I permanently serve you. NeroAngelo
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俺はこうしてまたトラウマを一つ抱えて時間に溺れながら辛うじて息をするしかできないんだろうなぁ。
いっそのこと「お前のせいだ」って罵ってくれた方が楽だったんだよ。宣言通りに1ヶ月以上経ちました。それどころか2ヶ月(ry
機関本部の最上階——とはいってもそこまで高い建造物でもない為に四、五階程度だが——に位置する司令室の執務机の前にダグラスは座っていた。
喧しいサイレンも、耳障りな銃声も、ここまでは届かないらしく殆ど聞こえてこない。ただその激しさだけは張り詰めた空気や振動からも伝わってくる。
何故総司令官がまず最初に逃げなかったのか。
別に格好付けでもないし、ここまで辿り着いた彼等を自分の力で討ち取ろうだとか、そういうことを考えているわけではない。当然ここは逃げるべきだと理解している。
ただ自分だけが尻尾を巻いて逃げるというのがどうしてもできなかった。それだけだ。
下の階では本部陥落を防ぐべく、侵入者を撃退すべく戦闘要員である彼等が動いているというのに、その彼等を置いてさっさと自分達だけ安全区域に逃げるなんて事が出来るわけもない。いや、だからこそ批難すべきなのだろうが、ダグラスにはそれが出来ない。
生来の性格が影響しているのかもしれないし、彼のポリシーともいえるそれが関係しているのかもしれない。
ダグラスは椅子に深く腰掛け、そのまま執務机に両肘をついて組んだ手に額を着けていた。
組まれた手には何かが強く握られているようで、親指の隙間からシルバー製のリングのようなそれが覗き蛍光灯の光を反射して鈍く光っていた。
眼鏡の奥に見える筈の瞳は強く閉じられ、その光を差し込ませる事はない。まるで全てを拒絶するように、もしくは何かを強く祈るように、ダグラスは手を組んで目を閉ざしている。
自分は何て無力なのだろうか。ただ指示を出すだけで、高みから見ていることしかできない。戦地に赴いて彼等の助けになることも出来ない『お荷物』。
総司令官という地位には自分から望んでなった。だが、それが余計に苦痛になるなんて。
そこに『彼』が関わればその無力感と葛藤は更に大きくなる。
アイドは彼の事を「そこまで精神が弱いとは思えない」という風に言っていたが、それは楽観的すぎるのではないか。彼はまだ成人もしていないそれこそ子供で、精神も安定しているとは言えない年齢だろう。
その上彼は自分が何者なのかすら理解できていない。『自分』を構成する記憶を殆ど失っていると言って良い。
だからこそ、怖い。恐ろしくて仕方がないのだ。
彼が自分のたがを外してしまい、そのまま自分の力に踊らされてしまう事が。
RELAYS - リレイズ - 68 【踏み外した足の行き先】
何を今更、という感じだが、薄々嫌な予感はしていた。
だがそれから嫌だ嫌だと目を逸らして、そんな事はないんだと自己暗示をかけて、俺は彼にそれを言われるまで自分の中に芽生えたそれと向き合おうとしなかった。
この絶望とやらは、そのツケなのかもしれない。延々と逃げ続けた自分への。
呼吸が荒く、短くなっていくのが自分でも解る、自分の頬を汗が伝い落ちるのが痛いほどによく解る。
それでもどうしても目の前にいる『兄』から眼を外せず、俺はただ何も言えないままで立ち竦んでいた。
「——君は僕を捨てた。そして僕は君を捨てた。その結果がこれさ!」
他人を追い詰めることに至福を感じるらしいマーヴィンは、変わらぬ笑みを浮かべたままで両手を広げて高らかに言葉を紡ぎ続ける。本来ならば聴き取りやすく良く通る筈のその声が、やけに遠く聞こえた。
闇霧の柄を握る手が震えている事に気付き、更に強く握り締めてどうにかその震えを押さえようとしてみるもののそれも上手くいかない。
「……辛い? 苦しい? それとも僕が憎いか? ……もしくは、何も考えたくないくらいに絶望してる?」
呪詛のように自分に投げかけられる言葉を聞きたくない、そう思ってその場にうずくまって耳を塞ぎたくとも、それをする術はない。この手から武器を滑り落とせばその時点で俺の負けだ。だから、黙ってマーヴィンを見据えてきついほどに拳銃と刀を握り締める以外にできなかった。
——口許に弧を描き、手に鉄パイプを携えただけのその姿がやけに恐ろしく思えたのは何故だろうか。
「何だ、君は『この程度』でもう何も答えられないのかい? ……仕方がないから、そこの君に話を聞くことにしよう」
携えていた細身の鉄パイプの先で指し示した先に居るのは、今までの話を普段通り興味なさげに聞き流していたらしいソーマだった。彼に話を聞く、と言っても、彼は何も知らない筈なのに。
ソーマは最初に自分に「口を挟むな」と一滴託せに突然自分に話を振られたこと、そして鉄パイプで示されたことに対しての苛立ちや不快感で顔を顰めながらもマーヴィンの眼を見返した。
「……初対面の俺に、何を訊くつもりだ?」
この状況下でも余裕を失わず、マーヴィンを小馬鹿にするように鼻で笑い飛ばしたソーマの言うことは尤もだと思う。話を聞くなら、無理にでも俺から聞き出した方が早いに決まっている。
ほんの僅かなものだが、冷静なソーマの様子に現実に引き戻されたような感覚を覚えた。当然俺自身はまだ混乱している——いや、混乱なんて言葉では言い表せない程のぐるぐると渦巻く感情。それを抱えている。
それでも幾分かはマシになった頭で、自分の意志でちらりとマーヴィンの隣に佇むアレスを見る。
彼は自分から自発的に何かを言うでもなく、ただただマーヴィンに付き添う影のようにしてすぐ傍に立っているだけ。己の武器である拳を今は下ろしているものの、俺達に対しての殺意は微塵も薄れてはいない。
もしも自分の主であるマーヴィンに手を出したらすぐに殺してやる。アレスの闇夜のように暗い瞳はそう語っていた。
機械人形というのならばその瞳もまた人の手、マーヴィンの手によって造られたものなのだろうが、それでもここまで『念』を感じてしまう。そこらの人間とは比べものにならない殺意。それが主への忠誠心と崇拝の上に成り立っているのだ。
「そうだね、君と僕は初対面だ。だけど訊ける事はある」
苦笑してソーマに同意し、指し示していたままだった鉄パイプを杖のようにして土埃にまみれた床についた彼はにたり、と凶悪な笑みを浮かべた。
「……君、気付いていただろう?」
勿論その言葉が俺に向けられている訳ではないのだが、上手く意味が汲み取れない。
だが尋ねられた当の本人はその意味を十分に理解しているらしく、感情の読み取りづらい藍色の瞳でマーヴィンと視線を絡めれば再び嘲笑めいた笑みを零した。
「気付かないとでも思っていたのか?」
「いーや、君なら感付いてるだろうと思ったよ。観察眼の鋭さが他人と比べものにならないからね。あの戦場でそれは十分解った」
リグスペイアでの邂逅のみで、彼は既にソーマの観察眼やら勘の鋭さを見抜いていた。他人を拒絶し続けて感情を表に出そうともしない彼からそれを見抜けるマーヴィンの方こそ鋭いのではないかとも思う。
マーヴィンはくすくすと笑いながら鉄パイプを持っていない片手で顔を覆う。
「…………元々、あの時点で大体そんな予感はしていた。あくまでも『予感』だ。決定的な証拠もなければ、確定できる何かもない」
淡々と、それでいて聴き取りやすい音程を意識しているのかマーヴィンに説明するような口調でソーマはただ言葉を紡ぎ、彼から視線を外すこともしなかった。
だが自らの武器を構える手には未だに力が込められているし、何か攻撃を受ければすぐに反応できるであろう程の警戒心も露わにしている。それは向こうも同じ事で、そんな一触即発の状態でこんな風に話をしているというのが不思議なくらいだった。
一度言葉を句切ったソーマに、マーヴィンは「それで?」と続きを促して顔を覆っていた手を外す。
「——まあ、これも確定する材料としては不十分なのだろうがな。……貴様が何故あの時にコイツだけを捕らえようとしたのかだ」
ベガジールでの奇襲を受けた際の事。ソーマの言葉が吐き出される度、彼の憶測や予想や確信が吐き出されようとする度、ましになっていた思考力がまたよく解らない感情に覆い尽くされるような、自分がどこかに堕ちていくような錯覚に囚われる。
「……大方、自分の手で捨てた奴を今度は自分の手で始末しようと思ったんだろう? 今後一切邪魔をされない為に」
どうだ? と続けたソーマに、マーヴィンは数秒間ほどきょとんとした様子で言葉を失っていたものの、すぐにその口許に弧を描けば鉄パイプを持ったままで器用に拍手し始めた。ぱちぱち、という軽快で間抜けな音は、この緊迫した状況に不釣り合いすぎるそれ。
似付かわしくないその音は、底まで反響することもなく虚しくフロアに吸い込まれた。
「——素晴らしいね! 大・正・解!! 本当に! 間違いなんて一つもないくらいだ!」
楽しげな響きを持ち、男性のにしては高らかな声。テノールではあるのだろうが、やはり気分が高揚しているということも関係しているのか地の声よりも随分高いように聞こえる。
そんなマーヴィンの声も殆ど鼓膜を震わせてこなかった。実際は聞こえているのだろうが、本能的に彼の声を聞くことを拒否している、といった感じだろうか。
彼はそこで話を終わらせる事をせず、更には今まで黙ってソーマの『推理』や自分の演説を聴いていたシェイド大佐にまでその赤い瞳を向けた。
「どうだい、大佐! 君だって薄々解っていたんじゃないのかい!? 彼が自分が忌むべき憎むべき、こちら側の人間なんだって事をさぁ!」
そう話しかけられた瞬間、包帯に隠された彼の表情が一瞬鋭いものへと変わったような感覚を覚える。シェイド大佐の瞳は先程までとは違う光も宿していて、まるでマーヴィンの言葉が事実だと肯定するようなものでもあった。
彼は暫く思考を巡らせるような様子で口を閉ざしたままだったが、不意にマーヴィン達に銃口を向けたままで口を開いた。
「ああ、その通りだ。薄々気付いていたさ。……当然、そこまで深く疑ったりはしなかったが」
最初こそは彼の声に絶望に良く似たそれを抱いたものの、すぐに打ち消すようにして救いの言葉ともとれるそれが俺の耳に届く。
当然それはマーヴィンにも届いていて、満足そうな笑みは少しむっとした表情に変わっていた。
「……どうしてだい? 僕らに仲間を殺された君なら、すぐに行動に移すと思ってたのに」
残念だなぁ、なんて間延びした声でのんびりとのたまうマーヴィンはシェイド大佐の答えに御立腹のようで、人の良い笑顔——いや、この状況ではただ恐ろしいだけだが、それも穏やかで緩やかで、それでいて傲慢な雰囲気も失われてしまっている。
「ならばオレからも質問させて貰おう。何故そう考える必要がある?」
逆に質問で返されたことにも不快感を抱いたらしく、マーヴィンはぴくりとこめかみをひくつかせる。彼の表情や心境の変化を察しておきながら、シェイド大佐は言葉を続けた。
「生憎だが、仲間を売る程、オレは冷酷になりきれないからな」
仲間。その短い単語の響きがまるで俺の胸に満ちる絶望や戸惑い、様々な負の情念を浄化していくようにゆっくりと染み渡る。
くすりと苦笑めいた笑みを浮かべてはっきりと言い放った彼に、マーヴィンは今度こそ顔を歪めて舌打ちすれば一度は鞘に収めていた剣を再度鉄パイプを持っていない手に持った。
「……つまらない、つまらない、つまらない! 全く面白くないんだよ、偽善的でさ!!」
声を張り上げて怒鳴るように吐き捨て、マーヴィンは鉄パイプと細身の長剣をしっかりと持ち直せば、つい数分前まではちらつくことさえなかった殺意をその瞳に宿らせて此方を睨み付けてくる。
その姿は威圧感や気迫、というよりも純粋な殺意と嫌悪を内包しているかに見えた。流石に以前出会った死神ほどの殺気や愉悦はないにしろ、やはり本能的にか恐ろしいと感じてしまう。
怖気が立つかのようなそれを肌で感じ取るのとほぼ同時に、今まで口を閉ざしたまま主の言動を見守っていたアレスが腰を沈め、軽く地を蹴る。
その動きには前触れも殆ど無く、不意を突かれたという表現が正しいとも思う。
シェイド大佐はアレスを狙うべく両手の拳銃の銃口を向け、彼と同じくソーマもまた応戦すべく鎌の柄を持ち直せば自分から足を踏み出しているというのに、俺は腕を上げる事が出来ずに居た。
せめて攻撃を受け止めたり防いだりすることはしなければならないのに、それができない。
シェイド大佐やソーマとは分が悪いと感じたのか自分に向かってくるアレスの手、掌打が俺に届くのが先か、二人の攻撃がアレスを襲うが先か。
そのぎりぎりの状況に耐えられず反射的に目を閉じるも、いつまで経ってもその衝撃も銃声も聞こえてこない。
それに恐る恐る目を開いてみれば、アレスの白い手袋が嵌められた手は眼前にあり、あと数センチで俺を吹き飛ばすという所まで迫ってきていた。だがその手は動いておらず、それどころか彼の身体の動き自体が止まっている。
この現象に対して一番驚いているのは他でもないアレス本人で、彼は驚愕にその黒い瞳を見開いていた。
「……どうしたんだい、アレス」
訝りに満ちた、それでいて苛立ちを含んだ声音でマーヴィンは自らの従者に尋ねるも、その問いを何発もの甲高い銃声が掻き消した。
短い悲鳴を上げて吹き飛ばされ、受け身を取ることも出来ずにその場に崩れ落ちたアレスに特に大丈夫かと声を掛けることもなく、マーヴィンは彼に視線を向ける。
「——まさか、ここで『身体が動きません』なんて事はないよね?」
見ていれば一目瞭然だが、主の言葉が図星だったらしくアレスは頷くことも出来ずに視線を地に落として口を噤んでしまう。その様子は明らかに肯定だったし、彼自身が戸惑っているということも誇示していた。
「…………何が起こったのかは知らないが、好都合だ」
「全く、面倒臭いなぁ。……仕方がないから、僕が彼の代わりに相手をしてあげるよ」
再度拳銃を持ち替えて構えたシェイド大佐の呟きの声に被さるようにして、マーヴィンは困ったように目尻を下げて口角を吊り上げる。
マーヴィンはそれからすぐに表情を変えて俺に眼を向ければ、意地の悪そうな凶悪な笑みで口許を形作った。
「大丈夫だ、君はあとでゆっくりと遊んであげるからさ。少し待っているといいよ、ヘメティ」
彼が自分の名を口にする度、言葉では言い表せないような感覚が身体を駆け巡る。恐怖とは少し違うこれは、嫌悪に良く似ていた。
片方の拳銃でアレスを狙いながらもう片方の銃でマーヴィンを狙い、シェイド大佐は彼に向けて躊躇うことなく引き金を引いた。
だが放たれた銃弾をマーヴィンは難なく長剣で弾き落とし、緩やかな足取りで彼は一歩だけ前に出る。
銃弾でも弾き返されるのならば当然ソーマの扱う魔術も全てが意味を成さない物で、彼もまたそれを理解しているのかすぐに地面を蹴れば跳躍してマーヴィンへと鎌の刃を振り下ろした。
「……甘いよ」
短い言葉を紡ぎ終わるのが早いか、すぐに彼は剣でナトゥスの刃を防ぎ今度は鉄パイプでソーマを狙ってその腕を振りかぶる。
自分に向けられて振り下ろされるそれを間一髪で避けたものの、マーヴィンはそれも予想していたのかソーマの腹部へと蹴りを繰り出せば力の限り彼の身体を蹴り飛ばした。
十八歳という歳やその長躯にしては細いソーマの身体が宙を舞い、俺の横を掠めて背後の壁へと叩き付けられる。その音とソーマの呻き声がやけに耳に響いて、一瞬耳を塞いでしまいたい衝動に駆られた。
シェイド大佐もそれらの声と音に顔を顰め、今までアレスに向けていた拳銃も使いマーヴィンを睨み付けて立て続けに銃の引き金を引いていくも、その銃弾は一発も当たるどころか掠る事なく彼の防御の前に弾かれる。
彼の銃が一体何丁あるのか正確な数は解らないが、このままでは弾を浪費するだけで意味を成さない。
それを告げようと口を開いた瞬間、背後からも全く同じ鋭い声が聞こえてきた。
「……シェイド、弾を浪費するな! 貴様では分が悪すぎる事程度解るだろうが!」
荒い息の合間に紡がれた怒声に、二丁拳銃を構える彼の身体が固まる。
「…………どちらでも同じだよ。どうせ君達は負けるんだ」
全てを見透かしたようにマーヴィンは言う。こちらがそんな言葉を受け入れるとでも思っているのか、ただ茶化しているだけなのか。
未だに銃口も向けられず、刀の切っ先すら向けられずに居る俺の横をまたソーマが通り過ぎ、マーヴィンに飛び掛かっていく。シェイド大佐はただ黙って拳銃を握り締めているだけで、彼の邪魔をしてしまわないようにと必死で抑えているようにも見えた。
マーヴィンはまたも難なくソーマの一撃を鉄パイプで受け止めれば、今度は持っていた長剣をまるで槍投げの要領で軽々と投げる。
俺に向けられた物だろう、と勝手に解釈していたそれを避けるべく足を一歩後ろに踏み出した途端、今度は押し殺したような悲鳴が斜め前方から耳に飛び込んできた。
「大佐、ッ!?」
先程マーヴィンが放った長剣はシェイド大佐の左肩を射抜き、そのまま深々と彼の身体と床を縫いつけていた。どれだけの力で放ったのかは解らないが、恐らく余程の力で彼は剣を手放したのだろう。
シェイド大佐は痛みに苦悶し、顔を歪めて傷口を押さえている。立ち上がれずに居る彼の指の隙間から血が垂れ、白い手袋を徐々に赤く染め上げていった。
ここまで来ても恐怖を拭えない、それどころか足が地面に縫いつけられたかのように動かない。そんなに自分の手を汚したくないのか、と俺は自分のことなのにもかかわらず他人事のように、どこか頭の片隅で思っていた。
ソーマは諦めることなくマーヴィンに向かっているが、傷は付けられていないらしい。逆に軽くあしらわれ、ただ疲労が溜まっているだけにも見える。
ここで俺が出向けば状況は変わるのか、それとも彼の足を引っ張るだけなのか。
アレスがほぼ戦闘不能に等しい状態の今、一対三という状況の筈が逆に此方が押されている。——否、俺は参加できていないのだから一対二だろうか。
このままではマーヴィンの言葉通りに負けるのが目に見えている。そうすればソーマもシェイド大佐も、勿論俺も彼の手で殺されるのは確実だ。
そう考えれば俺のするべき事なんてものは決まっているのに、何故か身体が動いてくれない。
足は前に出ることすら拒み、いつの間にやら気を抜いてしまえば崩れ落ちてしまいそうな程に震えている。呼吸も無意識の内に弾んでいて、頭が重くなるような、くらくらする感覚を覚えた。
どうして俺は今までも、今でもこうなのか。「ゆっくり克服できればそれでいい」なんて悠長な事は言ってられなかったのに。
何で、どうして、そんな意味もない自問ばかりが繰り返されても答えはなく、状況が悪化していくのが否応なしに目に飛び込んでくる。
暫くマーヴィンと鍔迫り合いのような状態になっていたソーマが再び弾かれ、それでも尚自分の武器を手放すこともなくただ向かっていく状況に対しての「どうして自分は何もできないのか」という自己嫌悪が湧き起こってくるも、どうしようもない。
力がないんじゃない、それを使おうとしていないだけ。
目の前で繰り広げられる光景と鳴り響く高く澄んだ金属音。その中でソーマが耐えきれずに膝を着いたのを視認したとほぼ同時に、ゆっくりと眠りにつくような緩やかさで、どこか心地良さすら持って俺の意識が強制的に切断された。
眠気を堪えてると何をしてるか解らない罠。
いっそのこと「お前のせいだ」って罵ってくれた方が楽だったんだよ。宣言通りに1ヶ月以上経ちました。それどころか2ヶ月(ry
機関本部の最上階——とはいってもそこまで高い建造物でもない為に四、五階程度だが——に位置する司令室の執務机の前にダグラスは座っていた。
喧しいサイレンも、耳障りな銃声も、ここまでは届かないらしく殆ど聞こえてこない。ただその激しさだけは張り詰めた空気や振動からも伝わってくる。
何故総司令官がまず最初に逃げなかったのか。
別に格好付けでもないし、ここまで辿り着いた彼等を自分の力で討ち取ろうだとか、そういうことを考えているわけではない。当然ここは逃げるべきだと理解している。
ただ自分だけが尻尾を巻いて逃げるというのがどうしてもできなかった。それだけだ。
下の階では本部陥落を防ぐべく、侵入者を撃退すべく戦闘要員である彼等が動いているというのに、その彼等を置いてさっさと自分達だけ安全区域に逃げるなんて事が出来るわけもない。いや、だからこそ批難すべきなのだろうが、ダグラスにはそれが出来ない。
生来の性格が影響しているのかもしれないし、彼のポリシーともいえるそれが関係しているのかもしれない。
ダグラスは椅子に深く腰掛け、そのまま執務机に両肘をついて組んだ手に額を着けていた。
組まれた手には何かが強く握られているようで、親指の隙間からシルバー製のリングのようなそれが覗き蛍光灯の光を反射して鈍く光っていた。
眼鏡の奥に見える筈の瞳は強く閉じられ、その光を差し込ませる事はない。まるで全てを拒絶するように、もしくは何かを強く祈るように、ダグラスは手を組んで目を閉ざしている。
自分は何て無力なのだろうか。ただ指示を出すだけで、高みから見ていることしかできない。戦地に赴いて彼等の助けになることも出来ない『お荷物』。
総司令官という地位には自分から望んでなった。だが、それが余計に苦痛になるなんて。
そこに『彼』が関わればその無力感と葛藤は更に大きくなる。
アイドは彼の事を「そこまで精神が弱いとは思えない」という風に言っていたが、それは楽観的すぎるのではないか。彼はまだ成人もしていないそれこそ子供で、精神も安定しているとは言えない年齢だろう。
その上彼は自分が何者なのかすら理解できていない。『自分』を構成する記憶を殆ど失っていると言って良い。
だからこそ、怖い。恐ろしくて仕方がないのだ。
彼が自分のたがを外してしまい、そのまま自分の力に踊らされてしまう事が。
RELAYS - リレイズ - 68 【踏み外した足の行き先】
何を今更、という感じだが、薄々嫌な予感はしていた。
だがそれから嫌だ嫌だと目を逸らして、そんな事はないんだと自己暗示をかけて、俺は彼にそれを言われるまで自分の中に芽生えたそれと向き合おうとしなかった。
この絶望とやらは、そのツケなのかもしれない。延々と逃げ続けた自分への。
呼吸が荒く、短くなっていくのが自分でも解る、自分の頬を汗が伝い落ちるのが痛いほどによく解る。
それでもどうしても目の前にいる『兄』から眼を外せず、俺はただ何も言えないままで立ち竦んでいた。
「——君は僕を捨てた。そして僕は君を捨てた。その結果がこれさ!」
他人を追い詰めることに至福を感じるらしいマーヴィンは、変わらぬ笑みを浮かべたままで両手を広げて高らかに言葉を紡ぎ続ける。本来ならば聴き取りやすく良く通る筈のその声が、やけに遠く聞こえた。
闇霧の柄を握る手が震えている事に気付き、更に強く握り締めてどうにかその震えを押さえようとしてみるもののそれも上手くいかない。
「……辛い? 苦しい? それとも僕が憎いか? ……もしくは、何も考えたくないくらいに絶望してる?」
呪詛のように自分に投げかけられる言葉を聞きたくない、そう思ってその場にうずくまって耳を塞ぎたくとも、それをする術はない。この手から武器を滑り落とせばその時点で俺の負けだ。だから、黙ってマーヴィンを見据えてきついほどに拳銃と刀を握り締める以外にできなかった。
——口許に弧を描き、手に鉄パイプを携えただけのその姿がやけに恐ろしく思えたのは何故だろうか。
「何だ、君は『この程度』でもう何も答えられないのかい? ……仕方がないから、そこの君に話を聞くことにしよう」
携えていた細身の鉄パイプの先で指し示した先に居るのは、今までの話を普段通り興味なさげに聞き流していたらしいソーマだった。彼に話を聞く、と言っても、彼は何も知らない筈なのに。
ソーマは最初に自分に「口を挟むな」と一滴託せに突然自分に話を振られたこと、そして鉄パイプで示されたことに対しての苛立ちや不快感で顔を顰めながらもマーヴィンの眼を見返した。
「……初対面の俺に、何を訊くつもりだ?」
この状況下でも余裕を失わず、マーヴィンを小馬鹿にするように鼻で笑い飛ばしたソーマの言うことは尤もだと思う。話を聞くなら、無理にでも俺から聞き出した方が早いに決まっている。
ほんの僅かなものだが、冷静なソーマの様子に現実に引き戻されたような感覚を覚えた。当然俺自身はまだ混乱している——いや、混乱なんて言葉では言い表せない程のぐるぐると渦巻く感情。それを抱えている。
それでも幾分かはマシになった頭で、自分の意志でちらりとマーヴィンの隣に佇むアレスを見る。
彼は自分から自発的に何かを言うでもなく、ただただマーヴィンに付き添う影のようにしてすぐ傍に立っているだけ。己の武器である拳を今は下ろしているものの、俺達に対しての殺意は微塵も薄れてはいない。
もしも自分の主であるマーヴィンに手を出したらすぐに殺してやる。アレスの闇夜のように暗い瞳はそう語っていた。
機械人形というのならばその瞳もまた人の手、マーヴィンの手によって造られたものなのだろうが、それでもここまで『念』を感じてしまう。そこらの人間とは比べものにならない殺意。それが主への忠誠心と崇拝の上に成り立っているのだ。
「そうだね、君と僕は初対面だ。だけど訊ける事はある」
苦笑してソーマに同意し、指し示していたままだった鉄パイプを杖のようにして土埃にまみれた床についた彼はにたり、と凶悪な笑みを浮かべた。
「……君、気付いていただろう?」
勿論その言葉が俺に向けられている訳ではないのだが、上手く意味が汲み取れない。
だが尋ねられた当の本人はその意味を十分に理解しているらしく、感情の読み取りづらい藍色の瞳でマーヴィンと視線を絡めれば再び嘲笑めいた笑みを零した。
「気付かないとでも思っていたのか?」
「いーや、君なら感付いてるだろうと思ったよ。観察眼の鋭さが他人と比べものにならないからね。あの戦場でそれは十分解った」
リグスペイアでの邂逅のみで、彼は既にソーマの観察眼やら勘の鋭さを見抜いていた。他人を拒絶し続けて感情を表に出そうともしない彼からそれを見抜けるマーヴィンの方こそ鋭いのではないかとも思う。
マーヴィンはくすくすと笑いながら鉄パイプを持っていない片手で顔を覆う。
「…………元々、あの時点で大体そんな予感はしていた。あくまでも『予感』だ。決定的な証拠もなければ、確定できる何かもない」
淡々と、それでいて聴き取りやすい音程を意識しているのかマーヴィンに説明するような口調でソーマはただ言葉を紡ぎ、彼から視線を外すこともしなかった。
だが自らの武器を構える手には未だに力が込められているし、何か攻撃を受ければすぐに反応できるであろう程の警戒心も露わにしている。それは向こうも同じ事で、そんな一触即発の状態でこんな風に話をしているというのが不思議なくらいだった。
一度言葉を句切ったソーマに、マーヴィンは「それで?」と続きを促して顔を覆っていた手を外す。
「——まあ、これも確定する材料としては不十分なのだろうがな。……貴様が何故あの時にコイツだけを捕らえようとしたのかだ」
ベガジールでの奇襲を受けた際の事。ソーマの言葉が吐き出される度、彼の憶測や予想や確信が吐き出されようとする度、ましになっていた思考力がまたよく解らない感情に覆い尽くされるような、自分がどこかに堕ちていくような錯覚に囚われる。
「……大方、自分の手で捨てた奴を今度は自分の手で始末しようと思ったんだろう? 今後一切邪魔をされない為に」
どうだ? と続けたソーマに、マーヴィンは数秒間ほどきょとんとした様子で言葉を失っていたものの、すぐにその口許に弧を描けば鉄パイプを持ったままで器用に拍手し始めた。ぱちぱち、という軽快で間抜けな音は、この緊迫した状況に不釣り合いすぎるそれ。
似付かわしくないその音は、底まで反響することもなく虚しくフロアに吸い込まれた。
「——素晴らしいね! 大・正・解!! 本当に! 間違いなんて一つもないくらいだ!」
楽しげな響きを持ち、男性のにしては高らかな声。テノールではあるのだろうが、やはり気分が高揚しているということも関係しているのか地の声よりも随分高いように聞こえる。
そんなマーヴィンの声も殆ど鼓膜を震わせてこなかった。実際は聞こえているのだろうが、本能的に彼の声を聞くことを拒否している、といった感じだろうか。
彼はそこで話を終わらせる事をせず、更には今まで黙ってソーマの『推理』や自分の演説を聴いていたシェイド大佐にまでその赤い瞳を向けた。
「どうだい、大佐! 君だって薄々解っていたんじゃないのかい!? 彼が自分が忌むべき憎むべき、こちら側の人間なんだって事をさぁ!」
そう話しかけられた瞬間、包帯に隠された彼の表情が一瞬鋭いものへと変わったような感覚を覚える。シェイド大佐の瞳は先程までとは違う光も宿していて、まるでマーヴィンの言葉が事実だと肯定するようなものでもあった。
彼は暫く思考を巡らせるような様子で口を閉ざしたままだったが、不意にマーヴィン達に銃口を向けたままで口を開いた。
「ああ、その通りだ。薄々気付いていたさ。……当然、そこまで深く疑ったりはしなかったが」
最初こそは彼の声に絶望に良く似たそれを抱いたものの、すぐに打ち消すようにして救いの言葉ともとれるそれが俺の耳に届く。
当然それはマーヴィンにも届いていて、満足そうな笑みは少しむっとした表情に変わっていた。
「……どうしてだい? 僕らに仲間を殺された君なら、すぐに行動に移すと思ってたのに」
残念だなぁ、なんて間延びした声でのんびりとのたまうマーヴィンはシェイド大佐の答えに御立腹のようで、人の良い笑顔——いや、この状況ではただ恐ろしいだけだが、それも穏やかで緩やかで、それでいて傲慢な雰囲気も失われてしまっている。
「ならばオレからも質問させて貰おう。何故そう考える必要がある?」
逆に質問で返されたことにも不快感を抱いたらしく、マーヴィンはぴくりとこめかみをひくつかせる。彼の表情や心境の変化を察しておきながら、シェイド大佐は言葉を続けた。
「生憎だが、仲間を売る程、オレは冷酷になりきれないからな」
仲間。その短い単語の響きがまるで俺の胸に満ちる絶望や戸惑い、様々な負の情念を浄化していくようにゆっくりと染み渡る。
くすりと苦笑めいた笑みを浮かべてはっきりと言い放った彼に、マーヴィンは今度こそ顔を歪めて舌打ちすれば一度は鞘に収めていた剣を再度鉄パイプを持っていない手に持った。
「……つまらない、つまらない、つまらない! 全く面白くないんだよ、偽善的でさ!!」
声を張り上げて怒鳴るように吐き捨て、マーヴィンは鉄パイプと細身の長剣をしっかりと持ち直せば、つい数分前まではちらつくことさえなかった殺意をその瞳に宿らせて此方を睨み付けてくる。
その姿は威圧感や気迫、というよりも純粋な殺意と嫌悪を内包しているかに見えた。流石に以前出会った死神ほどの殺気や愉悦はないにしろ、やはり本能的にか恐ろしいと感じてしまう。
怖気が立つかのようなそれを肌で感じ取るのとほぼ同時に、今まで口を閉ざしたまま主の言動を見守っていたアレスが腰を沈め、軽く地を蹴る。
その動きには前触れも殆ど無く、不意を突かれたという表現が正しいとも思う。
シェイド大佐はアレスを狙うべく両手の拳銃の銃口を向け、彼と同じくソーマもまた応戦すべく鎌の柄を持ち直せば自分から足を踏み出しているというのに、俺は腕を上げる事が出来ずに居た。
せめて攻撃を受け止めたり防いだりすることはしなければならないのに、それができない。
シェイド大佐やソーマとは分が悪いと感じたのか自分に向かってくるアレスの手、掌打が俺に届くのが先か、二人の攻撃がアレスを襲うが先か。
そのぎりぎりの状況に耐えられず反射的に目を閉じるも、いつまで経ってもその衝撃も銃声も聞こえてこない。
それに恐る恐る目を開いてみれば、アレスの白い手袋が嵌められた手は眼前にあり、あと数センチで俺を吹き飛ばすという所まで迫ってきていた。だがその手は動いておらず、それどころか彼の身体の動き自体が止まっている。
この現象に対して一番驚いているのは他でもないアレス本人で、彼は驚愕にその黒い瞳を見開いていた。
「……どうしたんだい、アレス」
訝りに満ちた、それでいて苛立ちを含んだ声音でマーヴィンは自らの従者に尋ねるも、その問いを何発もの甲高い銃声が掻き消した。
短い悲鳴を上げて吹き飛ばされ、受け身を取ることも出来ずにその場に崩れ落ちたアレスに特に大丈夫かと声を掛けることもなく、マーヴィンは彼に視線を向ける。
「——まさか、ここで『身体が動きません』なんて事はないよね?」
見ていれば一目瞭然だが、主の言葉が図星だったらしくアレスは頷くことも出来ずに視線を地に落として口を噤んでしまう。その様子は明らかに肯定だったし、彼自身が戸惑っているということも誇示していた。
「…………何が起こったのかは知らないが、好都合だ」
「全く、面倒臭いなぁ。……仕方がないから、僕が彼の代わりに相手をしてあげるよ」
再度拳銃を持ち替えて構えたシェイド大佐の呟きの声に被さるようにして、マーヴィンは困ったように目尻を下げて口角を吊り上げる。
マーヴィンはそれからすぐに表情を変えて俺に眼を向ければ、意地の悪そうな凶悪な笑みで口許を形作った。
「大丈夫だ、君はあとでゆっくりと遊んであげるからさ。少し待っているといいよ、ヘメティ」
彼が自分の名を口にする度、言葉では言い表せないような感覚が身体を駆け巡る。恐怖とは少し違うこれは、嫌悪に良く似ていた。
片方の拳銃でアレスを狙いながらもう片方の銃でマーヴィンを狙い、シェイド大佐は彼に向けて躊躇うことなく引き金を引いた。
だが放たれた銃弾をマーヴィンは難なく長剣で弾き落とし、緩やかな足取りで彼は一歩だけ前に出る。
銃弾でも弾き返されるのならば当然ソーマの扱う魔術も全てが意味を成さない物で、彼もまたそれを理解しているのかすぐに地面を蹴れば跳躍してマーヴィンへと鎌の刃を振り下ろした。
「……甘いよ」
短い言葉を紡ぎ終わるのが早いか、すぐに彼は剣でナトゥスの刃を防ぎ今度は鉄パイプでソーマを狙ってその腕を振りかぶる。
自分に向けられて振り下ろされるそれを間一髪で避けたものの、マーヴィンはそれも予想していたのかソーマの腹部へと蹴りを繰り出せば力の限り彼の身体を蹴り飛ばした。
十八歳という歳やその長躯にしては細いソーマの身体が宙を舞い、俺の横を掠めて背後の壁へと叩き付けられる。その音とソーマの呻き声がやけに耳に響いて、一瞬耳を塞いでしまいたい衝動に駆られた。
シェイド大佐もそれらの声と音に顔を顰め、今までアレスに向けていた拳銃も使いマーヴィンを睨み付けて立て続けに銃の引き金を引いていくも、その銃弾は一発も当たるどころか掠る事なく彼の防御の前に弾かれる。
彼の銃が一体何丁あるのか正確な数は解らないが、このままでは弾を浪費するだけで意味を成さない。
それを告げようと口を開いた瞬間、背後からも全く同じ鋭い声が聞こえてきた。
「……シェイド、弾を浪費するな! 貴様では分が悪すぎる事程度解るだろうが!」
荒い息の合間に紡がれた怒声に、二丁拳銃を構える彼の身体が固まる。
「…………どちらでも同じだよ。どうせ君達は負けるんだ」
全てを見透かしたようにマーヴィンは言う。こちらがそんな言葉を受け入れるとでも思っているのか、ただ茶化しているだけなのか。
未だに銃口も向けられず、刀の切っ先すら向けられずに居る俺の横をまたソーマが通り過ぎ、マーヴィンに飛び掛かっていく。シェイド大佐はただ黙って拳銃を握り締めているだけで、彼の邪魔をしてしまわないようにと必死で抑えているようにも見えた。
マーヴィンはまたも難なくソーマの一撃を鉄パイプで受け止めれば、今度は持っていた長剣をまるで槍投げの要領で軽々と投げる。
俺に向けられた物だろう、と勝手に解釈していたそれを避けるべく足を一歩後ろに踏み出した途端、今度は押し殺したような悲鳴が斜め前方から耳に飛び込んできた。
「大佐、ッ!?」
先程マーヴィンが放った長剣はシェイド大佐の左肩を射抜き、そのまま深々と彼の身体と床を縫いつけていた。どれだけの力で放ったのかは解らないが、恐らく余程の力で彼は剣を手放したのだろう。
シェイド大佐は痛みに苦悶し、顔を歪めて傷口を押さえている。立ち上がれずに居る彼の指の隙間から血が垂れ、白い手袋を徐々に赤く染め上げていった。
ここまで来ても恐怖を拭えない、それどころか足が地面に縫いつけられたかのように動かない。そんなに自分の手を汚したくないのか、と俺は自分のことなのにもかかわらず他人事のように、どこか頭の片隅で思っていた。
ソーマは諦めることなくマーヴィンに向かっているが、傷は付けられていないらしい。逆に軽くあしらわれ、ただ疲労が溜まっているだけにも見える。
ここで俺が出向けば状況は変わるのか、それとも彼の足を引っ張るだけなのか。
アレスがほぼ戦闘不能に等しい状態の今、一対三という状況の筈が逆に此方が押されている。——否、俺は参加できていないのだから一対二だろうか。
このままではマーヴィンの言葉通りに負けるのが目に見えている。そうすればソーマもシェイド大佐も、勿論俺も彼の手で殺されるのは確実だ。
そう考えれば俺のするべき事なんてものは決まっているのに、何故か身体が動いてくれない。
足は前に出ることすら拒み、いつの間にやら気を抜いてしまえば崩れ落ちてしまいそうな程に震えている。呼吸も無意識の内に弾んでいて、頭が重くなるような、くらくらする感覚を覚えた。
どうして俺は今までも、今でもこうなのか。「ゆっくり克服できればそれでいい」なんて悠長な事は言ってられなかったのに。
何で、どうして、そんな意味もない自問ばかりが繰り返されても答えはなく、状況が悪化していくのが否応なしに目に飛び込んでくる。
暫くマーヴィンと鍔迫り合いのような状態になっていたソーマが再び弾かれ、それでも尚自分の武器を手放すこともなくただ向かっていく状況に対しての「どうして自分は何もできないのか」という自己嫌悪が湧き起こってくるも、どうしようもない。
力がないんじゃない、それを使おうとしていないだけ。
目の前で繰り広げられる光景と鳴り響く高く澄んだ金属音。その中でソーマが耐えきれずに膝を着いたのを視認したとほぼ同時に、ゆっくりと眠りにつくような緩やかさで、どこか心地良さすら持って俺の意識が強制的に切断された。
眠気を堪えてると何をしてるか解らない罠。
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