付いてきているということは、この道で間違っていない事は確かなのだが。
「……まあ、少し遅れても大丈夫だろうな。あの家の血筋は全員血の気が多いんだからな」
外していたサングラスをかけ直し、男は小馬鹿にしたように鼻で笑うと鞭を持っていない左手で顔を覆うようにする。
「……本当、クズみてぇに馬鹿げた運命だ……」

RELAYS - リレイズ - 53 【機械人形】

「——その笑みは肯定か、アレスとやら」
絞り出されたシェイド大佐の声は、今までに聞いた事がない程に低く、重かった。隣で聞いている俺も、恐怖を感じてしまう。その怒りは俺に向けられて等いないのに。
ただならぬ雰囲気に、ザクストもアレスも動きを止め、武器を下げている。
だが、アレスは全く動じない。その口許に浮かんでいる笑みは、少しもひび割れていない。
「答えろ」
既に手に持っている拳銃以外にも持ち歩いていたのか、シェイド大佐はもう一丁の拳銃を背中から取り出すと安全装置を外し、的確に狙いを定めた。
アレスは嗤ったままで、その問いに答えた。
「……そうだ、と言ったら、どうするつもりだ?」
その言葉が終わるか終わらないか、という時、彼の声を掻き消すようにして銃声が辺りに反響した。それと同時にアレスの身体に銃弾が被弾し、アレスは微かに後ずさった。
だが、苦悶の表情などは上げていない。——奇妙だった。
「もしも肯定ならば? 殺すさ」
復讐。シェイド大佐の殺意に満ちた瞳と言葉、それを見て真っ先に浮かんだのが復讐という言葉だった。
「……そうか。ならば——」
そこで一度区切ると喉の奥で笑い、ゆっくりとした口調で自らの命を危険にさらすような事を臆すことなく言った。
「……肯定だ」
シェイド大佐は一瞬瞠目した直後、感情を無理矢理に押し殺しているといったような無表情で両手の銃の引き金を引いた。
耳を劈く銃声に、耐えきれずに耳を押さえる。何発撃っているのか解らない、だが相当な数だと言うことだけは解る。
大佐、という地位に居るだけあって、射撃の腕は遙かに高い。ザクストには一発も当たっていないらしい。
驚いた表情を見せてから、ザクストは後方に軽く跳び、間合いを取った。
「……兄サン落ち着け!! アンタは復讐なんかに身を投げるような人間じゃねぇだろ!?」
ラスターさんが剣を持っていない手でシェイド大佐の肩を掴み、悲痛にも聞こえる声を銃声に負けないように張り上げていた。
復讐の道に堕ちようとしている兄を、彼は止めようとしている。
「離せ、ラスター!! ……オレはそんな綺麗な人種ではない」
シェイド大佐は微かに震えた声、それでぽつりと呟いた。だが、その狙いは外れては居ない。
「——何故だ」
こんな状況の中でも良く通る低い声、それはシェイド大佐の物じゃない。イーナの近くに居た筈のソーマが、いつの間にか俺の隣まで来ていた。
ソーマは土煙を、その先に居たアレスを睨み、吐き捨てた。
「……何故、あの銃弾を受けて貴様は生きている」
「何を——」
何を言っているんだ、と続ける前に土煙が晴れ、そこには先程と変わらない位置に立っているアレスの姿があった。
先程の銃弾で眼帯が飛ばされてしまったらしく、隠されていない左目を左手で押さえ、彼はその口許に浮かんでいた笑みを更に濃くする。
着ている執事服は、そこかしこに穴が空いている。だが、本来出るであろう鮮血は垂れていないし滲んでもいない。
明らかに異常だった。
「貴様……何者だ……!?」
銃を構えたままのシェイド大佐は、狼狽した声で、恐らくやっとの思いでそれだけを絞り出した。
「……解らないか? 全く、考える事もできないのか、愚か者共」
呆れ声でアレスは言い、前髪を払うようにして左目から手を離した。
そこにあったのは、眼球でも何でもない。
「……機械……!」
銀色の金属光沢を持つ、機械。無機物その物だった。
シェイド大佐やラスターさん達は、驚愕で絶句しているのか何も言わない。いや、言えないのだろう。
「……さて、改めて自己紹介だ」
アレスは一度執事服の汚れを手で払い、自分の『左目』にかかっている髪の毛を左手で押さえながら自分の正体を明かした。
「私の名はアレス=ディーヴァ。マーヴィン様に生み出され、マーヴィン様の為だけに動く機械人形だ」
自我を持つ機械人形。それはもう既に生産が中止されている筈だ。あの大都市を造り上げた技術を持ってしても、作ることができなかった為に。
だが、アレスは自らをそう称した。それに加えて彼の左目の位置に見える機械。
嘘だ、そんな筈はない、そんな否定はできなかった。それらが全て、揺るぎようのない証拠となっている。
「機械人形、か。……貴様は正にそれだな。感情もない、自分の意志すらもない」
まず先に口を開いたのは、シェイド大佐ではなくソーマだった。やけに饒舌なのが少し気にかかったが、故郷の事も絡んでいるのだから当然の事だ。
「機械人形に、あの方の為に動く為に意志など必要ない。少なくとも、私はそうだ」
「自分が機械人形だから、等といった言葉で誤魔化すな。そんな物、ただの言い訳にしかならない。……中には、人間よりも人間らしい奴も居るのだからな」
ソーマは以前にも一度機械人形に出会った事があるのだろうか。そう思わせるような言葉だった。ただ、『機械人形が』という言葉が繋がっていない、もしかすれば、他の人間でない者達という意味かもしれなかった。
「……貴様は先程人間を愚かだと言ったな。その通りだ、俺もそこには同意する」
ただ、とソーマはそこで区切り、いつもと変わらない口調、変わらない表情で、それでも鋭く言い放った。
「意志のない貴様と意志のある俺達人間、どちらが愚かだ?」
アレスの眉が僅かにだが顰められる。微々たる物だが、彼にも『感情』はあるのだろう。でなければ、自分を造った主をここまで崇拝し、陶酔する訳がない。
「……銀髪、それは違う」
今まで間合いを取ったままで黙っていたザクストが、左手に持った銃を回しながら言った。
悲しんでいるとも、憐れんでいるとも取れないような複雑な感情をその深い青の瞳に映しながら、諭すかのような口調で続ける。
「どっちが愚かだとか、そういうのは無いんだよ。……答えは簡単、『どちらも愚か』さ。……俺もな」
鼻で笑い、ザクストは両手の銃を握り直すと、イーナの方を向くと同時に銃口を突き付けた。
それが合図だったかのように、彼女もまた、自分の手にある鎖鎌を構え直した。
その眼には、未だに『どうして』という疑問が浮かんではいたが、最早話し合う等といった雰囲気でも当然ない。彼女は戦うしかないのだという現実を受け入れている。
「……お前達」
ある程度落ち着きを取り戻した声で言い、シェイド大佐は全ての弾を撃ち終えた拳銃をしまうとボレアーリスを取り出し、弾を込める。
「お前達は何も手出しをするな。……オレにやらせろ」
迷うことなく、アレスに銃を向ける彼の姿、背中からは、絶対に譲らないという決意がありありと見て取れた。
「……私は、そこのオッドアイ以外の貴様等全員を殺さなければならないんだが」
先程から何ら変わらない様子で、アレスは執事服の胸ポケットから新しい眼帯を取り出すと、それを慣れた手つきで眼に付ける。
何故この状況でこんな事ができるのか、俺には解らなかった。負けないという自信があるのか、それともまた別の理由なのか。
「——銀髪、軍人、黒髪、赤髪、槍使い、……5人か。5人も一度に殺らなければならないのはなかなか大変だが……あの方の命令だ」
俺を含めた全員が、各々の武器を持つ手に力を込める。
あちら側が俺に何の用があるのかは解らない、知りたくもない。付いていく気は勿論、連れ去られるつもりも一切なかった。
だが、少し気になる事があった。
「……あんた、早く武器を構えたらどうなんだ」
この期に及んで、アレスは未だに自分の武器を出していない。見たところ、銃を持っているようにも思えない。もしかすれば服の下にナイフくらいはあるのかもしれないが、一見して武器らしき物は持ち歩いていなかった。
「ああ、言い忘れていたな。私は銃や剣といった武器を使うのが苦手でな。主に体術だけを使っている」
手技や足技だけで俺達と戦う、それは余りにも不利に思えた。こちらには銃を使用するシェイド大佐、それに近接系の武器を扱う人間が揃っているのだ。
「別にてめぇを気遣うわけじゃねぇけど、どう考えても不利だろ? 六対一って時点で不利なのに」
「嘗めるな、すぐに解ることだ」
緊張感を孕んだままのサイラスの声に、冷たい声で短く返したアレスの目は本気だった。
「ザクスト、解っているだろうな?」
「……ああ、……解ったよ、やってやるさ」
言葉を交わしながら、彼等は背中合わせに体制を整える。一見すれば、彼等はお互いに信頼し合っているようにも見えた。それが本当なのか、それとも建前なのか、それを俺が知る権利はない。知る術もない。
「——絶対、話して貰うから」
「……勝手にしろ」
全てを諦めたように気怠げに、無気力に返したザクストだったが、警戒心は微塵も薄れていない。
未だに自分に絡み付く戸惑いや疑問、感情を振り払うようにイーナは前方に高く跳び、彼に鎖鎌の切っ先を振り上げた。
彼女が行動するとほぼ同時に彼等も行動に移った。
ザクストはそのまま、自分に振り下ろされる鎖鎌を受け止めようと銃を身体の前に突き出している。
アレスは既に先程立っていた場所から移動していた。
彼は跳躍していたらしく、そのまま俺を跳び越えるとシェイド大佐に手を伸ばす。
「……まずは貴様からだ、軍人」
「……奇遇だな。オレも丁度そう考えていた」
それだけを言い、眼前に迫るアレスに銃口を突き付けると躊躇うことなく発砲した。
だが、彼は金属やその他の無機物で出来ている機械人形だ。銃弾で倒せる——殺せる訳がない。せいぜい故障させたりできる程度だ。
「貴様の身体は機械、ならば動かなくなるまで壊すだけだ」
アレスは自らの白い革手袋が嵌められている右手の平を見る。そこには黒く穴が空き、細く僅かに煙が立ち上っていた。
何かを確かめるように彼は手を握り、恐らく我流と思われる構えを取ると俺達全員を見てから言った。
「……面白い。さあ、かかって来い、反抗組織の連中共」

高く跳躍したイーナの上空からの一撃は、呆気なくザクストに阻まれた。
金属同士が触れ合い、軽く火花が散る。それは光源が月明かりだけの庭園の中でやけに明るく、目に付いた。
イーナは一瞬眉を顰め、鍔迫り合いの状態になっていた鎖鎌の刃で銃を弾き返すと後方に跳び、間合いを確保する。
彼女が地面に下り立ったのを見計らい、ザクストは感情を無理矢理に押し殺しているような無表情で二丁拳銃の引き金を左右同時に引いた。
それを瞬時に鎖鎌で弾き、イーナは立ち上がった。
「……どうして……どうして、アンタが……!」
絞り出した声はか細く、震えていた。それと同じく、彼女の肩も、鎖鎌を持つ手も。
幾ら戦わなければならないのだと頭で理解しようと、覚悟しようと、やはり心の何処かでそれを拒んでいる自分が居る。
戦いたくない、と。
小さな頃から家族同然に過ごしてきたザクストと戦うのは、これ以上ない程の苦痛だった。
「……理由を言ったとして、お前は納得するのか」
興味がなさそうにも、面倒臭そうにも、はたまた自暴自棄にも聞こえる声音で、銃声に負けてしまいそうな程の小声で口にする。
「そんなの、聞かなきゃ分かんない! 言う前からそんなの考えないで!」
「……言ったって、答えは見えてるんだ。なら、言う必要がないだろ」
「……どうして、そんな風になっちゃった訳? アンタが2年前に居なくなってから何があったの!?」
今のザクストは否定的で虚無的だった。全てに対して否定的、全てに対して虚無。
今彼が並べ立てた言葉は、以前のザクストならば決して言わないような物ばかりだった。
ザクストは、2年前にイーナの前から忽然と姿を消している。そしてやっと会えたと思えば、彼は別人のように変わっていた。
「……だから、お前に言っても意味がないって言ってるんだ! お前に俺の苦痛が解るのか!?」
「だから、話してくれないと解らないって言ってるの!! ——今のアンタは私が知ってるザクストじゃない!!」
イーナの口から出て行くのは、最早悲鳴だった。声を張り上げることで、彼女は心の均衡を保っている。
「お前が見てたのだけが俺じゃない。……それだけで俺を測るな!」
対照的に、ザクストは周りから聞こえる剣劇の音や銃声に負けないようにと声を張り上げてはいるが、それでもイーナより落ち着いた声で返していた。
「今お前に言って何になる……それに、どこから話せばいい。どこから話せば、お前は満足するんだ」
「全部、全部! アンタが2年前に居なくなってから! 話してよ!!」
叩き付けるように言い、イーナは呼吸を落ち着かせる為に軽く深呼吸をすると、深く溜め息を吐いた。
「……どうしても、話さないって言うの?」
「違う。……話す理由がないんだ。答えが分かり切ってるなら、言うだけ無駄だ」
二丁拳銃の銃口を再度突き付け、ザクストはイーナに容赦のない言葉を浴びせる。それがどれだけ彼女を苦しめているかも知らずに。
「……じゃあ、アンタが思い浮かべてる『答え』は何?」
彼は『自分がこう言えばイーナはこう返してくる』と思い込んでいる。その答えを知り、否定することで、話してくれるのではないか。そんな希望を、イーナは見出した。
「——『最低』」
たったの二文字。その一言だけで、ザクストは彼女に全てを話す事を拒否していた。




\(^o^)/
どんどんザクストが自虐になっていく。…ってかこれ俺かよ。

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戦闘シーンは苦手なんだよ!




先程までの話し声は聞こえず、アレスとザクストは軽い足音を響かせながら家屋の屋根、その上を走っていた。
前を鋭く見据えているアレスの口から、呟きにしては大きな声が零れる。
「——石造りの平坦な屋根、確かにこちらを走った方が簡単だな。貴様にしては良い判断だ」
「ハハッ、俺にしてはってどういう意味だよ、馬鹿にしてんのか」
「そういう意味だ」
そこ会話を止め、徐々に見えてくる宿屋だけを見つめながら更に走る速度を上げる。
丁度高く跳躍すれば届く距離まで来たところで、二人は止まらずに本当に跳躍した。
そして、
「……行くぞ」
宿の窓を蹴破り、部屋の中へと進入した。

RELAYS - リレイズ - 52 【奇襲】

耳に届いたのは、ガラスが派手に割れる大きくも高く澄んだ音だった。
寝言も何も聞こえない、数人の寝息が聞こえるだけの静かな空間に、それはやたらと響いた。
勿論、全員が音を聞き取り、眠りから覚めて目を開く。
俺は飛び上がるようにして身体を起こすと、音が聞こえたと思われる、ガラスが破壊されたらしい窓へと顔を向けた。
月明かりを背負っているのは、一人の屈んだ人間とこの場に似付かわしくない程に背筋を伸ばして立っている人間だった。顔は月明かりで照らされているとはいえ薄暗く、よく見えない。
「——一体何が……!」
明らかに狼狽したのが解る誰かの声が聞こえると同時に、立っている人間が行動を起こした。
その人影は真っ直ぐ俺に向かってくると、ベッドから降りて傍に立てかけていた闇霧を手に取ろうとしていた俺の首を強く掴んだ。
そこで、相手が何者なのか気付く。
「ッ、アレス……!」
「……茶髪にオッドアイ、貴様だな。『貴様を連れてこい』、あの方の命令だ。貴様以外は殺す」
アレスは淡々と何のことでもないように言っているが、俺としては何が何だか理解できない。命令、というのが支配者であるマーヴィンの命令だということ以外は。
「ヘメティ!」
「おっと、動くなよ? 別に俺はお前等に興味はないんだ。ただこれは命令……や、俺にとっちゃ仕事みたいなモンだからな。やらなきゃならないって奴さ」
もう一人は予想通りザクストだったらしく、背後では彼の声と銃を構える金属音が鳴っていた。
「騒がれれば面倒だ、意識を失った所を連れて帰らせて貰——」
その瞬間、部屋のドアが先程の破壊音に比べれば小さな音を立てて開け放たれる。
「ちょっと……ど、どうしたの!?」
明らかに異常な光景を目にしたイーナが、戸惑いながら悲鳴に近い声を上げた。彼女の後ろには、同じくファンデヴも驚愕の表情で立っている。
「……イーナ……!」
ザクストが、絞り出すような声で彼女の名前を口にする。それには、焦燥や怒り、悲しみといった感情が見え隠れしていた。
「何で、何でアンタがまたここに居る訳!? どういう事なの!?」
イーナの声は、今まで訊いたことがないくらいに強い口調だった。彼女もザクストと同じ感情を感じているらしいが、その声からは殆ど『怒り』しか伝わっては来ない。
「撃て」
不意にアレスが手を離し、立ち上がるとザクストに向けてはっきりと言い放った。
即座に闇霧を手にすると瞬時に抜刀し、先程アレスに掴まれていた所為で痛みのある首を左手で押さえながらふらふらと立ち上がる。
「……何故撃たない?」
アレスは微かに不機嫌そうに眉根を寄せると、吐き捨てるように問う。
ザクストの持っている二丁拳銃、その内右手に持たれている白黒に塗られている拳銃の銃口はイーナに向けられてはいるが、明らかに震えていた。
彼は、彼女に発砲することを躊躇っている。
「……貴様が殺らないのならば私が殺る」
またも事務的な、抑揚のない声で言うとアレスはザクストの手から拳銃を奪い取る。
「待てッ!」
待て、とザクスト自身が制止するのも構わず、彼女に銃口を向けると躊躇なく引き金を引いた。
無機質な発砲音が一発だけ響き、反響する。
それは幸いにもイーナの左頬を掠めただけで済んだらしく、彼女は先程と変わらず立っていた。その事に安堵し、短く息を吐く。
「……やはり慣れない武器は使いづらいな」
さほど困っていない様子でアレスが拳銃を彼に返し、軽く辺りを見回した。
「……まあいい、こちらは貴様等を殺してそこのオッドアイを連れ帰れば良いだけの話だ。あの方の為にも、この町を脅かす訳にはいかんな。——貴様等の死に場所を変えるとしようか」
自分から奇襲を掛けておいて、と反論したいのを何とか堪え、俺は目の前でこちらの返事を待っているアレスを睨み付ける。それは少し離れたところに立っているシェイド大佐やラスターさん、サイラスも同じようだった。
「——賛成だな」
重苦しく、緊迫した沈黙を破ったのは、シェイド大佐でも俺でも、勿論アレス達でもない。ソーマだった。
左手には、いつの間に発動したのだろうか、この暗い中でも解る程に淡く発光しているナトゥスが握られている。
「こんな狭い所で戦うのは貴様等も嫌だろう。その意見にだけは賛成だ。この町でないのなら、場所はどこでもいい、勝手に指定しろ」
「ソーマ……」
ソーマは微かに目を伏せる。それが、苦しそうにも寂しそうにも、はたまた悲しんでいるようにも見えた。
「これ以上、この町を下らない戦争等に巻き込んでくれるな」
有無を言わせない口調だった。言っても認めはしないだろうが、こいつは確実にこの町を、自分の故郷を案じている。
「……それでは、町の外れにある廃墟になっている教会と荒れ地の辺りにでもするとしよう。付いてこい」
あっさりと俺達から視線を外すと、アレスは堂々と敵である俺達に背を向けてガラスの破片を踏み潰しながら宿の窓から出て行った。
今まで口を閉ざしていたザクストも、それに習って宿を出て行こうとする。
「待って! 説明してよっ!!」
先程とは違う、悲痛な叫びに一度は足を止めたザクストも、何も答えずに黒いシャツの裾とベルトに括り付けているらしい青い布を揺らしながら闇に紛れて消えていった。
「——行くぞ。話ならばどこでもできる」
ナトゥスを肩に担ぎ、ソーマはそれだけを言い、宿の外へと足を進める。その背中は、今までと何も変わっていない。
「……さっさと来い、貴様等は道を知らないだろうが」
意外にもソーマはすぐに立ち止まり、こちらを振り返ってまるで俺達の事を考えてくれているような言葉を発した。
「……ここは大人しく従っていた方が良いらしいな。イーナ、辛いとは思うが行くぞ」
「……うん、……大丈夫」
イーナは辛そうに、それでも微笑んで歩き出した。服の裾を掴んでいる手が、少し離れた位置にいる俺からも解るくらいに震えていた。
「——それにしても、ソーマがこんな事を言い出すなんてな……驚いた」
サイラスもソーマと同じく、もう既に発動されているヴォカーレを軽く回しながら呟いた。
それは俺も驚いたが、この町がソーマの故郷なのだと解っているからかそこまでおかしいとも感じない。ただ、ここにいる全員は知らない筈だ。
「……ま、死神だ何だって言われてても、結局アイツも人間さ。……オレと違って」
「え? じゃあ、ラスターさんは——」
自分と違って、という言葉が指しているのは、ラスターさんが人間ではないということではないのか。
ならば、彼は何だ?
「なんてな。冗談冗談。混血種でも悪魔でもねぇよ。悪かった。……こういう状況でこそ、こういう事言ってねぇと辛いんだよ」
腰に差している長剣の柄に手を置き、ラスターさんは軽く笑って、その後すぐに表情を変えると溜め息を吐く。
「……行こう、道が解らなくなる」
「あ、ああ、解った」
サーベルを既に鞘から抜いているファンデヴは、一度俺とシェイド大佐とラスターさん、それにサイラスを見てから、イーナ達が出て行ったのと同じ場所から出て行った。
「……後で、宿の主人にも謝っておかなければならないな……準備はいいな? 行くぞ」
「謝るってレベルじゃねぇだろ、これは。……ま、責任は全部アッチに擦り付けりゃ良いだけの話だけどな」
確かに、これは宿の主人も恐怖に駆られた事だろう。突然ガラスの割れる音、それに次いで銃声だ。謝る、なんてレベルじゃない。
だが、今はそれを考えている時間はない。
俺は闇霧を持ち直すと、歩き出した三人を追った。

ソーマ達を追って着いたのは、崩れかけた古く小さな教会と、元は庭園だったと思われる草が伸び放題の空き地だった。墓は全て町にあった教会に移動したのか、一つもない。
その庭園の中心に、アレスとザクストは立っていた。赤錆の浮いている金属製の柵の傍には、ソーマとイーナの姿も見える。
「——遅かったな」
アレスは庭園に入ってきた俺達を見て、まずはそう口にした。
そして片頬を上げると目を細め、嘲るように吐き捨てる。
「貴様等は甘い。この上なく甘く、それでいて愚かだ。……何故、逃げなかった?」
明らかに見下した発言だったが、『何故逃げなかったのか』という問いは彼にしてみれば本当に不思議だったのだろう。だからこそ、問うてきた。
「そんなの決まってる、仲間だからだ。それ以外に何があるっていうんだ」
大切な仲間を見捨てて逃げるなんてこと、出来るわけがない。俺は強く闇霧の柄を握り締め、憤りに耐えていた。
「仲間、か。……下らんな、そんな物」
「何を……!? じゃあザクストは何だ!? そっちの支配者——マーヴィンはどうなんだ!」
「マーヴィン様が仲間だと? ふざけるな。あの方は私の主であり、私の生きる意味であり、私の全てだ。仲間等という馬鹿げた括りに入れるな」
アレスの目と言葉の節々には、明確な怒りと殺意がちらついていた。
「それとこいつはただの同行者だ。マーヴィン様に救われ、付いてきているのは事実だが、私には関係ない」
本当に興味がない、といった様子で彼は言い切り、横目でザクストを見る。
何かを探るような視線に耐えられなかったのか、ザクストは俯いて細く静かに溜息を漏らした。
「……本当、に……どういう事なの?」
混乱と戸惑いに満ちた声でイーナは呟き、震える手で自分の武器である鎖鎌を手にすると構える。
「ねえ……教えてよっ!」
懇願——いや、これは違う。哀願にも彼は動じず、俯いたままで左手を上げた。その手には勿論拳銃がある。その銃口の先には勿論彼女が居る。
「ザクストっ!!」
「やめろッ!!」
「……貴様か!!」
イーナがザクストを呼ぶ声、俺がやめろ、と叫ぶ声、そして——俺の横からの銃声と怒声。
そちらに視線を向ければ、そこには銃口から細く煙が立ち上っている拳銃を構えてアレスを睨み付けている
「シェイド、大佐……!?」
シェイド大佐は俺の声にも答えず、今までにない怒りを秘めた目でアレスを射抜いていた。
先程の銃弾は掠めもしなかったのか、彼は表情一つ変えずに立っている。傷はない。
「何がだ、軍人」
「……今まで、思い出したくもなかった、思い出すこともしなかった……だから忘れていた……だが、今やっと思い出した!!」
そこで気付く。先程感じた感情は怒りじゃない。禍々しく、彼には似合わないような感情、……憎悪だった。
そんなシェイド大佐とは対照的に、アレスは醒めた眼でその視線を受け止め、次の言葉を待っている。
「数年前のあの時、あの戦いで! アイツを——クヴァシルを殺したのは貴様か!!」
余りにも激しい憎悪、それでかたかたと震えている銃口の先に居るアレスは、嗤った。

男はガラスの破片が散らばっている宿の一室の中心に立つと鋭い目付きで室内を見渡し、一度舌打ちした。
「——クソッ……遅かったか。……おい」
そして、開け放たれたドアの前で立ち竦んでいる宿の主人に低く声を掛ける。主人はその声に肩を震わせると返事をした。
「この部屋にいた奴等はどこに行った?」
「は……えっと、上手くは聞き取れなかったのですが……町の外れにある廃墟となっている教会、だったと……」
どうやらあの騒ぎの中で、果敢にも現場に近づいて盗み聞きしていたらしい。度胸があるのか、命知らずなのかは解らない。
「そうか。……ならいい」
男は頷き、主人に背を向けると割れた窓の枠に足をかけた。
地面に降りるものだと思われたが、彼はそのまま器用に屋根の上へと上り、石造りの煙突の近くまで歩み寄るとそこから町全体を見下ろした。
「……あっちか。銃は解りやすくて助かる」
そう遠くはない所から聞こえてきた銃声に、そちらを向くと呟いた。
口許に笑みを形作りながら、男はコートに隠れている腰から黒い一本鞭を取り出すと一度地面に打ち付ける。
「今は助けてやるが、その次の標的はテメェ等だ。——ダーグウェッジ家の人間共」




戦闘いやあ←
戦闘難しいです先生(´・ω・`)

拍手[2回]

書きたいネタならたくさんあるぞコノヤロー!…って感じです。
まあ殆どWantとかリレイズの派生作品になりますが。でもリレイズとかそういう設定を隠せば一つの作品として書けそうなのも有ります。
ちょっとまとめるとこんな感じになりそう。夢喰なんて久々だぞコノヤロー。

・夢喰
・アーシラトの過去編(主に異形狩り
・白樺の話
・魔法学園モノ

白樺は今ちょっと考えてるんですよ。
一介の便利屋から教師に昇格させてやろうかとか考えてます。そうする超犯罪教師になるんですが(銃刀法違反的な意味で
便利屋兼教師とかでいいんですかね。

魔法学園モノはWantと同じで中一から考えてました。
でもリレイズの特殊能力の定義に魔法学園モノの能力の定義を全部ほぼ丸々持って来ちゃったので被ります。違うのは「先天性」か「後天性」かの違いですね。才能があったかなかったかとか。
いや、生まれたときから能力扱える奴なんてリレイズに出てきてませんけどね。

アーシラトの話は書きたいですぶっちゃけ。滅茶苦茶書きたいです。
もうwordで書こうかと思ってます。妄想しまくってます。っていうか俺得の短編(超短い)書き上げました。
マジで書こうかな。


でも俺は絶対に決めてる事があります。
絶対に魔物とかは敵にしません。
敵は人間です。軍人であったり、兵士であったり、家族であったり、それこそ自分の兄弟であったり。
どうしても魔物と人間の戦いは想像できないんですよね。ハハ。
そういう意味ではWantは俺のその面が酷く露見してますね。

拍手[1回]

ちょっと俺自身の鬱も入ってくるキャラ語り(主にWant、アルディック等)


今頑張ってWantの設定まとめてません。頑張ってるのはオリキャラの詳細設定を五十音順にまとめる作業のみです。
五十音順なのでヘメティとかラスターはまだまだ先です。一番早かった主要キャラはイーナでした。ウライは外見性格が朧気にしか決まっていないのでこれから固めていきます。
まだ新キャラのカソードとカヴァーを書き上がった辺りです。一番最初に書いたのはアルディックでも何でもなくアーシラトでした(五十音順だから仕方ない
カラッドは思ったよりも短くまとまりました。淡泊すぎたか、設定が。
でもWantの事を考えてない訳ではないです。というか逆です。いつでも考えてる気がします。
取り敢えず、主にアポフィスの立ち位置などが変わりました。そしてラストが未設定です。5つ程案があるのですが、一度全部のラストを書いてみようかと思います。そうでもしないとどれが良いか比べられないから。
このままじゃ4月10日に間に合いません。やばいです。
というかそれよりも受験が迫ってきてます。こわいです。
その所為でかなりアルディックに近い思考になってきてます。今の状態でラストを書けばもっとうまくいく気がしてきます。程良い鬱は執筆の味方。
Want to returnは鬱じゃないと書けません。もしくは意識がぼんやりとしているとき。
中盤(アルディックの右目が潰された辺りからが中盤だと思ってる)越えてから執筆速度が速くなったのは俺が丁度鬱だった事と新型インフルで高熱出してテンションがおかしかったからです(意識ははっきりしてた)。
ちなみにラストですが、アルディックが黒幕なのはほぼ確定だと思います。
一度真の主催者を入れて三人体制にしようかとも考えましたが。
何故アルディックが黒幕なんだと聞かれたら色々理由が有ります。「少しでも在り来たり感を無くす為」「バッドエンドの為」「カラッドを泣かす為」とか。最後のは気にしないで下さい。主に一番最初のが大きいです。
が、それだけじゃないですよ。
言わせたい台詞があるんです、どうしても。どうしてもこれだけは言わせたい、描写したいっていうのが。これを言わなきゃアルディックじゃないだろう的な感じの考えがあります。
でも覚えてる人居るんですかね。俺はあの台詞を言わせたいが為にラストまで突っ走った感じですが。
っていうかアレがアルディックの本質全てを語ってね?って思ってますよ。16話目の報復の下りですね。
自分で考えた筈なのにここまで気に入ってるとはこれ如何に。


ここからはかなり危険な話なので反転。


アルディックが本当に可哀想に見えてくる。同情する気はないけど、これも同情に入るのかな。
でもアルディックは本当に俺に似すぎている。ならばこの可哀想という感情は何なんだろう。
自分に対する感情なのか? 自己愛なのか? 結局自分は悲劇のヒロイン気取ってるだけなの?
取り敢えず、自分が今するべき事は勉強と執筆だ。勉強する気は更々無いが。
所詮俺は誰にも相手にされずに一人で死んでいきますよ、リアルで。ああ、誰も悲しまないで学校の奴等がハイタッチしてる様を空から見守らせていただきますよ。

こんな感じです、最近。

俺はただ単に虐められもしない他人から後ろ指さされもしない他人に怯えない「人並みの人生」が送れればそれでいいんですけどね。
全員が全員友達が居てクラスの奴を仲間だと思っててクラスに馴染んでると思わないで欲しいな、教育委員会とか教職員の皆様方は。

まじで荒れてるな。

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もうそろそろまた戦闘入るかな…戦闘難しいです(´・ω・`)
特に描写とか展開とかが。そのくせしてWantみたいな戦闘メイン書くのな!




RELAYS - リレイズ - 51 【紅茶】

ほぼ飛び込むようにして宿の扉を開けて入れば、目の前でとんでもない言い争いが繰り広げられていた。
「だーから、何でそこにばっかり拘りやがる!!」
「仕方ないでしょう、こっちは商売なんですから」
だが、声を張り上げているのは本気で切れる五秒前といった感じのラスターさんだけで、宿の店主と思われる黒に近い茶髪を顔の辺りで切り揃えている男性はポーカーフェイスで冷静に対応している。
「ラスター」
「大体なあ、こっちは客だ客!! 儲けんのが仕事なら少しはそこも折れろ!!」
「しかし、これは決まりですから」
「……おい、ラスター」
「決まり決まりってなあ、そんなモンにばっか縛られてんじゃ」
「ラスター!!」
シェイド大佐の声は宿屋中に響き、その場にいた全員——勿論ソーマは除くが、ほぼ全員の肩を竦めさせた。勿論店主も例外じゃない。
現役の軍人の怒鳴り声、それをこうも間近で聞く機会など一般人にとっては無いに決まっている。
「あ? あー、やっとかよ! お前等遅いんだよ! どれだけオレが説得すんのに苦労したか解ってるのか!?」
説得というより脅迫じゃないだろうか。あれは説得とは言えない気がする。それを言ってもラスターさんが断固として認めない事は解りきっているのだから言わないでおこう。
「……店主、すまなかった。約束通り二人を連れてきた。これでいいか?」
ラスターさんの襟首を掴んでカウンターの前から退かすと、シェイド大佐は俺達二人を指し示しながら言った。
「え、ええ……有り難う、御座います……。それでは、大部屋の方はこちらになります」
先程の怒声と全く違う落ち着いた声に、店主は呆気にとられながらもぎこちなく頭を下げ、カウンターから出てくると俺達を先導し始めた。
「……やっぱり軍人の怒鳴り声って怖いわね……」
ふと隣を歩いていたイーナを見れば、引きつった笑みを浮かべてそんな事を呟いていた。
確かにあれは怖い。俺だって怖かった。シェイド大佐のあんな怒声を聞くのは、ソーマとの手合わせで説教されたとき以来だ。
「——人数が多すぎるので、二人程別室、という事になりますが……こちらになります。それでは」
軽く頭を下げて隣を擦れ違っていく店主の背中を見送りながら室内に入る。
小さめの棚を挟んで等間隔に置かれているベッド、それに大きめのテーブルに数個の椅子があるだけの典型的な宿の部屋だった。
「……確かに二人程足りないな。ファンデヴとイーナが別室で良いな?」
軽く部屋を見渡してベッドの数を数えたシェイド大佐は彼女たちを振り返り、問いかけた。
「あ、私もそれ言おうと思ってた」
「……自分も」
二人揃って片手を上げて笑いながら答えた。確かに女性が二人だけというのもどうだろうか。
「何だよ、大部屋とはいえ男だらけの空間って……」
「何かアンタ一番色んな意味で危険そうだし」
「いや、それは酷くね? オレ常識ないように思われてる?」
「……何となく」
自分達の近くでぼやいたラスターさんの声にびしっとイーナの突っ込みが入る。しかもその直後にファンデヴの鋭い言葉が浴びせられる。それも彼が今一番聞きたくないであろう言葉だ。
何となく、ラスターさんの周りの空気が暗く淀んだ気がした。
「兎に角、もう部屋に行く——」
踵を返したイーナが床の段差につまづき、声にならない悲鳴を上げた。
誰よりも早く気付いたラスターさんがイーナの腕を掴む。それと同時に彼女の身体が強張った。
それに彼自身も驚いたのか、すぐに手を離すと微かに不安そうに眉を顰めるとイーナの顔を覗き込んだ。
「……どうしたんだ?」
「び、びっくりした……ごめん」
戸惑っている二人に俺が問いかければ、イーナは戸惑いの表情を浮かべたままで視線を彷徨わせると小声で呟いた。
「あー……悪ィ、驚かせたな。オレ昔っから冷え性なんだよ」
彼女を安心させようとしているのだろう、ラスターさんは笑いながら頭を掻くと言った。
「私こそごめん……って、あれ?」
「何だ?」
「いや……何でもない。ごめんね。それじゃ!」
一瞬怪訝そうに彼の手を見たイーナは軽く首を振ると、すぐに背を向けて部屋を出て行った。それに続いて、ファンデヴも少し振り返って俺達を見た後に出て行く。
全員が口を閉ざしたままで二人が出て行ったドアを見つめていた。
「……何だったんだ……?」
さっきのイーナはどこか不安そうというか、彼女の目には戸惑い以外の感情も浮かんでいた気がする。
「ま、そんな気にしなくてもいいんじゃねーの……っと」
欠伸をかみ殺しながら、サイラスは猫耳を隠すために被っていたらしい黒いフードを取った。それと同時に髪の色よりも若干濃色の耳が微かに揺れながら出てくる。……やっぱり慣れないな。
「取り敢えず俺はもう寝るわ」
「あーおやすみ……ってまだ夕方!」
寝る、と言って部屋の左隅に置かれているベッドに横たわったサイラスに条件反射で「おやすみ」、と言い終わってから突っ込んだ。
幾ら何でも、寝るには早過ぎる。少なくとも俺は、せめて夕食を食べてからの方がいいと思う。
「猫は寝るのが仕事とか良く言うだろ……」
「いや俺には解らない! それより夕食! どうするんだ!」
「……ヘメティ、ほっといてやれ」
自分で言うのは何だが、不毛な言い争いを見かねたのかシェイド大佐が溜め息混じりに制止をかけてきた。
もうこうなったら仕方がない、俺は気付かれない程度に溜息を漏らすと彼から視線を外した。
それから数分も経たずに寝息が聞こえてくる。……寝付きが良いにも程があるぞ。
「さて……何もすることがないな」
ラスターさんはイーナを見送った後にすぐ傍の椅子に座って何かを考え込んでいるようだし、ソーマは窓の傍に立って外を見たままで何も話そうとしない。ソーマが自分から何か雑談することはないけれど。
シェイド大佐が髪を掻き上げて口にしたと同時に、ドアがノックされた。ラスターさんが立ち上がるとドアを開け、誰かと——恐らく店主だとは思うが、数度会話するともう一度ドアを閉めた。
彼の手には、木目が綺麗な木製のトレイが持たれている。トレイの上には耐熱ガラスで出来ているらしい透明なポッドに人数分のカップが乗っていた。それに角砂糖が入っている容器も。
「店主から。何か紅茶だってよ」
テーブルにトレイを置くと、ラスターさんは手慣れた様子で人数分のカップに紅茶を注いでいく。
「紅茶?」
「そ。兄サンは角砂糖一つでいいんだよな? サイラスは寝てるから良いとして……ヘメティとソーマは何個だ?」
彼は銀色の短く細いトングのような物で角砂糖を入れていく。俺は殆ど飲まないからあまりそういうのに拘ったことはない。……どうすればいいだろうか。
「あまり飲まないから解らないんですけどね……」
「そうなのか? じゃあ二つにしておくぞ?」
微かな水音を立てて角砂糖が入れられ、カップが手渡される。熱すぎない丁度良い温度だ。あまり熱いと飲めない。所謂俺は世間で言う猫舌だ。
「オレはいつも通り入れないで良いか。……おーい、ソーマ。お前は」
「五つ」
「……え?」
「五つでいい」
提示されたその個数は、この小さなカップの紅茶一杯分に入れるには明らかに多い。
「……あ、ああ、解った」
俺とシェイド大佐が唖然としている前で、ラスターさんは戸惑いながらもしっかりと五つの角砂糖を入れていく。
ちゃんと融けるように、と付いていた細いスプーンで混ぜてはいるが、案の定しっかりと融けきってはいないらしい。そりゃそうだ。
「まだ全部融けきってねぇけど……これでいいのか?」
「構わない」
カップを受け取ると、ソーマは躊躇うことなくその常人にとっては甘すぎるであろう紅茶に口を付けた。
その直後、いつも真一文字に引き締められている彼の口許が少し緩んだ気がした。
「……にしても、何でいきなり紅茶なんか持ってきたんだろうな」
まだ十分に量が残っている紅茶のポットを見ながら、つい思ったことが口に出てしまう。
「……この町は昔から紅茶が特産品だった、恐らくその所為だ」
ソーマは早くも飲み終わったのか、既に空になっているカップをテーブルに置くともう一度窓際に立った。
「……おい、ヘメティ、あいつは甘党だったのか?」
本人に聞こえないように小声でシェイド大佐が耳打ちしてきた。
実を言うと、自分も知らなかった。……食事に関する他の事だったら知ってるんだけどな。
「いや、知りませんでした。……違うのだったら知ってます」
「何だ」
「オレも気になる」
ラスターさんとシェイド大佐の二人に同時に訊かれ、俺はソーマを横目で見る。気付いてはいないようだ。
「あまり機関の中で一緒に行動したことがないから正確には解らないんですけどね……ソーマ、ああ見えてかなりの量喰いますよ」
あの細い身体のどこに入るんだよ、と問い質したくなるくらいに喰う。一度機関の食堂で偶然隣の席になったときに見ただけだから今はどうか解らない。
「……人は見かけによらない、か……その通りだな」
「何かアイツの意外な一面見た……」
思った通り、二人とも意外だったらしく、信じられないといった表情でいる。俺も最初見たときは驚いた。
「——だが、それなら心配は要らないな」
「言われてみればそうだな。アンタの分も喰って貰えよ」
苦笑しながら言う二人の言葉の意味が解らず、俺は思わず眉を顰めた。
「そういえばまだ言っていなかったな。オレは普通に喰うと思われているようだが、かなりの小食だぞ」
「兄サンに普通の量で朝食喰わせてみろよ、腹痛でブッ倒れて寝込むから」
「……俺にしてみればそっちの方が意外なんですけど!!」
よくそんな小食なのに軍人なんてやっていられるな……俺にしてみれば、ソーマの甘党に大食いよりもそっちの方が驚いた。
「兎に角、それまでは適当に暇潰しだな」
ラスターさんは大きく伸びをすると立ち上がった。
暇潰しといっても、俺は例によって読書は苦手だ。要するに何もすることがない。
夕食の時間まであと2,3時間は普通にある。その時間をどうやって過ごすか。
街を出歩けば、またアレスとザクストに出遭う可能性も十分にある。かといって、このままで居るのも辛い。
じゃあサイラスみたいに寝たらどうなんだ、という話にもなるが、今寝たら確実に夕食を逃す。
誰かが起こしてくれればいいが、それを頼むのもちょっと、という考えが頭にある。
だが、これはもう仕方がないような気もしてくる。
「……すみません、何もすることがないので俺も寝ます。夕食の時になったら誰でも良いので起こして下さい……」
「別に良いぜ? まあ忘れたらごめんな!」
「忘れないで下さい、本気で。本気と書いてマジで忘れないで下さい」
念を押すと、俺はベッドに横たわった。そして目を覆うように腕を乗せる。
光が透ける事もない闇の中で、不意にソーマの墓石に供えられていた彼岸花が思い出された。
彼は何を思ってあれを自分の墓石に供えたのだろう。あの墓の前でも考えた問いをもう一度してみる。
だが、当然の事ながら結果は変わらなかった。解らないまま。
いっそ、ソーマに直接訊いてみようか。……それはあまりにも非常識だ。
考えている内、俺の意識は闇に落ちていった。

「——んー……あれ、ほんとに俺寝たのか……」
入ってきた光に一度目を瞑ると、俺は身体を起こしながら目を擦った。
「……あ、やべ、起きた」
そんな声に顔を上げれば、そこには引きつった笑みを浮かべているラスターさんが居た。
視界の端に見えるカーテンの引かれていない窓の外は、もうすっかり暗くなっている。
寝起きの頭で色々と整理しきれずに、未だにぼんやりとしている俺の顔をラスターさんが覗き込んできた。
「……悪ィ、起こすの忘れてた」
「……あんだけ念を押したでしょうが!! なのに何で忘れるんですか!! 大佐も起こしてくれれば良いじゃないですか!!」
もう悲鳴に誓い声を上げながら彼の胸倉を掴む。シェイド大佐にも抗議してみるが、本人は少し申し訳なさそうにしながら
「……すまない、オレもすっかり忘れていた」
「何で二人揃って忘れるんですかー!! そうだ、ソーマ! ソーマが起こしてくれれば」
「何故俺が貴様を起こさなければならないんだ」
いつも通りの冷たい声ではっきりと言い放たれ、二の句が継げなくなる。……いや、起こしてくれればいいじゃないか、それくらい。
「だーから悪かったっつーの、今度は起こすって。多分な」
「多分って、多分って……!」
もう何も言えない。俺は盛大に溜め息を吐くと手を離し、がっくりと項垂れた。
「大丈夫だ、人間一食抜いたからといって死にはしない」
「も、もういいですよ! 俺はもう今日は寝ますからね!」
「さっきまで寝てた癖に……」
ラスターさんの突っ込む声が聞こえてきたが、それは無視することにした。いちいち答えていたらきりがない。
「……まあ、オレ達もそろそろ寝るつもりだ。お休み」
「え、兄サン軍服で」
「誰が寝るか!」
軍服で寝るのはさすがにまずい、まずすぎる。いや、もしかしたら寝る人もいるかも知れないけど。
言い合っている二人の声を聞きながら、俺はもう一度横になった。

夜の大通りを、二人の男が歩いていた。それ以外に出歩いている人間は居ない。
「……そろそろ戻るぞ」
アレスは肩にかけている大きな黒い鞄を片手で支えながら、隣を歩いていたザクストに告げた。
「あ? マジでアイツ等ほっといていいのかよ」
「殺せという命令は出ていない、それ以外に理由はない」
眼帯で隠されていない右目が彼を捉え、抑揚のない事務的な口調でアレスは言った。
「命令命令ってねー……そんなに大事か?」
「当然だ。私はマーヴィン様に——」
彼の言葉を遮るようにして、無機質なアラーム音が鳴り響く。アレスは執事服のポケットから、自分の黒い携帯電話を取り出した。
「——もしもし。……はい、……——畏まりました」
数分にも満たない短い通話、それを終えるとアレスは誰も近づきそうにない路地裏に鞄を置いた。
「どうした……まさかとは思うけど、今来たってか?」
「その通りだ。命令だ、『アイツ等を探して殺せ、ただし茶髪にオッドアイの男は生け捕りに』、とな」
アレスはどこか楽しそうに言うと、軽く指を鳴らす。
「……あんな餓鬼に何の用があるのかね、マーヴィンは」
「それは私達が知る事ではない。——行くぞ」
視線の先、そして足の向かう先は、この町で一軒だけの宿屋。
そんな彼等の様子を、一人の男が路地裏から窺っていた。
「——他の奴等はどうでもいいが……アイツを殺されるのは困るな」
言いながら、男はサングラスを外すと路地裏を出た。
「……復讐、邪魔はさせやしないぜ?」




書いた!書いた!!←

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50話とかうそだああああああああああああああ(ry
まだあれだろ、まだあれだよ、まだ序盤だよ…!!うああ^p^p^pp^




RELAYS - リレイズ - 50 【郷愁】

「——それから、戦い方を学びながら今まで生きてきた、それだけだ。こんな話をしても解らないだろうが。……分かり易くまとめる。七歳の頃に都市の連中が攻め込んできた、そして目の前で父親と母親を殺された、そのせいで力が暴走した」
ソーマはそこで一呼吸置くと、続ける。
「そこに来た機関の奴等に『保護』された、そして今、だ」
想像していたよりも、重苦しく哀しい過去だった。自分なりに覚悟して、良く考えてから訊いた筈なのに、自分は軽い気持ちで訊いてしまったのではないかという感覚に陥る。
「……どうやら、町の人間が勘違いしたらしいな、この墓石は」
片膝をついて屈むと、ソーマは白い墓石に刻まれた自分の名前を指でなぞるように撫でながら笑い混じりに零した。それはいつもの嘲笑ではなく、何となく楽しげな笑いにも聞こえた。もしかすれば、これは自嘲なのかもしれない。
「……あの死神の恋、その昔話より滑稽だろう?」
「そんな事思う訳……って、聞いてたのか?」
明らかに自嘲と解る笑みで口許を飾りながら、彼は喉の奥で嗤う。
アーシラトが言葉に出した、彼が生きた時間の内ほんの少しの過去。それをソーマも聞いていたらしい。
「聞いていた、というよりは聞こえたと言った方が正しいかもしれないが」
ソーマは立ち上がると、黒い柵に囲まれた墓地の出口に向かって歩き出した。
「お、おい、どこ行くんだ? 宿とか解らないんじゃ……」
勿論俺も解らない。ただ幾らソーマが以前この町で暮らしていたと言っても、11年も離れていたのだから町の造りも少なからず変わっている筈だ。
「……この町に宿は一軒だけだ、すぐに解る」
足を止めることなく答えた彼の背中から視線を外し、もう一度墓石を見る。
墓石には、花束も何も置かれてはいない。ただ、一つ気付いたことがあった。
「……彼岸花?」
一輪だけ、微かに吹く冷たい風に赤い花弁を揺らしている彼岸花が供えられていた。先程から何度も見ていた筈なのに、気付かなかった。
ソーマを知っている誰かが置いていったのだろうか? もしくは——ソーマ自身が置いていったか。
もし彼自身が置いていったのなら、何か意味があったのか。何を思っていたのか。
俺には何も解らなかった。
ただ、ソーマの事だから何かしら意味があっての事だろう。……花言葉、とか。
彼岸花の花言葉は、確か『悲しい思い出』だった気がする。勿論、どこかで聞いただけで本などを見たわけではないのだから曖昧だが。
ソーマに視線を戻せば、この町の大通りに向かっているようだった。
一瞬追いかけるかどうか迷ったが、結局彼と同じ方向へと小走りで走り出した。

俺とソーマは、並んで大通りを歩いていた。例によって会話はない。
大通りというせいもあるのか、先程の教会周辺に比べれば人は多い。といっても、30人も居ない程度だが。
「……何故ついてくるんだ」
「……いや、何となく。それに宿向かうには大通り通るしかないかなと思って」
他の所からも行けるには行けるだろうが、大通りを通るのが一番早い筈だ。そう考えてここを歩いているのであって、偶然ソーマと行き先が一緒になったというだけだ。
これが本心だが、言えば色々と必死で誤魔化しているように取られる可能性が高いから言わないでおく。
彼は盛大に溜め息を吐くと、苛立ちを隠すこともなく俺に視線を向けた。
「貴様は毎度のように」
「勝手にしろって言ったのはソーマだぞ? 俺はその言葉通り『勝手に』ついてきてるだけだって」
ソーマの言葉を遮って言うと、彼が眉を顰めるのが解った。俺は間違ったことは言っていない。と思いたい。
それにしても、戦いの爪痕が町に殆ど残されていない。11年も経っていれば、これくらいは普通なのだろうが、軒を連ねる家々や店も、殆ど今まで見てきた物と変わらない。
耳を澄ませば、本当に楽しそうな談笑の声も聞こえてくる。
それでも、この町が一度壊滅状態にまで追い込められたのは変わらない。たくさんの人間が死んだ事実も。
溜め息を吐こうとした瞬間、突然ソーマが足を止めた。
「どうし……」
「黙れ」
何故突然そんな事を言われなければならないのか、と反論したくなったが、ソーマがある一点を睨んでいる事に気付く。
訝りながらもそちらに視線を向ければ、そこにはある一軒の店の前で何やら店主と話をしている白と黒の背中、それに黒混じりの赤髪を高い位置で一まとめにしている、右腕が黒を基調とされている義手の男、その二人の姿があった。
「まさか……!」
つい数分前まで頭の片隅にもなかった不安や戸惑いが、一気に膨れ上がる。
汚れ一つない執事服に、雪のように白い長髪。その背格好は、あの郊外戦で一目見ただけの支配者——マーヴィンの側近であり執事であるアレスだった。
その隣に居るのは、服装は違えどイーナの幼馴染みであるザクストに違いない。
何故こんなところに居るのかという戸惑い、それにまたここで戦うつもりなのかという疑問が浮かんでは消えていく。
何も出来ずに立ち尽くしている内、彼は用事を終えたのか店の前から立ち去り、こちらに歩いてきた。まだ俺達には気付いていないらしい。
丁度2,3メートル辺りにまで近づいたところで、二人はようやくこちらに気付いたように視線を俺達に合わせてきた。
「——何だ、あの時に居た奴等か。何故貴様等がここにいる?」
「それはこっちの台詞だ! 何でここに居るんだよ!」
アレスはまるで人形のように表情一つ変えずに口を開いた。
「別に誰がどこに居ようが勝手だろ? それまで口出しされる謂われはないね」
困ったような口調と声音ではあるものの、ザクストの口許には小馬鹿にするような笑みが浮かんでいる。
「……またこの町を壊しに来たか」
いつもよりもはっきりとした声で、ソーマは真っ直ぐに彼等を見据えたままで言った。
「壊すだと? 何の……ああ、11年前のあれか。あれはこの町がこちらの要求に応じなかったから。……だそうだ」
余りにも理不尽な動機、理由だった。ソーマの瞳に明らかな殺意が宿り始めているのが見なくても解る。
「誤解を招かない為に言っておこう。あの時の戦いはマーヴィン様の祖父に当たる人間が独断で起こした行動であり、私もあの方も何ら関係はない、とな。……まあ、その頃にはあの方はまだ10歳にも満たない子供だったのだから解るだろうが」
微かに口角を吊り上げ、アレスはすぐさま付け足した。その横で、ザクストは『何が何だか解らない』と言ったように視線を背けている。
「それに、あの方はこの町を気に入っているようだぞ?」
今度は何かを含んでいるような意味深な笑みを形作ったアレスの手には、茶色の小さな紙袋が乗っていた。
「何かそうらしいな。この町の紅茶が一番気に入っただのどうのこうの、って前すっげー楽しそうに話してたぜ? ま、そこは安心していいんじゃねぇの」
欠伸をかみ殺した声で言う彼は、声と同じく本当に興味がなさそうだった。敵だというのに、その態度には刺々しさや殺意は微塵もない。
「今は貴様等を殺せという命令は出ていない。行け」
ここは戦わずに見逃す、という意味での言葉だろうか。それ以外に意味はない筈だ。
「……あーちょっと待て。オイ、オッドアイ。少し訊きたい事がある」
「何を……って、うわっ!」
ザクストは何か思い出したらしく制止すると、俺の了承など取らずに左手で手首を掴むと歩き始めた。離れるということは、聞かれたくない、聞かれてはまずいという事に違いない。
ある程度離れた位置に来ると、彼はようやく俺の腕を離してくれた。
「……何なんだよ、いきなり」
「別に大したことじゃない。1分もあれば十分足りるくらいの事だ」
ザクストは俺に背中を向けている為、どんな表情をしているのか窺えない。
そんな状態で、彼はやっと聞き取れる程度の呟きにも似た小声で問いかけてきた。
「……アイツは、……イーナは元気か」
「え?」
全く予想していなかった問いだった。イーナとザクストが幼馴染みという関係なのは知っていたが、この質問は考えていなかった。
ただ、これくらいの事ならば答えても大丈夫だろう。戦いに発展する、なんてことはなさそうだ。
「……ああ、元気だよ。あれからこれといって大きな戦闘はしてないから怪我もしてない」
アーシラトとの戦いはそれに入るのかどうか解らないが。ただあれは入らないと個人的には思う。
彼に応戦していたのはサイラスにファンデヴにラスターさん、それにソーマだ、最終的に動きを封じたのはダグラスさんだ。イーナは一時的にアーシラトの動きを止める程度の物だったから。
「そうか。……ならいい。それだけだ。殺されない内に逃げとけよ」
「っ、誰がだよ!」
「冗談冗談。……次に会うときは敵同士だ、こっちは問答無用で行くからな」
安堵したような響きを持った肯定に若干こちらが戸惑ったが、すぐに放たれた言葉によってそれもどこかに吹き飛んでしまった。
それだけを言い残し、ザクストは右手を軽く振るとアレスの元へと戻っていった。
ほぼ同時に、ソーマもこちらに歩いてくる。どうやらソーマもアレスと何か言葉を交わしていたらしかった。
「……敵を案じるか。馬鹿のする事だな。行くぞ」
「いやそれは……って、また聞こえてたのか」
これまで聞こえていたなんて、どこまでソーマは地獄耳……いや違う、聴力がいいのか。偶然か?
ソーマと同じ歩幅で歩きながら、そんな事を考えてみる。
「貴様の答えた内容で大体は把握した」
「……要するにアイツの声は聞こえなかったから質問の内容は解らなかったけど、俺の答えで大体質問が解ったって事か」
確かに俺は普段通りの声のトーンで話していた。それにしても、良く気がつくな。
不意に顔を上げると、進む先から黒い影がこちらに向かって歩いてきていた。
「って、シェイド大佐? 何で歩いてるんですか? 宿居るんじゃ……」
「ここに居たのか……いや、その事だが。お前達二人の分も部屋を借りようとしたら本人が来てくれないと駄目だと言われてな。それで探していた。30分以内に連れてこなければ拒否する、とも言われた」
「え、じゃあすぐ行かないと……って今はどうなってるんですか?」
誰かが宿で話し合ってくれていたりするのだろうか。それとも何もないのだろうか。解ることは『すぐに行かないと今夜は野宿になるかもしれない』、これだけだ。それだけは勘弁して欲しい。
「ああ、今はラスターが丁度——」
シェイド大佐が言いかけたとき、丁度俺達の横を歩いていた一人の男がぴたりと足を止めた。
「——ラスター?」
男は黒髪をオールバックにしてボタン式の黒コートを着込んでおり、眼差しはサングラスで隠されている。
彼はシェイド大佐の顔を見据え、問う。
「……ラスター……、ラスター=ダーグウェッジか?」
「……ああ、そうだが。それがどうした? まさか知り合い……」
「知り合いだと? そんな単純な関係じゃねぇよ。もっと——いや、何でもねぇ。……悪かった」
突然問いかけてきた男は、一度眉根を寄せて口にしようとしたが取り消すと、謝罪の言葉を残して俺達とは反対方向に歩いていった。
「……何だったんだ?」
「オレと違って交友関係の広いあいつの事だ、友人か何かだろう。……時間がない、行くぞ」
ここで思案していても時間が過ぎるだけだ。今やるべき事をしなければならない。
走り出したシェイド大佐に続いて、俺とソーマも走り出した。
振り返ることも何もしなかった為に確認はできなかったが、後ろで先程の男が何かを呟いている気がした。

「……ラスター、か」
男は先程聞いた名前を反芻しながら町中を徘徊していた。
瞳はサングラスに隠されている為解らないが、身に纏っている雰囲気が異常に重く、他人が容易に近づけるような雰囲気ではなかった。
「……何でいつもこうなんだよ……!」
手を強く握り締め、思い詰めたような低い声で呟く。
「——アイツがあの……クソッ、……何なんだよ!」
悲痛、とも取れる男の叫びは、虚しく町に反響して掻き消えた。




いやもうなんていうか、伏線張るのが難しくて仕方ないわ!

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大晦日にソーマの過去編!THE☆シリアス!!…と、思ったら1週間経っちゃった。
ソーマの過去明かすの早すぎたかね。




ソーマは18年前に、他の町に比べて少し住人の少ないこの町——ベガジールに生まれた。
生まれた時刻は、そろそろ日付が変わるかという時間帯だった。
その時の空の色によく似た、光の加減で黒にも見えるような濁った青の瞳に、その時の空に浮かんでいた月の色をそのまま映したかのような銀髪。
母親の銀髪に父親の瞳の色を受け継いだ姿に、その場に居た両親と大人達は、皆一様に『神秘的』という言葉を思い浮かべた。
そして付けられた名前が、『月の神』という意味を持つ『ソーマ』だった。
両親と自分一人。自分達は争う事もなく、平和に生きていけるものだと思っていた。

11年前のあの日までは。

RELAYS - リレイズ - 49 【嘗て】

丁度その夜は、ソーマが生まれた時と同じような月が浮かんでいた。
空の色は、黒というよりも濃紺に近い色合いをしていて、酷く幻想的に町を包み込んでいる。
普段通りの平和な夜、立ち並ぶ家々からは住人の楽しそうな談笑の声が聞こえてくる。その談笑の中には、勿論彼の家族も含まれていた。
この日も、いつも通りの平和な夜で、いつも通りに明日を迎えられる物だと誰もが思っていた。この平和なときが失くなる、そんな事は考えつかなかったのかもしれない。
それを破ったのは、一発の銃声だった。
平和な箱庭、そこにその音は酷く不釣り合いで、誰の耳にも届いた。——届いてしまった、と言った方が正しいだろうか。
町に足を踏み入れたのは、数人の軍人に百数十人程の兵士達だった。
彼等はその手に銃や剣といった武器を携え、この町では殆ど聞くことの無い銃声を聞き、外に出てきていた住人達に銃口や剣先を向け、片端から殺していった。
談笑の声は掻き消え、町にはただ悲鳴と銃声だけが反響していた。
ソーマは両親と共に、その音に震えていた。
家族で逃げなければならない。頭ではそう解っているのに、『逃げよう』ということも出来ず、かといって足も動かない。
ただそこで、いつ殺されるかも知れないという恐怖に耐える以外になかった。
「——大丈夫だ。……もう少しで、終わるさ」
「……ええ」
父親はそれでも気丈に笑みを浮かべ、妻と息子を安心させようと優しく言い続けていた。
だが、その笑みが仮面な事は誰が見ても明らかな程に罅割れていた。ソーマと同じ色の眼には、はっきりと恐怖が映っていたのだから。
母親は掠れた声で返すと、ソーマを守るように抱いている手に微かに力を込める。
不意に悲鳴も銃声も止み、静寂が訪れる。
「……終わった、か……?」
白いカーテンの掛かった窓から外を窺いながら、父親が小声で呟いた。
その瞬間、部屋の扉が剣によって切り壊され、軍服に返り血を染み込ませている二人の軍人と数人の兵士が入り込んできた。
「——おい! ソーマを連れて逃げ……」
逃げろ、と告げ終わる前に、白い軍服を身に纏った軍人は手に持っている長剣を振るい、父親を袈裟懸けに切り倒した。
「……父さんッ!」
ソーマの悲鳴に似た声にも、父親は反応することなく倒れたまま動かない。
「——あとはこの二人で最後ですか」
「そうらしいですねぇ。もう住人は居ないようですし」
軍人は低く、死刑宣告に等しい言葉を漏らすと父親の血で赤く濡れ光っている剣を一度血払いした。
いつの間にかその隣に立っていた、眼鏡をかけている軍人はちらりと横目で、住人達の倒れている外を見た。
母親は眼に涙を浮かべてかたかたと震えながら、ソーマを抱いていた腕を解く。
そして、その背中まで伸びた綺麗な銀髪を揺らしながら前へ出た。
「……絶対、に……この子は——この子だけは、殺させません……!」
黒いロングスカートの裾をその華奢な手で強く握りしめ、明らかに震えている声で、それでもはっきりと言い切った。
軍人はそれに何も答えず、醒めた眼で母親を見る。
「——面倒ですね。やってしまいなさい」
「ええ。丁度私もそう思っていたところです」
眼鏡の軍人は微笑を湛えたままで銃を取り出すと迷うことなく彼女の胸に狙いを定め、躊躇することなくその引き金を引いた。
母親の血がソーマの白い頬に飛び散り、その頬を伝い落ちる。
声も何も出せず、ソーマはただ呆然と、涙さえ流すこともなく足下に倒れている母親に向けて発砲した軍人を見つめていた。
「……親が恋しいですか、餓鬼」
父親を切り殺した軍人の明確な殺意で光る緑色の瞳が細められ、その口許に嘲笑が浮かべられた。
「……フン、すぐに両親の後を追わせてやりますよ」
軍人は無感動に鈍色に光る剣を一度彼の目の前でちらつかせてから、構え直した。
ソーマの眼が見開かれ、躯が小刻みに震え出す。
それは軍人の瞳には、今から自分に襲いかかってくる死に怯えているのだとしか映っていなかった。
父親を殺した凶器が、ソーマの首を目掛けて振り下ろされる——筈だった。
「……う、ああああああああああああッ!!」
彼の口から絶叫が迸ると同時に、周囲がガラスに罅が入るような音を立てて凍り始めた。
それに加え、頭を抱えているソーマの手から、鎌の刃に酷似した力が放出される。
「クソッ、この餓鬼……! 自分の力を押さえられないで暴走しましたねぇッ!」
軍人は悪態を吐くと、剣を持っている手を下げると後退した。
ソーマは頭から手を離すと、ぎこちない動きで震えている左手を自分の横に向ける。
軍人でさえも近づけない程の魔力が渦巻いている空間に、電流が流れるような音を立てて何かが出現した。
彼の手がそれを掴んだ瞬間、軍人の持っている剣よりも鋭い魔力が明らかに指向性を持って後方に下がっていた軍人、それに兵士達に襲いかかった。
「……ぐああぁッ!!」
母親を撃ち殺した張本人である眼鏡の軍人が出す悲鳴、それさえもソーマには届いていない。
「——許、さ、ない……消え、ろ……消えろ……消えろおッ!!」
異様な光を宿した暗い青の瞳が『敵』を睨み、軍人の殺意を遙かに超える『憎悪』を込めてソーマが叫ぶ。
耳鳴りのような音が響き渡り、彼の周りを覆っていた魔力が全てを巻き込んで爆発した。

「——間に合わなかった、か……」
「……中には生きている人も居るみたいだけど……酷いな」
小さな瓦礫の破片を踏み締めながら、金髪に白衣を羽織った男は悲しげに目を伏せる。
「今自分達にできる事をする……そうだろ、司令官」
白いコートを羽織った中年と思われる男は、くすんだ金髪を風に揺らしながら言った。
「……そうだね。すまない」
白衣の男は答えると、自分の背後に整列していた、同じく白衣を纏っている人間達に指示を出し始めた。
「医療班、A班は彼方を、B班はここ周辺を——」
金髪の男はその様子を遠目に見ながら、何かに吸い寄せられるように足を踏み出した。
この町のどこかから、何か引っ掛かるようなものを感じる。言葉には言い表せない不思議な感覚が、彼の身体を満たしていた。
しばらく町中を徘徊していた男は、ある一件の崩壊した家屋の前で足を止めた。
入るか入らないか少し躊躇ったが、一度短く息を吐くと瓦礫を踏み越えて入り込んだ。
白い絨毯に染み込んでいる数人分は有りそうな血、そこに倒れている、数人の兵士と女性と男性の死体。
男はあまりに陰惨な光景に顔を顰める。が、そこで気付く。
恐らくは居間と思われる部屋の真ん中に、一人の少年が俯いて座り込んでいた。
男は少年に歩み寄るとしゃがみ込み、涙を流すこともなく虚ろに視線を宙に彷徨わせている彼の顔を覗き込んだ。
「……生きてるか」
命が、ではなく、心が、精神が。死んでいないか。
できる限り優しく問いかけるが、反応はない。
次にかける言葉が見つからず、途方に暮れていた男の目にある物が映った。
少年の身の丈程はあろうかという巨大鎌だった。持ち手も刃も、何もかもが白く、淡く発光している。
それを見て男は瞬時に少年に何があったのかを悟った。
目の前で両親を殺され、それにより『能力』が開花——いや、この惨状を見れば『暴走』か。
未だに何の反応も示さずにいる少年に男は一度頷いた。
「……立てるか?」
そこで初めて彼は反応し、ゆっくりと立ち上がると今までもそうであったかのように鎌を拾う。
「……大丈夫だ、お前の父さんと母さんは、俺等がきちんと——……天国、に送ってやる」
言葉を選ぶように黙り、男は寂しそうに微笑むと少年の手を取り、歩き出した。

その後、白衣の男と白コートの男と共に『機関』に来たソーマを待っていたのは

「——あんな経験を味わった、それなのに……すまない」
「……何」

酷く残酷な宣告だった。

「……戦って、欲しい」




\(^o^)/
もうやだ何で一週間かかるのよ!!Die!!!

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