魔界に堕ちよう 69話ー 忍者ブログ
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調子に乗って書いていたら恐ろしく長くなりました。でもこの話が一番書きたかったんだ…!
にしても話数を重ねるごとにどんどん長くなること。
作業用BGM:アンチクロロベンゼン




ほんの少しだけカップに残っていた生ぬるい紅茶を飲み干し、アイドは唇を嘗めてから再びモニターに視線を注ぐ。
先程まではその場に二本足で立ち、主の盾として矛として立ち回っていた白い髪を持つ執事。
彼が実に呆気なくシェイドの銃撃によって吹き飛ばされ、床に這い蹲る様をアイドはそれは楽しそうな眼で鑑賞していた。
「……何て言うか、呆気ないな」
世界の支配者に仕える機械人形であるというのだから、もう少し頑丈かと思っていた。そうなればハウンドもそうなのだが、彼はその行動やだらしなく着崩した燕尾服などの事もあり、マーヴィンに絶対の忠誠を誓っているとは考えづらかった。
考えづらい、というよりも、何となくマーヴィンへの反発心が見受けられる。
それもあり、アイドは真っ先に自分やダグラスの所に近付いてきそうな彼を封じた。今頃は自分の“仲間”によって総攻撃を受けているだろうな、なんて事を考えて、アイドは思わず噴き出してしまう。
笑いを堪えながら空になったカップを置き、モニターを見ていた彼は不意にモニターの端を掠めた『それ』に眉を顰めた。
見間違いかも知れない。そう思い、ごしごし、と目を乱暴に擦る。目を擦っている間に先程の影はモニターから消えていた。
普段ならば「何だったんだろうな」とすぐに視線を逸らすところを、今のアイドは何故かそうしなかった。
あの影を捉えた瞬間に、嫌な予感がした。背筋が凍るような、身体が震えてしまうような。
現実離れしたパステルカラーの水色をした前髪を掻き上げ、アイドは食い入るようにモニターを見つめる。
凝視し始めてから一分も経たず、そのモニターの中心にとある人影が映った。どうやら監視カメラは斜め後ろからその姿を捉えているらしく、その横顔が見て取れる。
「…………嘘だろ……」
焦燥感を含んだ声で呟いたアイドの視線の先にあるモニターの向こうで、『彼』は口角を吊り上げて歪に笑った。

RELAYS - リレイズ - 69 【暴走】

マーヴィンを除いたほぼ全員が疲弊し、負傷し、その場から動けなくなっていた状況で、突如響いた足音と金属音にその場に居た全員が例外なく目を瞠った。
ソーマやシェイドが呆然と目を瞠っているのとは違い、マーヴィンだけはすぐに平常心を取り戻したのか普段通りのにやにやとした笑みを浮かべて楽しげに眼を細めていた。
その視線の先にいるのは、自分とは何もかもが正反対にある筈の、三つ違いなだけの数年前に捨てた兄弟。
力がある癖にそれを使わず、役立たずな癖に戦場に出向き、結果的に何もできずに——それでも無惨に命を散らすこともなく無事に帰ってくる。忌々しささえ覚えるほど、相変わらずの『悪運』の強さを持つ弟。
今回もまた、その悪運の強さにより引き起こされたものだろうか。
黒い軍服と白い手袋を赤く汚しながら床に赤く模様を描く鮮血を流しながら、シェイドもまたヘメティの変化に敏感に気付いていた。
自分に限らず仲間がこうして血を流していれば敵が目の前にいようが武器を捨てて近づき、身を案じてくれる彼が、自分や床に膝を着いてしまったソーマの状態に見向きもせずに刀の柄を握り締めてゆっくりと歩みを進めている。
それだけでも、十分異常だった。
「……本当に君は、良く空気を読んで僕を楽しませてくれるね」
自分のすぐ足下に膝を着いたソーマを軽く蹴り飛ばし、マーヴィンはくすりと笑ってから一歩一歩着実にヘメティに向けて歩みを進めていく。規則正しく響く足音はヘメティのそれと重なり、フロアに響いては掻き消えた。
「ッマー、ヴィン、さ——」
主の身を案じるアレスの声を、甲高い銃声が遮った。それと同時にアレスは短く悲鳴を上げ、無機物で構成された身体をどうすることもできずにほんの少し後方に飛ばされる。
その後も何度も彼の身体は痙攣でも起こしたかのように跳ねて徐々に砂埃が薄く積もった床の上を転がっていく。血は出ていないものの、燕尾服に開いた幾つもの穴が何発もの銃弾が撃ち込まれたという事実を物語っていた。
当然、床に縫いつけられていたシェイドにも流石にそんな芸当は出来ない。そうなれば最早誰がやったのかなど明白な物だ。
アレスに向けた銃口から薄く煙を立ち上らせる黒光りするそれを構え、冷淡にさえ見える佇まいでヘメティは彼を撃ち抜いていた。
幾ら機械人形であろうと、自我のあるもの、生きているものを傷つけることを恐れてばかりだった少年が、今ここで自分の目の前で他人に発砲した。その事実に、どうしようもなくこの場にいる人間は動揺していた。
どうやら全ての銃弾を撃ち終わったのか、もう用済みだと言わんばかりに拳銃を投げ捨てたヘメティは俯いたままだった顔を上げてマーヴィンを見る。
彼の口角は歪に吊り上がり、狂気のような感情を露わにした笑みを形作っている。瞳は今までヘメティが持つとも思えなかった感情で煌々と煌めいていた。
これだけでも混乱と戸惑いは増幅するというのに、更に追い打ちをかけるような事実にも、周囲の人間は気付いてしまう。
紫水晶のように澄んだ紫を宿していた筈のヘメティの左目が、今は血を被ったように赤く染まっていた。
その様は、数メートルほどの間合いを取って対峙するヘメティとマーヴィンが切っても切れない血縁関係にあるのだ、ということをあからさまに誇示しているようにも見える。
暫くは歪みに歪んだ笑みを浮かべたままでその場に立っていたヘメティだったが、一度獰猛そうに唇を一嘗めしてその手に携えた闇の名を冠する刀を構え、地面を蹴った。
それも予想していたかのようにマーヴィンは涼しい顔で受け止めては、ソーマにもしたように弾き返す。
だが、ヘメティは刀を弾き返されても尚、素早い剣劇を繰り返した。
甲高い金属音は短く、連続して辺りに響き渡ってはびりびりと空気を震わせて反響し続ける。
その音に顔を顰めながら、鎌を杖代わりに立ち上がったソーマは額に浮いた汗を拭えばシェイドの元までつかつかと歩み寄る
「……ソーマ」
この状況に似付かわしくない——いや、逆に調和しているのかもしれないが、静かな声でシェイドは彼の名を呟く。しかし、シェイドの瞳はソーマを捉えてはおらず、ただただ目の前でマーヴィンに切り掛かるヘメティのみを映していた。
「何だ」
短く、どこか切羽詰まったような様子でソーマは聞き返す。
「…………今、オレ達の目の前で何が起こっている?」
「見ての通りだ」
ソーマに尋ねた時点で既に答えは知れたようなものだった。「見れば分かる」というような内容の答えを返されることなど分かっていたが、それでも違う答えを期待して問い掛けたのに、とシェイドは歯噛みしてしまう。
その間にも、刀と鉄パイプが触れ合って起こる金属音は止まないままで鼓膜を揺さぶり続ける。
「——ただ、異常であることは確かだがな」
ぽつりと付け加えたソーマにシェイドは頷き、自分から肩を拘束する剣を引き抜こうと柄を掴む。
彼がその行動を取った瞬間、マーヴィンが今までに一度も上げなかった悲鳴を上げて背後の壁へと叩き付けられていた。
今まで延々と片手で刀を扱い続けていたにもかかわらず、何も疲労など感じていないかのようにヘメティはその場に立ち尽す。実際、今の彼に疲労など何のブレーキにもなりはしないのだ。
彼は遠目から辛うじて分かる程度に肩を微かに揺らし震わせ、噛み殺したような笑いを上げ始める。
それを確認し、「今彼は笑っている」とソーマ達が認識した頃には、その狂った笑い声はマーヴィンを彷彿とさせる高く響く哄笑にまで変わっていた。
「……予想通り、か」
空気を震わせる耳障りな笑い声に顔を顰めながら、ソーマはそう意味深な言葉を漏らす。
苦々しく呟いた彼の様子にシェイドは怪訝に思ったのか一瞬身動ぎしたものの、貫かれたままの肩に激痛が走ったことで動きを止めた。
哄笑は徐々に収まり、今ではくすくすと嘲り笑うような笑い声へと変わっている。
「…………どういう事だ?」
状況が全く理解できない、というような表情を崩さないまま、独り言のようにしてシェイドがソーマに問うた。ソーマは彼の薄い黄色の瞳を一瞥し、すぐに視線を逸らしてしまう。
「……俺達『能力者』は、自分の意志で力を抑える事で能力を使役する。俺の場合は大鎌、アイツの場合は刀、という風にな」
突然、それも今自分が問うた内容には全く沿っていないようにすら感じられる内容の話をし出したソーマに虚を突かれたものの、シェイドは黙って彼の言葉を聞き入れる。
その間にもヘメティはその口許に歪んだ笑みを浮かべ、起き上がり自分に向かってきたマーヴィンに応戦していた。
またもフロア中を包み込む金属音に負けないよう、声を張り上げながらソーマは続ける。
「そして当然、アイツも人間だ。アイツには感情がある。脆弱な精神がある。……平たくまとめれば、今回はアイツが精神的に受け止められるものの許容量を超えたんだろう」
敵である筈のマーヴィンから告げられた事実に加え、自分はおろか仲間までもが窮地に陥った今回の状態。その状況に、ただでさえソーマ曰く『脆弱』なヘメティの精神が耐えられるわけもなかったのだ。
「——おかげで、普段力を抑え込んでいる箍が外れたらしいな。俺も味わったことがある。言わば『暴走』だ」
淡々とした声音は普段通りで、危機感も焦燥感も全く感じさせない。相変わらずの無表情でそう締め括って、ソーマはナトゥスを肩に担いだ。
「……要するに、今ヘメティがマーヴィンに刀を向けているのもヘメティ自身の意思ではない、と?」
「そうなる」
やっと状況が呑み込め、理解できたらしいシェイドの呟きにも、彼は特に感情を表に出そうとはしない。
ただその藍色で、マーヴィンの身体に着々と傷を刻み続ける『臆病者』の姿を捉えているだけ。
他人を傷つける事が嫌いで怖くて仕方がない、それとは真逆の様子でマーヴィンに向かっていくヘメティも当然身体中に傷を負ってはいるのだが、その傷の量も血の量も、マーヴィンに比べてみれば遥かに軽い。
マーヴィンに至っては既に片腕を深々と切り裂かれて赤いコートの袖を更に濃い赤で染め上げていた。あの傷では腕を動かすことも困難であることは遠目から見てもよく解る。
結局彼は片手で鉄パイプを操ってヘメティの剣劇を受け止めるしかないのだが、その力は普段のヘメティの比ではない。
圧倒的な力の差とも言えるそれを目の当たりにして、シェイドは勿論のことソーマも少なからず驚愕は感じているらしい。
「……まあ、俺自身アイツにここまでの力があることは予想していなかったがな」
口許に嘲るような、それでいて焦燥感を滲ませた笑みを微かに浮かべ、吐き捨てたソーマの頬に汗が伝う。
だがその直後にはその笑みは消え、逆に戸惑いや訝るような感情が浮かべられた。
悲鳴や呻きを噛み殺し、自分の肩に鈍痛を発していた傷口を作り出し、その傷を塞ぐ長剣の柄を掴んで引き抜こうとするシェイドに、ソーマは今度こそ眉を顰める。
「何をしている」
「見ての、通りだ、……ッ」
確かに見れば彼が何をしようとしているかなんて分かるのだが、そんな事はどうでもいい。
「余計に血を流すつもりか?」
今彼の傷を塞いでいるのはその長剣だ。それを引き抜けば、当然今以上の血が噴き出す事になる。
まるでシェイドの身を案じるかのように口にしたソーマの目の前で、彼の身体を縫いつけていた長剣が床から抜ける。それでも大分楽になったのか、彼は上体を起こせば息を吐いて剣の刃を手で掴んだ。
「……オレの血程度ならば、安いものだ」
答えになっていないだろうが、と嫌味を込めて言ってやりたいのをぐっと堪え、ソーマは口を噤んだまま彼を見守る。否、傍観する。
恐らく特殊な素材で出来ているのであろう白い手袋のおかげか、手が切れる事もなく徐々にではあるが長剣は引き抜かれていく。真紅の血で赤く光る鈍色の刃は不気味でもあった。
シェイドが痛みに耐えている間、ヘメティはただマーヴィンを追い詰め、傷つけて楽しんでいるようにしか見えない行為ばかりを繰り返して刀を振るっている。
肩で息をしているマーヴィンと、呼吸を弾ませることもしないヘメティの差は歴然で、ソーマはシェイドから意識を逸らして彼等の『兄弟喧嘩』という名の殺し合いを見ていた。
ヘメティの刀がマーヴィンの服も皮膚も肉も切り裂き、彼の命を悪戯に生死の境まで追い遣る。それを止めようと声だけでも張り上げるアレスにすら容赦はない。
つい数十分前までは逆だった筈なのに、マーヴィンがその場に膝を着く。それをソーマが認識したとほぼ同時に、耳の端でからん、というやけに軽い音を聞いた。
視線を向けてみれば、そこにあったのは血に濡れた長剣だけ。その場に居た筈のシェイドの姿は既に無い。
その代わりに、とでも言うように聞こえてきた足音と転々と切取線のように続く鮮血のお陰か、彼の動向は知ることができたのだが。
ソーマはその場に縫い止められたかのように動くことも出来ず、傍観者のようにして立ち尽くした。
その間にも、当然の事ながらヘメティの暴走は続いている。
ぼろぼろになった黒い燕尾服を身に纏い、降り積もったばかりの雪のように白かった髪を汚したアレスの頭を片足で踏みつけ、闇霧を携えていないもう片方の手では赤いコートを殊更赤く染めたマーヴィンの胸倉を掴んでいる。
ワインレッドのリボンタイも、今は解けて申し訳程度に首に掛かっている状態だ。白くフリルのついたシャツもまた、深い刀傷の形にじわじわと緩慢ながらも確かに血が滲んでコートと遜色ない色にまで変わっている。
気道を圧迫された苦しみからか、ただでさえ苦痛で歪んでいた顔を更に歪めてマーヴィンは軽く咳き込む。それと同時に微かに血が吐き出され、彼の白い口許を伝いヘメティの手に落ちた。
「……っ、殺したかったら殺したらどうなんだい? そんな薄気味悪い嗤いなんて、浮かべてないでさ」
傲慢な様子は相変わらずだが、ここまでくるとそれが虚勢であることなど誰が見ても明白なものだ。
自分の兄の赤い瞳を薄笑いを浮かべて見下ろし、彼はだらりと下げていた刀をマーヴィンの首へと突き付ける。
あと少し力を込めて刃を動かすだけで、いとも容易くこの戦争の終焉は訪れる。この世界も、恐らく破滅を迎える事になる。何せ支配者である男が居なくなるのだから。
その事をヘメティが考えられたのかは誰にも分からない。
彼は胸倉を掴んで引き寄せた支配者の首を切り落とそうと更に力を込め、微かに引きつったような笑い声を零す。
それに被るようにして足跡が止まり、小さな金属音が嫌なほどに辺りを包んだ。
その音に反応してなのか、それとも頭に感じる感触に対してなのか、ヘメティの動きが止まる。
「やめろ」
どんな状況であっても、よく通る声だった。
荒い呼吸の合間に吐き出された割には掠れてもいない声に、王族二人の血の色の瞳が見開かれる。
血を流す右肩の所為で力の入らない右腕を下げ、唯一無事な左手で拳銃を構えたシェイドは無理矢理に取り繕ったような無表情で、ヘメティを見据えていた。
その拳銃の銃口は、自分の仇であり憎悪を向ける相手であるアレスでも、支配者であるマーヴィンでもない。ヘメティの後頭部に震えることなく押し付けられていた。
「……ヘメティ、もうやめるんだ」
マーヴィンの胸倉を掴む手が震え、白くなるほどに力が込められているのを見て一度は止まった手の動きが再開されたことを悟る。
シェイドは短く息を吐き、ほんの少しだけ身体から力を抜いた。
「それ以上やったら、戻れなくなるぞ」
一度人を殺してしまえば、もう後には戻れない。自分に残るのは『人殺し』という汚名だけ。軍人という職業柄、シェイドはそれを身をもって理解していた。
その言葉がヘメティの耳に届くかどうか、というのは最早賭けで、これでもし彼の暴走とやらが止まらなければ容赦なく手足を撃ち抜いてでも止めてやろう、とシェイドは考えていた。それはソーマも同じで、彼もまたシェイドの背後からではあるがヘメティの首に鎌の刃を押し当てている。
暫くの間、戦闘の行われていたフロアにはマーヴィンの荒い息づかいとアレスの時折挙げる呻き声だけが反響し、尾を引いていた。
その静寂を破るように、マーヴィンは不意に嘲り笑うような声を漏らした。
「……僕らに、情けをかけるつもりかい? 軍人のクセに」
酷く掠れ、ぜぇぜぇという呼吸音に掻き消されそうなものだったが、辛うじて聞き取れた声に彼は態とらしく溜め息を零す。
「別に、貴様等を助けようとは思っていないさ。オレは仲間を助ける、それだけだ」
言葉とは裏腹に、銃口をヘメティの後頭部に押し付ける力は徐々に強まっている。ここで誤って引き金を引いてしまえば当然彼も死ぬことになるというのに。
シェイドが再び、今度は懇願でもするような声音でヘメティの名を呼ぶ。
その硬質の感触、首に当てられる冷たい感触に感化されたのか、それともただの『気紛れ』か——それとも、本当に『仲間』の声が届いたのか。
今までマーヴィンの胸倉を掴んで刀を突き付けているだけだったヘメティが、不意にマーヴィンから手を離した。
だがその動作もまた荒々しいもので、ゴミ袋を無造作に投げ捨てるようにして彼の身体を床に叩きつけるそれ。ろくな受け身も取れずに床に横たわったマーヴィンは身体中に奔った激痛に短く悲鳴を上げた。
その悲鳴を聞き届けたかのように、今度はヘメティがその場に膝を着く。銃をその場に落として彼の身体を間一髪の所で片腕を使い支え、シェイドは安堵に溜め息を漏らした。
かと思えば、今度はヘメティの身体からがっくりと力が抜け、強く掴んでいた筈の闇霧が滑り落ちる。重厚、とも耳障り、とも、何とも言えない音が、悲鳴や笑い声とは違い反響する事泣く掻き消えた。
ヘメティは既に意識を手放してしまっているのか、目を閉じて腕を力なく下げたままだ。薄笑いで情事吊り上がっていた頬も、眠っている時のような表情に変わっている。そのあどけなさすら残る表情は、今までのヘメティと何ら変わりない。
ただその頬にべったりと付着した血飛沫が、全てを物語っていた。
その血痕を何とも言えない表情で見つめていたシェイドだが、何の前触れもなく耳に飛び込んできた吐息のような嗤い声に顔を上げる。
床を這いずるようにして身体を僅かに起こし、血が染み込んで若干汚れてしまった焦げ茶の長髪を床に垂らしながらマーヴィンは嗤っていた。
楽しそうでもあり、悔しそうでもあり、それでいて嘲笑のようで、微笑のようで。優しげな上っ面の中、冷たく激しく渦巻く憎悪を秘めたような、普段のエゴイズム溢れる笑いとは全く別の意味で悪寒がする嗤いだった。
「…………悔しい、ね。うん、……実に悔しいよ。この場で……死にたいくらいに」
荒い呼吸の合間合間に、必死で言葉を紡ぐマーヴィンの頬に血と汗が混じった液体が流れ、床に落ちる。
死にたい、なんて言葉を口にした彼を鼻で笑い、ソーマはシェイドの背後からナトゥスの鎌の刃を向けてやった。
「……今この場で、殺してやることもできるが?」
氷。その一言に尽きる冷たさを秘めた藍色に射抜かれてもマーヴィンは笑う事を止めず、鉄パイプから手を離してコートのポケットから何かを取り出せばきゅっ、と手に握る。
彼の手に包み込まれたそれはかなり小さなものなのか、その正体が何なのか確認することもできない。
「いや、遠慮しておくよ。……もっと楽しみたいんだ、僕は。この世界を、ね……だから、」
そこで一度言葉を句切ったマーヴィンはちらりとヘメティを見てから、口許に微笑を浮かべて手に握った『それ』を指先で摘む。
金属光沢を放つ立方体のそれはパッと見では金属製のサイコロにも見える。だがこの場でそれを取り出したという時点で、小さな小さなサイコロが何らかの『兵器』であることは目に見えて分かることだ。
起爆スイッチを押すことで作動するような超小型の爆弾か、と一瞬身構えたシェイドの目の前で、マーヴィンはふふっ、と嗤って妖美とも取れる笑みを浮かべた。
それと同時にそのサイコロ状の物体を摘む指に力が込められ、カチッというやけに軽い音と共に光が辺りを包み込む。
「……だから、ここは逃げることにしておくよ。……アレスも僕も、……ヘメティもぼろぼろだからさ」
マーヴィンの消え入りそうな掠れ声は聞こえるものの、目映い光の所為で目を開けていることすらままならない。シェイドはヘメティの身体を支えている手とは違う手——丁度傷を負った手で反射的に目を覆っていた。
ソーマも同じように目を眇め、舌打ちして視界を覆う。
その光自体は数分どころか数十秒もせずに収まり、二人はゆっくりと腕を降ろせばお互いに顔を顰めた。
「次元歪曲式の転送装置だったか……くそっ!」
化学による技術に魔力や魔術を加え、作動することにより自分と自分の周囲、もしくは製造過程でインプットしておいた人間を別の空間へと転送させる装置。どんな仕組みなのか詳しくは知らないが、聞いたことはあった。
恐らく、というよりも確定であるのだが、彼等の転送先はマーヴィンの自室かどこかの病院だろう、とも思う。
シェイドは悪態を吐き、アレスもマーヴィンも忽然と居なくなっている空間を見る。
その場に彼等が居たという痕跡といえば、床に滴り落ちている血だけだ。アレスに至ってはそんな痕跡すら殆ど感じられない。
この状態では、恐らくラスター達を追っていたハウンドもまた同じように消えているのだろう。
背後でソーマが溜め息を吐いて能力を解除し、今までその手に握っていた白銀の鎌を青白い粒子として霧散させるのを感じながら、シェイドは悔しさから苦虫をかみつぶしたような表情で床の血溜まりを見つめていた。




[樹海] ┗(^o^ )┓三

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